31.輝かしき黄金のモーディス
ある日の夜。
夕食を終えた歓談の時間。
僕は、ふと思いついたことがあって話題を切り出す。
「明日から少し出かけてきます。今回は数日かかるかも」
「冒険者のお仕事? 今度はどこに行くの?」
「錬金術師としてのフィールドワークですね。ちょっと故郷に足を延ばしてみようと思って」
「!」
「!」
僕の言葉に、フィオとマイアが同時に立ち上がる。
なんだ? 僕ったら何か妙な失言でもしたか?
「あたしも行きたい!」
「もちろん、私も!」
「僕についてくるの? 町からそこそこ離れてるし、危ないよ?」
しかも、冒険者ギルドで聞くところによると、元モーディス王都の周辺は街道からも外れており宿もない。
そのせいもあって、野生動物や魔物も多く、危険なのだという。
「ダメ、かな。あたし、ケンの故郷を見てみたい」
「うっ……」
そんな目で見られると、困る。
マイアはともかく、フィオは一般人なのだし旅慣れてもいないのだ。
そんな彼女を連れて行くことなど──
「よいでしょう。一緒に参りましょうね、フィオ」
「やった! ゾーシモス、大好き!」
おい、支援型人工妖精。
支援どころか、僕がもらうはずだった「大好き」を掻っ攫っていくとはどういう了見だ。
「フィオ。明日は出かけて旅支度を整えるとしよう。安心しろ、私が見繕ってやる」
「ありがとう、マイアさん」
そして、マイア。
お前は自然についてくる流れみたいに振舞うな。
まだ是としてないぞ、僕は。
「エドガーさん、何とか言ってくださいよ」
「フィオがああ言ってんなら連れて行ってやってくれ。里帰りについていきたいなんて、あいつも成長したなぁ……! 親御さんによろしくな」
僕の親御さんはもう骨も残ってないレベルの昔に亡くなってますよ。
ああ、そうか。
マイアはともかく、エドガーさんも、そしてフィオも僕の素性については知らないのだった。
そんな僕が『故郷』なんて言葉を口にすれば、どうなるかわかりそうなものを。
……文字通りの失言だった。
さりとて、これは良い機会かもしれない。
滅んだ『輝かしき黄金のモーディス』をその目で見てもらい、僕の正体をフィオに知ってもらうのだ。
そう考えれば、マイアの一件は予行演習にちょうどよかったのかもしれない。
そう隠し立てするでもないが、やはり恐れているのだ。僕は。
現代の人間からすれば、僕は過去から起き上がった死者のごとき何者かに相違ないのだから。
でも、マイアはそれを受け入れて、平然といつも通りに過ごしている。
以前に比べて少しボディタッチがしつこくなったかもしれないが、距離をとったり恐れたりはしなかった。
おかげで、僕はこの決心ができる。
「わかった、フィオ。一緒に行こう」
「うん。楽しみ! どんな場所なんだろ」
崩れた廃墟などと伝えるのもなんなので、今は曖昧に笑って返しておく。
到着してから、自分の目で確かめてもらったほうがいい。
はしゃいだ様子のフィオを見ながら、僕はゾーシモスに安全な移動ルートの提示を命令するのだった。
◆
サルヴァンの町を出て東に馬で二日。
僕とフィオ、そしてマイアはかつて『輝かしき黄金のモーディス』の王都であった場所に到着していた。
と言っても、ぱっと見は少し小高くなった丘だが。
「みなさん、お疲れ様でした。目的地に到着です」
「ここが……?」
僕の前に座ったフィオが、小さく首をかしげる。
ま、そうだろうな。僕としても、このシンプルな風景に少しばかり驚いているところだ。
「ゾーシモス殿、ここが本当に?」
「正確には、この直下……地下100メート地点となります。アクセスを開始、生きている緊急避難用経路を上昇させます」
ゾーシモスがしばらくくるくる回っていると、小さな地響きと共に扉の付いた小屋が丘の中腹にせり上がった。
「昇降装置をご用意したかったのですが、あいにく階段のものしかご用意できませんでした。運動不足のマスターには丁度いいでしょう」
「ま、老朽化したものを使って落下するよりはね」
疑問符を浮かべたままのフィオとマイアを促して、出現した扉に向かう。
「迷宮ですか? ヴァイケン様」
「広義ではそうなるのかも。でも、まあ……入ってみればわかるさ」
この五百数十年でやや立て付けが悪くなった扉を開き、大理石のような建材の螺旋階段を三人で下りていく。
「ゾーシモス、使用可能なシステムについては順次掌握してくれ」
「イエス、マスター。今のところ、周辺の照明と換気システムについては問題ありません」
ゾーシモスと話す僕の裾を、フィオがついついと引っ張る。
「ねぇ、ケン。ここって、どこなの?」
「ここはかつて『輝かしき黄金のモーディス』と呼ばれた都市の残骸だよ」
「ケンの故郷に行くって話じゃなかったっけ?」
「そうだね。話せば長くなる……けど、ここが僕の故郷であることは間違いないんだ」
いくつかの質問に、ぽつりぽつりと答えながらさらに階段を下っていく。
そして、しばしの後……僕らは大きな空洞へと到着した。
「暗いな。ゾーシモス」
「少々お待ちください。周辺の光源システムを稼働させるための魔導回路を構築しています」
そう答えたゾーシモスだったが、数秒後には周囲の光源を一斉に起動してくれた。
モーディス王都では多くの人が昼も夜もなく働いていた。
故に都市が倒壊して地下に沈んだ後でも、都市光源を起動できればこの通りだ。
光に照らされて、輝く都市が暗闇から姿を現す。
黄金と白銀、錬金煉瓦で鮮やかに彩られた街並みは、ほうぼうが倒壊してこそいるが、栄光の面影を色濃く残していた。
「うわぁ……」
フィオが小さく声を上げ、マイアはその横で息をのむ。
「ようこそ。ここが僕の故郷。『輝かしき黄金のモーディス』だ」
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