30.恋につける薬
「僕は『錬金術師』ですよ、マイアさん」
「そう答えるだろうとは思っておりました。しかし、私が聞きたい答えがそうでないのもお察しでございましょう?」
とろけた顔をしたり、急に真面目な顔になったり忙しい女性だな。
でも、ここまでくれば不審な点に気が付いてしまうのも仕方ないだろう。
客観的に見て……そう、五百年前であったとしても、僕のような年恰好でこうまで錬金術を揮う者はいなかった。
故に、少しばかり目立っている自覚はある。
それが、不信感に変わる可能性があることも。
そんな僕の思いと警戒を女騎士は察したらしく、女騎士は首を振って口を開く。
「誤解なさらないでください。ヴァイケン様が何者であれ、私の忠誠は変わりません」
「ハニートラップですって名乗ってませんでしたっけ?」
「……」
軽い沈黙。
女騎士は「あ、そうだった」みたいな顔をしている。
良くも悪くも正直が過ぎるんだよな、この人。
「質問に質問を返して申し訳ないんですけどね、どうしてそれが知りたいんです?」
「お慕いする方の全てを知りたいというのは、当たり前ではないでしょうか」
「……おっと」
ストレートな言葉に、すこしたじろぐ。
奇妙な距離感のこの女騎士が、まさか僕に思慕を募らせているなど少しばかり驚かされた。
「どうしようか、ゾーシモス」
「この場面で人工妖精に話を振るなんて、どこで置いてきたヘタレ錬金術師を拾ってきたんですか?」
「あなたもですよ、ゾーシモス。魔物でもなく、人でもなく。物語に聞く妖精というには、余りにも異質な姿形のあなたは、何者なのですか?」
マイアの言葉に、ゾーシモスがゆっくりと回転する。
「わたくしは【ヴァイケン・オルド専用支援型人工妖精ゾーシモス】。あなたにわかりやすく言うと魔法道具の一種です。錬金術師の便利グッズの一つですね」
『便利グッズ』とはなんという有体な表現だろうか。
しかし、うまいこと質問の本質を回避したな!
やるじゃないか、ゾーシモス。さすがは僕の設計した最高の人工妖精だ。
「うーん、まぁ……確かにあえて言っていないこと──秘密のようなものはあります。でも、まだフィオにも伝えてないことなので」
「ええ、だからですよ! これで私が秘密の共有者となれば女として一歩先んでた立場に!」
正直もほどほどにしておいた方がいいぞ、マイア。
まったく。深刻そうな顔をするからと思って話を聞いてれば。
「マイアさん、もう少し誠実さと欲望のバランスを上手くとったほうがいいですよ、えぇ……。時には沈黙だって必要です」
「わかってはいるのです」
しゅんとした様子で、女騎士が項垂れる。
凛としているか、アヘっているか二択なことが多いのでなかなかレアの表情だ。
「しかし、好いた人には誠実でいたいのです」
「そもそも、どうして僕にそう入れ込むんです? どちらかというと、恨まれてしかるべきと思っているんですが」
僕の言葉に、マイアが首を小さく振る。
「私にもわからぬのです、ヴァイケン殿。身勝手に母に手を付けた父王の事を思えば男など……と思っていました。それなのに、気が付けば出会って間もないあなたに夢中になり、懇ろになりたいと求めてしまうのです」
「これは重症ですよ、マスター。あいにく、アーカイブにもこれを治療する薬品の記録がありません」
「禁忌条項のタグが付いた情報も検索しろ。きっとある」
「ありませんね。恋を治療する魔法薬なんてものは」
あれだけ錬金術師がいて、ないわけないだろう!
と、思いつつも……自分でも、それを作りたいとは思えない。
それはきっと、マイアの何かを徹底的に壊してしまう。
「……すっきりしました。お忘れください」
どうしたものかと、思考を巡らせていると急にマイアがすっくと立ちあがった。
その顔は、確かにすっきりとしていたが、どこか危うげなものにも見える。
気が付くと、立ち去ろうとするマイアの手を軽くつかんで軽く引き戻していた。
「ヴァイケン様?」
「僕はモーディス王朝──約五百年前に生きた錬金術師の生き残りです」
驚いた顔したマイアが、すとんと椅子に腰を下ろす。
「詳しい事情は伏せますが、転生というやつです」
「転、生……」
マイアは目を白黒させつつも、情報を理解しようとしている。
「こんななりですが中身はアラフォーのおっさんなんですよ、実は」
「確かに、年恰好のわりには落ち着いていらっしゃると」
「そりゃどうも。これで、僕の正体がはっきりしましたね。気分は落ち着きましたか?」
不安と興味と謎が恋なる感情の呼び水となっていたなら、これこそが『恋につける薬』となるだろう。
いずれは近しい人に話すつもりだったのだ。
ここで、マイアに話してしまっても構うまい。
「マスター、よかったのですか?」
「何を言ってる。お前、止めなかったじゃないか」
常時、僕の脳波からバイタルまでチェックしているこの人工妖精が、あの瞬間に何を口にしようとしていたか気が付かぬわけがない。
つまり、こいつもこの情報開示に賛成だったということだ。
「ええ、なんだか青臭い春の雰囲気が出てましたので、情操教育のために止めない方がいいかと思いまして」
「お前はいったい僕の何なの……」
「支援型人工妖精ですね。自分で創っておいて忘れたんですか?」
ええい、小憎たらしい!
誰だよ、こんな設計にしたのは!
……僕だよ!
「ヴァイケン様、ありがとうございます」
どこか優しい笑顔を見せるマイアに、少しドキリとさせられながらも僕はうなずいて返す。
自分としても、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない、少しすっきりした気持ちだ。
それを思うと、マイアに感謝の気持ちも湧く。
「できれば、秘密にしておいてね」
「はい、二人だけの……ヒミツ、でございますね……!」
言葉を発しながら、顔を徐々にとろけさせるマイア。
前言撤回。一国の姫ともあろう人が、なんて顔をしている。
犯罪ぎりぎりだぞ!
「中身が四十路であれば、セーフです。ええ、セーフです」
「四十路でなく、三十路ですよ。念の為」
「──嗜好年齢完全一致!」
弓なりになって恍惚の表情で痙攣するマイア。
完全に犯罪だよ。
ねぇ、さっきまでの真面目な雰囲気どこに投げ捨てたの……?
新オルド研究室最初の一日は、こうしていつも通りに始まったのだった。
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やったー!
【用語解説】
・物語に聞く妖精……世間一般に言うところのフェアリー。蝶や昆虫の羽を持つ小人。瓶に閉じ込められてハートを回復するタイプ。なお、五百年前にはこのタイプの妖精も少数ながら存在した。
・恋を治療する魔法薬……存在する。ゾーシモスが黙っているだけである。正確には記憶消去や思考誘導などを用いて恋心を消滅させることが可能であるが、どれも危険なものとして禁忌条項が設定されている。
・四十路であれば、セーフ……女騎士は自らがショタ・コンではないかと苦悩していた。しかし、もはやその葛藤は消え失せ、前向きな欲望へと変わるだろう。
・嗜好年齢完全一致!……「三十代であればなお好ましい、もう辛抱たまらん!」という女騎士の鳴き声。
・三十路、四十路……正確な意味では30歳、40歳を指す言葉であるが、現代の一般的誤用法に従ってそれぞれ30代、40代として使用する。
いかがでしたでしょうか('ω')
女騎士マイアのエピソードは一旦ここまで。次からは少し物語が動く予定です。
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