3.古都の冒険者ギルド
冒険者ギルドは、実に雑多で騒がしい場所だった。
人種も性別も年恰好もバラバラな者達が、思い思いの場所で思い思いに過ごしているように見える。
僕のような見慣れぬよそ者に興味の視線を向ける者たちもいるが。
その内の一人が、入り口でまごつく僕に近寄ってきた。
「なんだ、坊主。ここはガキの来るとこじゃねぇぞ」
「いやぁ……ははは」
曖昧な笑いを返す。
そうか、今の僕は彼にとって文字通りガキなのだ。
「故郷から出てきたばかりで。ここで仕事にありつけると聞いたのですが」
「あん? そのなりで冒険者になろうってのか?」
怪訝な顔でじろりと僕を見る大男。
なかなかの威圧感だが、複数の梟熊に無言で囲まれたことがある僕にとってはそれほどでもない。
「ここは遊びで来る場所じゃねえんだぞ?」
「もちろん、わかっています」
「……肝が据わってんな。こいよ、こっちだ」
背を向けた大男が、軽く手を振って歩きだす。
「ベオの奴のおせっかいがまた始まったぜ」
「相変わらずのお人好しだぜ」
テーブルでジョッキを傾ける男たちが、含み笑いを漏らしている。
なるほど、前を歩く大男はベオというのか。
初見の僕にあのような態度を取ったのも、おそらく子供に見える人間を慮っての事。
見た目とは裏腹に、彼は善性の高い人間であるらしい。
「シャリー。こいつ、登録希望らしい」
「まあ、ベオさん。また新人を案内してくださったんですか? もうギルドの職員になっては?」
「抜かせ。オレは生涯現役だぜ」
軽く笑いながら、僕の背をカウンターに向かって押す大男。
それに少し驚きつつ、僕はカウンターに座る女性と顔を合わせる。
「こんにちは、ようこそ伝統あるサルヴァン冒険者ギルドへ。ご登録ですか」
「あ、はい。……なのですが、僕は実際のところ冒険者という仕事が何か知りません。そこから説明してもらっても?」
僕の言葉に、ベオと受付嬢が驚いた様子で顔を見合わせる。
さて、これは失言の予感だ。
「お前、知らずにここに来たのか?」
「はい」
「冒険者を知らないって本当に?」
「はい」
ベオとシャーリーにそれぞれ頷くと、二人は少し困った顔をした。
「どんな田舎から来たんだ、お前は。冒険者なしで生活とか、森の民か何かか?」
「ははは」
誤魔化し笑いで乗り切れないだろうか。
大丈夫、今の僕は胡散臭い中年ではない。
年端も行かぬ若者なのだ。
「では、このシャーリーが説明しますね。冒険者とはギルドに寄せられた様々な依頼を請け負う人間の総称です。依頼は町の掃除や引っ越し手伝いから、町の外での素材採取、そして魔物の討伐など多岐にわたり、それを各々の判断で受注し、達成することで報酬を得ます」
「ふむふむ」
「つまり、何でも屋ってことだ」
丁寧なシャーリーの説明をベオがざっくりとまとめる。
大変わかりやすくて結構。
「やはり便利な錬金術師と同じですね、マスター」
「そうみたいだな」
耳元でささやくゾーシモスに苦笑しつつ、少しばかり安心する。
これなら僕でもやってけそうだ。
「ですので、危険もあります。その点ご注意ください」
「大丈夫です。是非、冒険者になりたいです」
「おいおい、本当に大丈夫か? お前、荒事に向いてるようには見えんぞ?」
確かに、このなまっちょろい体を見ればそう思われても仕方ない。
さりとて、錬金術師は全ての問題を解決する専門家だ。
当然、荒事だってこなす。
「錬金術師ですから、何とかなります」
「……答えになってねぇぞ」
ため息を吐き出すベオ。
さて、今の言葉に何か落胆する要素があっただろうか。
「シャーリー、聞いての通りだ。こいつに斡旋する仕事は気をつけてやってくれ」
「はいはい、わかりました。ベオさんはお優しいですね」
「うっせ。じゃあ、がんばれよ。ええと……」
言い澱んだベオを見て、僕は名乗っていないことに気が付く。
世話になっておいて、なんとも失礼な話である。
「失礼しました。僕はケン。ヴァイケン・オルド。見ての通りの錬金術師です」
「錬金術師にも見えねぇよ。ま、でも手に職あるなら細々とはやっていけんだろ。困ったら相談しろ」
それだけ告げて、ベオは手を振って行ってしまった。
「では、ヴァイケンさん。これから登録と階級の説明を行います」
「階級……?」
「はい。冒険者ギルドは全国的に展開される組織で、階級はそのままあなたの冒険者としての立場を示します。第十級から始まり、最上位は一級です。受注できる依頼の難易度、保険や借入の審査などにも使用されますので、頑張ってあげてくださいね。ああ、でも錬金術師ですと、ご提示できるお仕事も限られますので……」
どうも引っかかる。
錬金術師というのは、この時代において避けるべきものなのだろうか?
ここで、彼女に尋ねてもいいが……人工妖精もいるのだ、少し様子を見ながら、情報を精査したほうがいいかもしれない。
すでに、僕の世間知らずは随分と不信感を与えてしまっているようだし。
「質問なのですが、階級はどうやったら上がりますか?」
「依頼の達成時に冒険者信用度という評価が加算され、それが一定の値に達したら昇級という形ですね。第五級からは冒険者ギルドによる試験もあります」
「なるほど、なるほど」
荒事が得意な無作法者が集まる場所かと思っていたが、この冒険者ギルドという組織は思いのほかシステマチックかつ公正に運営されているらしい。
特に、このシャーリーという女性は素晴らしい人材だ。
情報を過不足なくわかりやすく説明してくれる。
このような場所の窓口にするに実に適切な人物だ。
「わかりました。早速なのですが、僕にできそうな仕事を何かお願いします」
「ヴァイケンさんは錬金術師と聞いていますので、こちらでしょうか」
そう言って、受付嬢は数枚の依頼書らしき紙をカウンターに並べ始めた。
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第三話をお届けしました。
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【用語解説】
・冒険者……この時代における『なんでも屋』。あらゆる仕事の請負人。ドラゴン討伐を成した英雄が、翌日は迷い猫の捜索をしていたっておかしくはない。彼らは自由と自己選択を謳歌する人々の代名詞なのだ。もちろん、危険も多いため『離職率』は高い。
・冒険者ギルド……昨今増加する冒険者を組織的に管理運営するための組織。基本、依頼人は冒険者ギルドに依頼を出し、ギルドが冒険者を手配する。全国に拠点が存在し、根無し草である冒険者に様々なサポートを行う。
・ベオ……本名ベオウーフ・リンギア。リンギア伯爵家の三男坊。すれた様子を見せるが根は素直で善人のおせっかい焼き。第5級冒険者で、サルヴァンではそれなりに手練れ。冒険者ではあるが、素性がしっかりしているため貴族からの指名依頼も多い。
・シャーリー……シャーリー・ブロッサム。主人公は受付嬢だと思っているが、その実、冒険者を厳しく監視する副ギルド長でもある。カウンターにいるのは、にらみを利かせるためとのもっぱらの噂。彼女自身も、冒険者資格を持ち、時には現場に出張ることも。
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