28.優しき日常
「ううん、やっぱり何なのかわからないな」
持ち帰った穢獣を検分しつつ、僕は首をひねる。
そもそも、これが正しい生物であるかすら怪しい。
内臓は不揃いで代謝機能としては不完全だし、金属じみた表皮は細かい鱗状で鮫に似ている。
口腔内に並ぶ乱杭な牙はこれが肉食動物であることを示していそうだが、舌はなく摂食するというよりも単なる武器機能としか思えない。
骨格は人体に近いが尾があり四肢や関節は人間よりも獣に近い様子だ。
人間と魔物を錬金壺で煮詰めたらこんなのできました、みたいな生き物。
自然のものとは思えない。まさに不自然というのがぴったりな生物だ。
「ゾーシモス、こいつについての情報をもう一度頼む」
「了解です、マスター。何度見たって内容は変わりませんが」
ゾーシモスが空中に穢獣に関する資料をいくつか投影する。
モーディス王朝の賢人が五百年前に編纂したものだ。
しかし、こだわりの強い彼らにしてはその情報は端的かつ曖昧に思える。
「わたくしも【転生の揺籠】維持だけの為に作動しており、半ばスリープ状態での情報取得でしたので、最新のものかは不明です」
「お前を責めてるわけじゃないよ。ただ……やっぱりおかしい」
もやりとした不安が、胸に去来する。
この穢獣なる魔物の出現以降、モーディス王朝の情報はどんどん少なくなっており、そして僕が目覚めた時、滅びていた。
『輝かしきモーディス』の滅亡に、何か関係あるのではないかと疑ってしまうのだ。
そして、そう考えるとこれがあんな町のそばで誰かを襲うという事態が、ひどく恐ろしく思える。
「考えていても仕方ないか。情報もないのに深追いするのは、沼に落ちそうだ」
「そうですね。わたくしの方で情報収集を継続しますので、一旦ここで解析を終えるのがよいかと思います」
「頼むよ。さて、僕はいつも通りに冒険者ギルドに行くよ」
軽く徹夜してしまったのだが、若い体はものともせずに元気だ。
若いって、とってもいい!
「あ、ケン。おはよう!」
「おはよう、フィオ」
ちょうどタイミングよく、廊下を通りがかったフィオと出会う。
軽く抱擁を交わして……お互いの額にキスをおまけしつつ、僕らは一緒に階下に向かう。
「今日は早いのね?」
「あはは、ちょっと根を詰めすぎて一晩中起きてた」
僕の言葉に、フィオが眉をじりりと釣り上げる。
しまった、失言だったな。
「ケン?」
「は、反省してます。ただ、あの魔物のことが気になって」
「冒険者ギルドには報告したの?」
「今日、このあと行く予定。結局のところ、何かわからなかったんだけどね」
苦笑する僕の頭を、背伸びして撫でるフィオ。
その仕草に思わずきゅんとする。
なんだってフィオはいつもこんなに可愛らしんだ!
「がんばったね。でも、無理はダメだよ?」
「わかってるさ。でも、危険な魔物なら、早いところ対処したくって。町のそばで遭遇したからね」
魔物が町に入ってくることは、そうない。
高低はあるものの、ぐるりと壁に囲まれているし、防壁の補修も逐次行われている。
それに入り口には門番が常時立っているし、見張り塔もあるので安心だ。
だが、完璧ではない。
地下水路を通って町を横切る川に魔物があらわれた事もあるし、夜間に補修中の壁をよじ登ってきた魔物もいる。
穢獣が何たるかはわからないが、人型をしている以上、それなりの知能を有している可能性もあり、能動的に街に進入してくる可能性は否定できない。
僕の見分結果として、これは獣というよりも兵器に近い。
何らかの目的のために、加害行動を起こす『何か』であるかもしれないのだ。
「朝ごはん、腕によりをかけて作るから」
「フィオの作るものは何でもおいしい」
「ありがと」
食堂に到着した僕は、日当たりのいい席に腰を下ろし窓から外を眺める。
庭が見えるここは、僕のお気に入りの場所だ。
「おはようさん」
「おはようございます、エドガーさん」
「お義父さんと呼べ」
エドガーさんは最近ちょっと吹っ切れてしまったらしく、ぐいぐいくる。
「おはようございます、お義父さん」
「……なんか違和感あるけど、まあいいか。昨日、お前が部屋に籠ってからルーサって子が来てたぞ」
「え、そうなんですか?」
「ああ。お前が部屋に籠ったって話をしたら、呼ぶのも申し訳ないからって、これを置いてった」
机に出されたのは、小さな布袋。
持ち上げると指先にわずかな重み。
……金貨と銀貨、かな。
僕が勝手にやったことなのに、律儀なことだ。
しかし、これを僕に渡してしまっては冒険生活がたちいかないだろうに。
後で返しに行こう。彼は筋がいい。出世払いの方が儲かる。
「なんだかんだと理由をつけてお人好しな行動をするつもりですね? 顔を見ればわかります」
ふわりと浮かび上がったゾーシモスが、愉快気にくるくると回る。
最近、店がオープンしていない時──つまり、家族しかいない時、ゾーシモスは頻繁に姿を現すようになった。
僕が特に呼んでいなくても、だ。
フィオには最初から姿を見せていたし、エドガーさんもあの時のことをうっすらと覚えていた。そして、マイアにも先日の件で姿を見せた。
姿を隠す必要がなくなった、という訳だ。
「そこがヴァイケンのいいところだろうが。なぁ?」
「否定はしません。マスターのそういうところは、青臭い善性に満ちていて、好感が持てると思いますよ」
「なんで素直に褒められないんだ、お前は……!」
僕の言葉に、ゾーシモスはくるくると回り、エドガーさんは笑みを漏らす。
それに苦笑しつつ、こんな風な日常がたまらなく好きな自分を自覚する。
五百年前には、なかった風景だ。
いや、実際には歩み寄ってくれる人もいたのだろうが、僕にそれを受け入れる度量とか余裕がなかった。
研究と実績と、仕事。
山積みの問題、あふれかえる依頼。
寄せられる期待。
──「サルヴァンはどちらかというと田舎ですから。マスターが住むにはいい場所だと思います」
ゾーシモスの小憎たらしい言葉を思い出して、僕は再び苦笑する。
さすが、僕の創った最高の支援型人工妖精だ。
僕のことをよくわかってるじゃないか。
お読みいただきまして、ありがとうございます('ω')!
おかげ様で日間総合にものれました! やったー!
【用語解説】
・お義父さん……主に婚姻相手の父親を呼ぶと気に使う言葉。エドガーはもう腹をくくったようだが、ヘタレ錬金術師はヘタレなので、あと一歩踏み出せていない。フィオにしても、ヴァイケンが何か隠していることを知っており、それを話してくれるのを待っている状態である。
いかがでしたでしょうか('ω')
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