27.真なる錬金術
急加速、急制動で現場に到着した僕が目にしたのは、目にしたことがない魔物の前で倒れているルーサ少年だった。
満身創痍もいいところで、右腕は肘から先が噛み千切られてしまっている。
「ゾーシモス! あれの情報を検索!」
「アーカイブ上に情報を確認。記録の類似点から『穢獣』と呼ばれる魔物と推測されます。五百年前の情報ですが」
「なんだって?」
【錬金術師の杖】を構えながら、ゾーシモスの言葉に驚く。
五百年前、およそ危険な魔物のほとんどと相対したことがある僕が見たことがないのに、アーカイブに情報があるなんてどういうことだ。
いや、そんなことよりまずはルーサ君の救出が優先だ。
「追いつきました、ヴァイケン様」
「マイアさん、ルーサ君を保護してください。魔物は僕がやります」
「承知しました!」
指示を聞くや否や、走ってきた勢いそのままに地を蹴る女騎士。
意外と頼りになるじゃないか。
「ゾーシモス、魔術で牽制!」
「準備済みです。行ってください、マスター」
小さくうなずいて、金貨を一枚弾いて飛ばす。
錬金術は等価交換を旨とする技術だ。それが、流動的であれ何であれ……現在の貨幣価値において金貨一枚は軽くない価値を持つ。
「〝起動〟!」
金貨が空中で十数本の簡素な鉄槍に変じて、穢獣に降り注ぐ。
ダメージそのものはさほど期待していない。
さりとて、ルーサ君から注意を逸らすには充分な効果を発揮した。
「続けて足止めします。マスター、しくじらぬように」
「誰に向かって言ってる! 僕はヴァイケン・オルドだぞ!」
七本の魔光剣が同時にゾーシモスから発射され、穢獣を直撃する。
衝撃はかなりのものだったようで、穢獣は奇妙な悲鳴を上げながら草原を転がった。
そこに、追撃をかける。
あれが何であるか正確に把握できない以上、確実に仕留める。
ルーサ君の治療もせねばならないし、細かい調査などは後回しだ。
「とぁあッ!」
軽く気合を入れて、長剣状になった【錬金術師の杖】を横なぎに振るう。
穢獣の表皮は固く、斬り応えは最悪だった。
だが、両断されたそれが動かなくなるのを見て僕は軽く息を吐きだす。
死なないタイプの魔物でなくてよかった。
「ヴァイケン様、ルーサ君が!」
「わかっている!」
怒鳴るように返事をして、マイアと意識を失ったルーサの元に駆け寄る。
初見の印象は「ひどい」の一言だった。
右腕は手ひどく食いちぎられ、左腹部は鋭い爪で深々と切り裂かれていた。
駆け出しの彼は、装備している防具も貧弱だ。
あのような凶暴で危険な魔物に対するものとしては、余りに心もとない。
「ゾーシモス、バイタルステータスを」
「心肺停止、および失血による死亡状態です。いくつかの臓器と血管は重度破損、脳は無事ですが血流停止による損耗が予測されます」
「くっ……私達が遅れたばかりに……!」
マイアが悔しさと悲しさを顔ににじませる。
ああ、まったく。誰かにそう言う顔をさせないためにあるんだ、錬金術は。
「ゾーシモス、ステータスのモニターを継続しろ。すぐに蘇生させる」
「イエス、マスター。臓器保全アシストは必要ですか?」
「当たり前だ。待ってろよ、ルーサ君。死ぬ前よりも元気にしてやるからな」
マイアが不思議そうな顔で僕を見る。
「ヴァイケン様? 何をおっしゃっているんです? その青い物体は何ですか?」
「マイアさん。これから見ることをよく見ておいてください。錬金術師というものが何たるか、そして僕が目指す未来の在り方を」
位相空間収納からいくつかの魔法薬を手早く取り出して、小型の錬金壺に放り投げる。
体組織の治癒、血液の補完、臓器と右腕の再生、加えて脳組織を活性化させるための秘薬が必要だ。
そんなものは、ない。
だから、作る。
僕は錬金術師だからな……ない物は創り出す。
「【リミシアの霊薬】をベースに体組織を遡行再生する薬品を創る。それまで【アンタロンの逆巻円盤】を利用して、ルーサ君の生命概念を維持しろ」
「マスター、【ネブラルⅢ既成概念装置】も追加してください。マイア女史がいるので有効に作用するでしょう」
「なるほど。やるじゃないか、ゾーシモス」
位相空間収納から【ネブラルⅢ既成概念装置】を取り出して、混乱中のマイアに手渡す。
「マイアさん、それを握ってルーサ君のことを思い出してください。彼に出会ってからさっき森で話したところまで、できるだけ詳細に。そして、ルーサ君は生きている、と自分に言い聞かせてください」
「は、はい! ヴァイケン様! やってみます」
「よし、いい子だ」
けなげな様子でうなずくマイアの頭を軽く撫でる。
……しまった、今の僕は十代の子供なんだった。
ともあれ、素直なのはマイアの美点だ。
そういうところは、実に好感が持てる。
「生命概念の維持、順調です。このまま意識のサルベージが可能です」
「ゾーシモス、こんな状態で起こしたら痛みで脳が焼き切れてしまう。少し待て」
死んだ状態で意識だけ起こしなんてしたら、人間耐えられるものじゃない。
どうせなら十全な状態で気持ちよく目覚めてもらおう。
錬金術師はサービス業なのだし。
時間にして十数分ほど。
小型の錬金壺の中身から、薄緑の光がふわりと粒子のようになって立ち上る。
それが徐々に収束して、ごく小さなエメラルドに輝く雫に変じた。
「よし、完成。我ながら、いいできだ」
横たわるルーサ少年の心臓のあたりに、それをゆっくりと落とす。
それが彼の胸に触れた瞬間、あたたかな風が吹いて……瞬く間に肉体を再生しはじめた。
時間が巻き戻るようにして傷という傷が塞がり、右腕が元通りになってゆく。
そして、ゆっくりと彼は目を開いた。
「あれ? ボク……」
「おはよう、ルーサ君。どこか不調があるかな?」
僕の言葉にルーサ少年が首を振って、起き上がる。
「すごく、体が軽いです。一体何がどうなったんすか?」
「なに、ちょっとばかり死んでただけさ。三十分以内だから、セーフだよ」
首をかしげるルーサ少年を見て、僕はほっと胸をなでおろした。
実は、目覚めてから一度も蘇生処置をしていなかったので、少しだけ不安だったのだ。
万事解決。
さぁ、あとは……あの魔物について確認しないと。
お読みいただきありがとうございます('ω')!
本日、作者はワクワクをチーンする予定ですので、以降の更新がなかったら副反応で撃沈中だと思ってください。
【用語解説】
・等価交換……物質の概念的価値を基準に別物質にする技術。集合的無意識などの兼ね合いもあるが、現象と価値は等価でなくてはならない。……はずであるが、しばしば優れた錬金術師はこれを無視する。自らの価値基準と常識を押し付けて押し通すのも、また、錬金術の神髄なのである。
・【リミシアの霊薬】……傷病を治癒する秘薬の一つ。機序としては、肉体の遡行による逆再生である。つまり「健康だった状態に戻っちゃえばいいじゃない!」という乱暴な効能のお薬であり、実のところ錬金術師リミシアは暴飲暴食による肉体の膨張をを帳消しにするべくこれを開発したと言われる。薬品の真実は浅ましくも奥深い。
・【アンタロンの逆巻円盤】……円盤状の魔法道具で、常時反時計回りに渦を巻いている有機系アイテム。時間の流れによる変質や喪失を回避し、その場に保持し続ける効果がある。実は錬金術師アンタロンが「ほっかほかのチャーハンを腐らせずに翌日までテーブルに出しっぱなししたい」などというバカげた理由で開発した魔法道具であるのは、錬金術界の秘密の一つである。
・【ネブラルⅢ既成概念装置】……思い込みをある程度具現化・実現化する魔法道具。集合的無意識に働きかけて「そうであるにちがいない」という思念をごく狭い範囲で実現させる。実は、非常に危険なアイテムで禁忌条項が設定されている。
いかがでしたでしょうか('ω')?
本日は少し真面目な感じでしたね。
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