26.濡れる女騎士
「それで、いつ帰るんですか?」
「私は帰らぬと言ったはずだが?」
サルヴァン郊外、ベグレイブの森。
薬草採取の依頼のついでに、自分の錬金素材を採取に来た僕の後をマイアがついて歩いている。
本人は僕の護衛であるつもりらしいが、僕としては落ち着かない。
「何度もお伝えしている通り、僕にはフィオという恋人がいます」
「存じ上げている」
何だって話が通じないんだろう、この変態女騎士は。
ことあるごとに期待した目で見てくるし、ときどきは『おしおき』を求めてわかりやすい失態も犯そうとするので、別の意味で目が離せない。
「私はヴァイケン殿の下僕であって、恋人ではないからな」
「人聞きの悪いことをおっしゃる」
「いいではないか。こう見えて、私は脱ぐとすごいんだぞ?」
「脱がないでいいから、王都に帰って」
このやりとりも何度目だろうか。
なんだかんだと一ヶ月の間、ずっと付きまとわれている。
そして、あろうことかいつの間にか彼女は冒険者としての登録を済ませ、僕のパーティメンバーとして振舞っているのだ。
冒険者ギルドめ、なんというザルな組織なんだ。
本人の同意なく、パーティを登録するなんて。
しかも、当初登録されていたパーティ名は『ぬるぬる倶楽部』だった。
どこの違法風俗だ、まったく。
そういったやらかしも、この女騎士が『イケナイおしおき』を所望してのことなので、怒ったり罵倒したり、あるいは冷たい視線で見つめたりしてもノーダメージどころかツヤツヤしていく。
……無敵かよ!
「しかし、ヴァイケン様。ここ一ヵ月、薬草採取と魔法薬納品くらいしかやっておられませんね? 魔物の討伐や、迷宮調査などにはいかぬのですか?」
「あなたがいるからですよ。仮にもお姫様でしょう? 僕に付き合ってケガでもしたらどうするんですか」
僕の言葉に、マイアが急にしゃがみ込む。
「そんな……急に優しくなさるなんて……! 濡れてしまいます……ッ」
「hentaiめ……!」
「あん、もっと!」
もう、何をしてもこの変態女騎士を悦ばせてしまう。
誰か助けてくれないだろうか。
錬金術師として生きてきたこれまでで、これほどの無力感に苛まれたことはなかった。
「でも、そうですね。そろそろ欲しいものもありますし、本格的に調査に行かなきゃかもしれない」
「ならば、私も!」
「いえ、あなたは『踊るアヒル亭』で留守番です。給仕でもしててくださいね」
「仮にも一国の姫に給仕をさせるなんて……! 残酷な!」
小さく体を震わせるマイアにげんなりしながらも、少し慣れてきてしまった自分を自嘲する。
フィオにしても、当初は敵視していたはずが気が付けば仲良くなってしまっていた。
理由を尋ねても教えてくれないし、女同士というのはよくわからない。
「あれ、先生じゃないっすか」
そんなこんなでしばし森を探索していると、最近よく顔を合わせる新人冒険者と出会った。
サルヴァン冒険者ギルドの駆け出しである彼は、僕と依頼が被ることが多い。
時には手分けして低級の依頼をこなしたりすることもあるのだが、よく気が付くなかなか優秀な少年だ。
「マイアさんもお疲れさまっす」
「うむ。ルーサ君も元気そうで何より。危険な目には合っていないかな?」
他人の前では近衛騎士っぽく振舞うマイア。
見られて気持ちいい性癖なんだから、もうオープンにいけばいいのに。
「先生たちがいるからこの辺りは安全っすよ? 今日も、色々とれたっす」
「そりゃ重畳。また怪我しないように気を付けてくださいね」
「ありがとうっす!」
僕の言葉に笑顔で頷くルーサ少年。
以前に彼は、ここで手ひどい傷を負ってそれを救助した経緯がある。
それというのも、森の深部……鈴の墓地に近づきすぎたせいだ。
町の近くにある森なのに危険すぎるとは常々思っていて、機会があれば奥地の調査もしようと思っている。
「んじゃ、ボクは失礼するっす! お二人も日が落ちる前に帰ったほうがいいっすよ!」
元気にそう告げて、ルーサ少年は町の方向に向かって消えた。
「我々も帰りますか? ヴァイケン様」
「そうだなぁ、今日はもう帰ろうか。そして君はそろそろ王都に帰ろうか」
「冗談は止してください、ヴァイケン様」
冗談でもなんでもないし、冗談ではないと言いたいのは僕の方なのだが。
ああ、でも……ちょっと情が湧いてるのも確かなんだよな。
王城で僕に剣を突きつけたあの日、張り詰めた表情をした彼女はどこか無理しているように見えた。
今のマイアは、自由だ。
少しばかりヘンだけど、自由に笑い、話し、日々を幸せそうに過ごしている。
僕が好きな人間の在り方ではあるのだ。
「どうされました? ヴァイケン様」
「君を箱詰めにして王都に送る魔法道具について考えてただけだ」
「なんと、箱、詰め……。ぎゅうぎゅうですか? みちみちですか? あのスライムはオプションにつきますか?」
なんでちょっと嬉しそうなんだ。
そして、エゲつないオプションを提案するな。
「……マスター、卑猥なご歓談中失礼します」
「誰が卑猥か。どうした?」
「現在地点から1ロメート先、サルヴァン西街道付近にて戦闘の様です」
サルヴァン西街道は、この森からサルヴァンに至る帰路でもある。
魔物の出現は少なく、比較的に安全なはずなのだが。
「状況をモニターしろ。僕らも向かう」
「イエス、マスター。なお、戦闘中の一名はルーサであると推測されます」
タイミング的にはそうだろうな。
野盗か魔物かわからないが、彼一人ではそう長くはもつまい。
「マイアさん、これを飲んでください」
「これは?」
「【韋駄天薬】です。前方でルーサ少年が戦闘に巻き込まれているようです。走りますよ!」
僕の言葉に、疑いもなく瓶を干す女騎士。
こういう場面で物分かりがいいのは彼女の美徳だ。
「ゾーシモス、最短経路を表示」
「もうやってます。加速誘導経路起動……行けます」
ゾーシモスの示した光の路を踏んで、僕は一気に加速した。
お読みいただきまして、ありがとうございます('ω')!
本日も頑張って書いております!
【用語解説】
・おしおき……折檻のこと、あるいはそれに準ずる叱責やペナルティ。これに快感を感じる人のことをマゾと呼ぶ。
・イケナイおしおき……快感を伴うものを指す。感じ方は人それぞれではあるが、マイアの場合は何されてもだいたいこれ。ヴァイケンに対する敬愛が強すぎるため。
・【韋駄天薬】……100メートを9秒58で走行できるようになるお薬。身体強化を極めた錬金術師ヴォルトが開発したもの。
・加速誘導経路……一部の人工妖精が使用できる特殊なツール。主に障害物の少ない直線で使用され、マスターを高速で目的地に移動させる。賢人塔間のワープのように一瞬ではないが、かなりの高速で目標地点へ移動可能。人工妖精が周辺マップを把握している必要がある。なお、何かにぶつかるととても痛い。
いかがでしたでしょうか('ω')
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