25.王都からの訪問者
帰宅翌日。
昨晩の内にエドガーさんとすっかり和解した僕は、『踊るアヒル亭』の一階の奥で、工房を稼働させる。
研究室とまではいかないが、昔のように対応に難儀する依頼が持ち込まれることはないので気楽なものだ。
そうそう、こういうのでいいんだよ……という、風情である。
そんなぼんやりとした昼下がり、軽く【癒しの魔法薬】を量産していると、誰かが勢いよく『踊るアヒル亭』の扉をあけ放って入ってきた。
ランチタイムも終わり、入り口のアヒル君は『準備中』の札を持っていたはずだが。
「頼もう!」
「んん?」
よくよく見ると、それは見知った顔の人物。
しかし、こんな片田舎の古都にいるはずのない人物でもある。
「ランチタイムは一時間前に終わってますよ」
おそらく、昼食を食べに来たのではないとわかっていながら僕は彼女にそう声をかける。
ごつい白銀の全身鎧のその人は、先ほどまでの勢いをぴたりと止めて、ゆっくりとこちらを見た。
「ええと、マイアさんでしたっけ。王都から遠路はるばるサルヴァンにようこそ。観光ですか?」
「ヴァイケン・オルド様」
「はい?」
僕のそばまで歩いてきた女騎士は、その場ですっと片膝をつく。
ああ、なるほど。『膝をつく』ってこういう事だったんだ……!
それにしても、いったいどういうことだろうか?
僕の名を『様』つけで呼ぶなんて。
「国王陛下のご命令により、御身のお世話をするべく参りました」
「まって。話が見えないんですけど?」
そう首をひねる僕に、女騎士が書状を差し出す。
彼女が答えてくれそうにないので、僕は仕方なくそれを開いた。
『ヴァイケン・オルド殿
この度は、当方の無知、傲慢により気分を害されたことと思う。
ここに謝罪を表明し、その証として我が娘であるマイアを遣わせることとした。
マイアは騎士として優秀で教養も高く、きっとよくあなたに仕える事であろう。
今後とも、我がエウレアと善き親交があるように願っている
──エウレア王国 国王 ジャナン3世 』
手紙をそっと閉じ、女騎士につき返して扉を指さす。
「お帰りはあちらです」
「そんな!」
そんなもこんなもあるか。
もう関わり合いにならないでくれと言ったそばから、何やってんだあのおっさん!
これならまだ育毛剤の発注書を渡された方がマシだ。
「ここまできておめおめと帰るわけにはいかない! 私はお前を取り込むために送り込まれたハニートラップなのだ!」
「バカ正直もほどほどにしてくださいね!?」
「頼む! あのような醜態をさらしたのだ、もはや嫁に行くこともできぬ」
それを言われると少しばかり心が痛まないでもない。
この人だけは別の手段で制圧すればよかったかもしれないと、今になって後悔してきた。
「そもそも、娘? あなたって王族だったんですか?」
「……私は妾の子だ。陛下は娘と言ってくれるが、王宮の者達はそうではない。こんなことでしか、役に立てぬ故、自ら人身御供を申し出たのだ」
「僕にハニートラップを仕掛けることを『人身御供』って表現するの、やめてもらえませんかね……」
なんというか、いろいろ残念な人だってことはわかった。
「とにかく、謝罪はお受けしましたし、困ったときはお助けもします。でも、僕のことはそっとしておいてもらえませんか」
「何度も言うが、おめおめと帰るわけにはいかん! それに……」
「それに?」
僕の聞き返しに、ぷるぷると身を震わせる女騎士。
その顔はうっすらと上気し、瞳はうるんでいる。
「お前に迷惑をかけると……イケナイ報復を受けられるのだろう?」
「ヘ、ヘンタイだぁぁぁぁぁーーーッ!!」
思わず叫んでしまった僕を見て、女騎士がとろけた顔で身をよじる。
「そんな風に言わないでくれ! いやもっと言ってくれ!」
「どっちだ!? そしてやだよ! どうしてこうなった!?」
「それは、【レギュレーション18型スライム】など使ったからでは?」
耳元で冷静なゾーシモスの声がするが、僕としてはそれどころではない。
僕の知っている『お姫様』からあまりに乖離したマイアに、得も知れぬ恐怖じみた感情が湧き上がる。
五百年前、地下深くに封印された古代の邪神『銀の正十三角形』を目の当たりにしたときのそれに近い。
これは、迂闊に触れてはいけない存在だと、一歩後ろに下がる。
この僕を後退らせるなど、大したものだよ女騎士!
「分析するに、抑圧されたストレスが醜態をさらしたことによって増幅された快感に反転したのでしょう。新たな扉を開いてしまった責任は重いですよ、マスター」
「ゾーシモス、その扉を閉める方法をアーカイブで検索」
「彼女に備わった生来の性癖です。精神破壊でもしないと無理ですよ」
調べようともしないな、お前ってやつは!
「マ、マイアさん? 落ち着きましょう、ええ、落ち着くのがいいと思います。とても。あなたはほら、王族でしょう? そういうのは社会的にどうかと思いますよ、えぇ」
「私はすでに社会的に死んでいる! もう恐れるものは何もない!」
「……oh」
そのように堂々と断言されてしまっては、まるで打つ手がない。
一体、何が彼女をそうさせてしまったのか……。
「あれ、ケン? お客様?」
「客じゃない。変態の押し売りだ」
「……?」
掃除の為だろうか、階段を下りてきたフィオが騒ぎに気付いて顔を出す。
そんな彼女に向って、女騎士マイアがきりりとした顔を見せた。
「こんにちは、お嬢さん。私はマイア・F・エウレア。ヴァイケン様の哀れな下僕だ」
なんて名乗りをしてくれる。
誤解を濃縮したような自己紹介はやめていただきたい。
「はひ?」
「真に受けなくていい、フィオ。自称だ」
「ここは、宿もやっているのかな? お嬢さん」
先ほどまでの姿は何とやら、僕の言葉を無視して麗人のごとき立ち振る舞いで尋ねるマイア。
一方、フィオは流れに負けて小さく頷く。
「え? ええ、はい。今ならお部屋空いてますよ」
「それはよかった。一部屋準備していただけるだろうか?」
「はい、承りました。すぐにご準備いたしますね!」
久々の宿客に気を良くしたフィオが、宿帳を取りに二階へと走っていく。
それを唖然とした様子で見送りながら、僕は女騎士を横目でちらりと見た。
「ふふふ、これで一緒ですね。ヴァイケン様……!」
ああ、いろいろしくじった。
どうやってコレを追い返そうか。
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【用語解説】
・マイア・F・エウレア……王国の第二王女にして、プリンセスガード。母親が平民であるために王位継承権を持たず、貴族達からの視線も冷たい。出自の問題からくる様々なストレスにさらされがちなものの、日々それを強靭な精神で受け止めていた。思えば、コレがよくなかったのかもしれない。ある事件でひどい醜態をさらした彼女は自らの『真なる性癖』を開花させてしまい、その源流を求めて王宮を飛び出すこととなったのだ。
・『銀の正十三角形』……ヴァイケンが過去、解決した驚異の一つ。解決したと言っても、人の手の届かぬ深い穴にポイしただけとも言えるが。月面から飛来したと言われる正十三角形の平面神性で、そのありえざる形を視界に入れると概念と価値観の変貌を起こす危険な物体だった。本人に悪気はないが、非常に危険なので地下深くに封印された。
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