24.帰宅と報告
王都を出て一週間と少し。
ようやく僕たちはサルヴァンへと帰ってきていた。
帰りは行きと別ルートを通ったのだが、なかなかいい経験ができたと思う。
これでエウレア王国の北部の大半に僕は〝跳躍転移〟できるようになった。
いくつか遺跡らしき地下空洞の反応もゾーシモスが拾っていたので、その内、ひまを見つけて調査に行こうと思う。
「おかえり、旅行はどうだった?」
「とっても楽しかった! お土産もたくさん買ってきたよ!」
『踊るアヒル亭』に戻ると、エドガーさんが笑顔で僕たちを迎えてくれ、少しホッとした空気に包まれる。
いつの間にか、ここが僕の居場所になっていたのかもしれない。
まるで、実家に帰ったかのような安心感だ。
「エドガーさん、お店は大丈夫でした?」
「ああ、チナが手伝ってくれたんでな」
チナさんは、『ブラックドッグ』所属の魔術師であるワワイさんの双子の姉だ。
【ダーラビー連続鏡】という魔法道具に事故で閉じ込められていたが、ごく最近、現実世界に戻ってきた。
というのも僕が、【ダーラビー連続鏡】を解除したわけだが。
ワワイさん一家には随分と感謝されたが、魔法道具事故に対応できる錬金術師がいないという事の方が問題だと思う。
あんな初歩的な事故、いっぱしの錬金術師であれば数時間で解決できるはずなのだ。
「あ、ヴァイケンくん! おかえりなさい!」
当の本人がエプロン姿で駆け寄ってくる。
どこか陰鬱な雰囲気を醸すワワイさんと双子とは思えない明るさの彼女は、しっかり『踊るアヒル亭』の看板娘代理を果たしていたようだ。
「ただいま、チナさん。体調問題ないですか?」
「うん。問題なし!」
「そりゃよかった」
長期間にわたって鏡面世界にいたわりには存在流出も軽微だったし、彼女は意外と錬金術に対する才能があるのかもしれない。
「あ、そういえば。ワワイが帰ってきたら顔を出してほしいって言ってましたよ」
「ワワイさんが? 何か用事かな……?」
「聞いてないからわかんないわね。うーん、仕事が終わったら、ヴァイケンくんが帰ってきたことを伝えておくわ」
少し考えた仕草をしてから、チナさんがニカっと笑う。
「いいんですか?」
「そもそも、恩人に顔を出せなんて失礼なのよ、アイツったら。ここに来るように伝えるから、ゆっくりしちゃってて! フィオちゃんもね」
「ありがとうございます。じゃあ、僕は部屋に荷物を置いてきますね」
「あたしも。お父さん、今日は手伝ったほうがいい?」
帰宅当日から手伝いなんて、フィオは働き者だ。
それなら、僕も冒険者ギルドに顔を出すべきだろうか?
「今日はチナがいるから大丈夫だ。ゆっくりしときな」
「そう? わかった。ケンはどうする?」
「……うーむ……迷うな」
僕としてはそれほど疲労があるわけではないので、冒険者ギルドに顔を出すのはやぶさかではないのだが、面白そうな依頼を見つけてそのまま出てしまいかねない。
前世ではそういった落ち着かなさを、同僚や部下たちに『仕事中毒』であると指摘されていたし……実際に、それが原因で不治の病魔を引き寄せた可能性があるとも言われた。
せっかく健康になったのだ。
ここは、しっかりと休息をとろう。
「僕は部屋で少し休むよ」
「うん。あとでお茶を持っていくね」
そう笑うフィオに頷く僕を見て、エドガーさんが小さく首をひねった。
「何かよ、距離感近くないか? そういう感じだったか?」
「やだ、父さんったら」
恥じらう様子のフィオと苦笑いのチナ。
そして僕は脂汗を一滴つたわせる。
若い男女が遠距離の旅行となれば、いろいろとイベントだって起きる。
エドガーさんは僕らの仲を認めてくれるだろうけど……深い関係になったことまで許してくれるとは限らない。
五百年前、とある賢人も「娘を持つ父親というのは、複雑なロジックの心理を持つものさ」と言っていた。
予測されることと、事実起きたことはノットイコールとして判断されるらしいのだ。
「もう、マスターったら。若い子が二人で旅行したら距離も縮まるものでしょ」
「それもそうか」
チナさんのアシストで、俺は少しばかり緊張を緩める。
これは許された。
「ま、詳しい話は夜に酔っぱらいながら聞くとする。いいだろ? ヴァイケン」
「あ、はい」
まったく逃げられてなかった。
ああ、これはきっと洗いざらい吐くことになるやつだ。
「んじゃ、また後でな」
そう快活に笑うエドガーさんに軽く頭を下げて、僕はフィオと一緒に階段を上がる。
そのまま屋根裏部屋に行くのかと思ったら、フィオは僕の部屋までついてきた。
「フィオ?」
「なんだろ、ずっと一緒だったから寂しくなっちゃって。ちょっとだけ一緒にいていい?」
「もちろん」
いじらし気にするフィオに笑顔で応え、部屋に迎える。
冷静を装っちゃいるが「こんな可愛らしいわがままが存在するなんて、信じられない!」という気持ちでいっぱいだ。
今すぐ彼女を抱きしめたい。いや、抱きしめよう!
即断即決な僕はフィオを緩く抱きしめる。
こんなに可愛らしい存在が世の中にいるなんて!
……ああ、神よ! 信じないなんて言ってごめんなさい!
「お、そうだヴァイケン。お前さんに客が──……」
フィオの額に口づけした瞬間、部屋の扉が開け放たれる。
開けたのは、先ほど言付けを伝え忘れたエドガーさん。
いまだかつて、これほど空気が凍り付いたことがあっただろうか。
「……」
「……」
無言で見つめ合う僕とエドガーさん。
その張り詰めた緊張の糸をプチリとやったのは、フィオだった。
「もう、お父さん! ノックしてない」
俺の腕の中でぷりぷりと怒るフィオから、視線を僕に戻してエドガーさんが口を開く。
「あ、ああ……そうだな。いや、まあ、うん……なんだ、そういう感じ、なのか?」
「え、ええ……そういう感じになりました」
「そ、そうか。ならいいんだ、うん」
そのまま後退りするように廊下に移動したエドガーさんは、静かに扉を閉めて去っていった。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます('ω')!
おかげ様で、本日もファンタジー日間1位ですよ!
みなさまの応援、うなぎに届いております!
【用語解説】
・チナ……ワワイの双子の姉。取り込まれた十代前半の姿で帰還し、ワワイの年の離れた妹に見えるともっぱらの噂。鏡面世界でもそれなりに楽しくやっており、自ら様々な鏡の中を渡り歩いていたようで意外と博識。持ち前のさっぱりした気性で飄々としているが、ヴァイケンには深く感謝をしており、エドガーも取り込んで第二夫人の座を狙っているとかいないとか。しらんけど。
・とある賢人……二人の妻と二人の子供を持つ鳶色の瞳の賢人。一説には、異世界からの訪問者だという噂も。「家族の為なら世界も神も滅ぼす」と公言してはばからぬ人であったとアーカイブには記録されている。いろいろ無意識にやらかす人であったとも。
いかがでしたでしょうか('ω')
おかげ様で頑張って書き進められております!
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