22.メッセンジャー
王都観光を楽しむこと一週間。
すっかり王都を堪能しきった僕たちは、大量のお土産を位相空間収納に詰め込んで、明日朝の出発に備えていた。
王都では「田舎貴族のぼんぼんがすごい散財をしている」などと噂になったが、その方が逆に警戒が薄れて好都合だった。
王都の風潮だろうか、怪しい錬金術師が金を使っているというよりも、貴族らしき誰かの方が対応がいいのだ。
荷物をすっかり詰め終わってフィオとお茶など飲んでいると、ドアをノックする音。
「はい。どちらさまでしょう?」
「当ホテルオーナーのチューズでございます。オルド様にお目通りをというお客様が来られておりますが、いかがいたしましょうか」
「どなたですか?」
「近衛兵団所属、マイア・フォンティー様でございます」
これが高級ホテルを選んだ理由の一つだ。
こういった要人も泊まるホテルはセキュリティも相当しっかりしていて、直接誰かが部屋に訪ねてくるということがない。
それが、王侯貴族であっても必ずワンクッションあるわけだ。
こういうサービスは五百年前から変わらないな。
そう、この『ホテル・チューズデー』は五百年以上前から高級ホテルとして存在している。
賢人塔のそばにあり、名だたる錬金術師や賢人がここを宿として利用していた。
建物自体も錬金術で補強されており、例えば災害や経年劣化で城や城下町が軒並み崩壊したとしても、ここだけは残る可能性がある。
それ故、フィオの安全面も考慮して宿はここに決めさせてもらったのだ。
「ロビーまで参りますとお伝えください」
「かしこまりました」
ドアの向こうの気配が遠ざかっていくのを感じながら、小さくため息を吐いて立ち上がる。
「少し行ってくるよ、フィオ」
「近衛兵団って国王陛下のそばにいる人よね? 何の用事かしら?」
「さぁ、わからないな」
身に覚えがあるような気もするが、とりあえず誤魔化しておく。
そもそも、なぜ近衛兵団の何某さんが訪問してきたのかわからないのだ。
僕に用事があるなら、前回の召喚状よろしく手紙でも寄越せばいいのにと思う。
部屋を出てロビーに到着すると、少し見覚えのある顔がロビーの端にちょこんと座っていた。
身長があるのに今日は妙に小さく見える彼女は、王の間付近で犠牲になった姫近衛だ。
「あなたがマイア・フォンティーさん? 何か御用ですか?」
「……ヴァイケン・オルド」
僕の名をじとりとした目で見る女騎士。
こういう視線を向けられて気持ちよくなる趣味はないのだが……慣れれば癖になるかもしれない。
「はい。世界を明るく平和に幸せに……がモットーの錬金術師、ヴァイケン・オルドでございます」
「詐欺師から似非宗教の教祖にレベルアップですね」
耳元でゾーシモスが囁く。
バカめ、僕は神など信じない。
「お前に、再度王からの召喚がかかっている」
「あー……残念ながら、明日朝一で出発することになっておりまして。せっかくの召喚ありがたいのですが、今回は失礼させていただきますとお伝えください」
「王の召喚だぞ!?」
驚いた風な目で僕を見る女騎士。
別にありがたくもなんともないし、そろそろ帰らないとエドガーさんも困るだろうし……そして、僕から特に用事もない。
「見ての通り、田舎者の粗忽者でして、また失言して牢屋に閉じ込められでもしたら、ことでしょう?」
「……っ」
あの日のことを思い出したのか、女騎士が顔を赤くして小さく体をよじる。
おお……なんだかちょっと、いけない気持ちになりそうだ。
「マスター、心拍数があがっています。これ以上下半身の血流を良くしたら、今後はエロ錬金術師とよびますからね」
心はおっさんで体は健康な十代男子なんだ。
どっちにしても健全な生理反応だろう?
「私もお使いできたわけではない。何としても城に登ってもらうぞ」
「せめて要件を伺っても? それで行くかどうか判断しますので」
もし……よほど重要な要件なら、サルヴァンに帰ってからでは二度手間になりかねない。
このように近衛の人間をメッセンジャーに派遣するくらいなのだから。
「魔法薬のお礼と、また件の騒ぎを宥恕される旨を、直接伝えるためと伺っている」
「魔法薬に関しては礼不要、宥恕については有難く……と伝えてもらっちゃダメなんですかね?」
「何度も言うが子供の使いではないのだ。明朝、必ず城に登るように」
それだけ言うと、女騎士は立ち上がる。
「相変わらず横暴が過ぎる。また恋人を待たせることになるじゃないですか……」
「──恋人がいるのか!?」
いたら悪いか!
そりゃ五百数年生きてきて初めての恋人だけど、そんなに驚かなくたっていいじゃないか!
「まぁ、いい。明日、待っているからな」
「はぁ、はいはい。わかりました」
渋々そう返事して、マイアなる女騎士の背を見送る。
そして、今度投獄されたら解除コードは発動しないと心に決めた。
一度痛い目に遭っておいて、また僕を呼び出すなんて。
もしかして、城中がイケないマゾヒズムにハマってしまったんじゃないだろうな。
まぁ、いい。
今度は王様にも【レギュレーション18型スライム】をぶん投げてやる。
王座で乱れるさまをアーカイブに永久保存してくれるわッ!
もちろん、そこのマイアさんもな!
「マスター? イケない報復について口から漏れていますよ。変態みがエグいです」
「あ、そう?」
うっかりしていた。
やっぱり、思考加速時に口を閉じる魔法道具が必要かもしれないな。
「……?」
ふと見ると、女騎士が全身を小さく震わせて座り込んでいる。
顔は上気し、真っ赤だ。
「くっ、ころせ」
「……そっとしておこう」
僕はそう独り言ちて女騎士を残し、その場を後にした。
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【用語解説】
・ホテル・チューズデー……創業六百年を誇る老舗ホテル。ドラゴンの猛攻にあっても客を避難させられるだけの強度を誇るこのホテルはサービスの行き届いた城塞である。建材から設備に至るまで錬金術的に強化されており、この先も千年は機能すると言われている。なお、モーニングの名物料理『ポテマヨサンド』が人気とのこと。
・神など信じない……錬金術で多重連結した人工妖精が暴走し、神を名乗って災害を引き起こした事例があるため、先史時代の錬金術師であるヴァイケンは神など信じない。なお、その神の頭蓋骨をカチ割ったのもヴァイケンである。
・宥恕……寛大な心でもって罪を許すこと。わりと上から目線。
・「くっ、ころせ」……すでに堕ちてる女騎士が口にしがちな言葉。