21.王都観光
「意外とあっさり許してもらえたな」
「城内を卑猥な道具で制圧されれば、そうせざるを得ないでしょうね」
あの後、王の間に踏み込んだ僕は失言を陳謝して王様に魔法薬を手渡し、城を後にした。
近衛騎士隊長とか宮廷魔術師長とか宰相が、弓反りになって悶えるショーがお気に召したのかもしれない。
「さぁ、フィオのところに戻ろう。少し時間かかっちゃったし」
「責任の所在を投げ捨てる所作はさすがですね」
遠回しに責められながら、王城から城下町への道を歩いていく。
ちなみに【レギュレーション18型スライム】については、城門を出たところで作動コードを解除しておいた。
あのままにしておくと、死人が出そうだったからね。
しばし歩くと通りには人が溢れはじめ、大通りにつく頃にはまっすぐ歩くのも難しい有様になっってしまった。
都会というのは、本当に面倒くさい。
おかげで、ホテルについたころにはちょっとばかりくたびれてしまっていた。
「おかえりなさい、ケン。大丈夫だった?」
「もちろん、何の問題もないさ」
「お城、どんな風だったの?」
フィオの純真な質問にやや詰まる。
「緊張してよく覚えてない。王様がすごく王様っぽかったってくらいかな」
「なにそれ、おかしいの」
くすくすと笑うフィオを傍目に、心の中で「余計なことを言ってくれるなよ、ゾーシモス」と願う。
「そんなことより、ショッピングに出かけよう。少し待たせちゃったからね」
「少し休んだら? ケンったらちょっと疲れた顔してるよ?」
「なに、フィオと一緒にいれば疲れも吹き飛ぶ。大丈夫さ」
本当は朝のうちに帰ってくるはずだったのに、もう昼過ぎ。
きっと昼食も食べていないであろうフィオを、これ以上待たせるのは忍びない。
……?
何を固まってるんだ、フィオ?
「マスターのそういうところ、本当に軽快小説の主人公のようで癪に障りますね」
「唐突にディスるのは止してもらおうか」
ともあれ、復活したフィオと一緒にホテルを出る。
ホテルのレストランで昼食をとってもよかったのだが、せっかくの王都……フィオにはたくさんの思い出を作ってほしい。
「ここかな、それともここがいいかな? どう思う?」
「フィオはどこがいい? もう用事は終わったし、別に何日滞在したっていいんだから、焦らなくたっていいよ?」
王都のパンフレットとしばらくにらめっこしていたフィオが、数分経ってからくるりと向きを変える。
「こっちに決定。魚介と野菜のレストラン『ビストロ・アケティ』にする!」
「了解。それじゃあ、いこう」
はぐれないよう、二人で手を繋いで大通りを歩く。
まだ少し緊張してむず痒いけど……柔らかなフィオの手が優しくて、僕はこうするのが大好きだ。
「ふふふ」
「どうした?」
「ううん、なんだか不思議だなって。だって、初めて会った時……あたし、あなたを怒鳴りつけたのよ」
「ああ、なかなかの迫力だった」
思わず二人で笑い合う。
そんなあの日だってそう昔というわけではないのに、まるでずっと一緒にいたかのような安心感と愛おしさがある。
「お二人の世界に浸っているところ恐縮ですが、そろそろ到着の様ですよ」
ゾーシモスの囁きに視線を巡らせると、なかなか衝撃的な店構えをしたレストランが見えてきた。
ブロッコリーにかぶりつくエビの大きな看板の意味は分からないが、インパクトはある。
「都会はすごいね……」
「ああ、都会ならではの斬新さといえるかも」
フィオと二人、顔を見合わせて軽く噴き出す。
「さて、味の方はどうかな?」
「食べてみればわかるわ! いきましょ!」
フィオに手を引かれるままに僕はレストランへと向かうのであった。
◆
半日の王都観光を終えた夜。
僕は、部屋に備え付けられた机でメモを書き留めていく。
「紙に記録とは古風なことですね。優秀な人工妖精の事をお忘れですか?」
「設計は紙に書く方が捗るんだよ」
小さく浮かび上がる青い立方体に苦笑してみせてから、僕はペンを置く。
「人工妖精の設計書? まさか、マスター……わたくしを見放すのですか? わたくしがいないとデートコースすらままならないあなたが?」
「お前、わかってて言ってるだろ? これはフィオ用の人工妖精『エレナ』の設計図だよ」
「なるほど、わたくしの妹ですね」
「そうなるな。うれしいか?」
僕の質問に答えず、ゾーシモスは複雑に回転している。
感情らしきものの明確な理解にはまだ至らないのかもしれない。
「大変難しい質問です。この不安と高揚感が混ざったものを何と表現するべきでしょう?」
「たぶん『期待』……かな」
「なるほど。では、端的にうれしいのでしょうね。わたくしは」
ご機嫌な様子でくるくると回るゾーシモス。
普通、支援型人工妖精というものは生活ツールに過ぎない。
だが、僕の設計したゾーシモスは少しばかり意味合いが違う。
『魔法道具』に高度な『知能』を搭載した、いわば人工生命に近い存在だ。
それ故に、人工妖精らしからぬ言葉遣いや表現も行い、感情も存在する。
あえて口にしないが、ゾーシモスは僕の子供で友人なのだ。
「しかし、この設計ですと高度な錬金機材が必要ですよ?」
「それを洗い出すためにも設計をしてるのさ。賢人塔がいくつか現存してるんだ、当時の錬金機材がどこかから出てきてもおかしくはないだろ」
「確かに。では、今後は錬金機材の走査も念入りに行うようにしますね」
「ああ、頼む」
机に再び向かおうとすると、背後から柔らかな衝撃。
後頭部が幸せに包まれる。
「なにしてるの? ケン」
「ヒミツ。サプライズは黙っていないとね」
「それじゃサプライズにならないよ」
僕を後ろから抱きしめたまま、フィオが弾んだ声を上げる。
「期待をあおるのもサプライズの一環さ」
「なにそれ。でも、たのしみにしてる。ケンもシャワー浴びてくる?」
「そうさせてもらうよ。ベッドで待ってて」
「……うん」
フィオの頬に軽くキスをして、バスルームに向かう。
その様子を見たゾーシモスが「ヘタレ錬金術師をどこに置き去りにしてきたんです?」と余計なことを言った。
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【用語解説】
・ビストロ・アケティ……野菜と魚介のレストラン。王国グルメランキング3位。ヘルシーなメニューがご婦人がたにウケて繁盛している。実は、裏メニューでは肉を出してくれる。
・ブロッコリーにかぶりつくエビの大きな看板……かに道楽の蟹よりも大きい。なお、ロブスターはブロッコリーを食べない。
・『魔法道具』に高度な『知能』……頭文字をとって“AI”と呼称されている技術。なお、現実世界における「artificial intelligence」と全く同じ意味合いである。
・ヘタレ錬金術師……ヴァイケンのこと。あの日の夜に置き去りにしてきた。
いかがでしたでしょうか('ω')
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