20.いけないスライム
「投獄されてしまいましたね。実に鮮やかなタイムアタック走破、お疲れ様でした」
「別に生き急いでいるわけじゃないんだけどね」
あれから僕は、あっという間にとらえられて地下牢に投獄されてしまった。
僕としては、一般的な男性の悩みを解決します的なつかみのつもりだったのだが、王様の琴線に酷く触れてしまったようだ。
もしかしたら、あの立派な白髪はカツラだったのかもしれない。
「これ、出してくれるの待ってた方がいいと思う?」
「出してくれるでしょうか? 三日くらいで処刑されるんじゃないですか?」
「そりゃ困るな。フィオも待ってるし、帰ろうか。居心地も悪いし」
薄暗いし、じめじめしてるし、トイレもないし。
この感じからすると、長く閉じ込めておくタイプの牢獄ではなさそうだ。
「脱出手段はどうしますか?」
「〝跳躍転移〟でいいんじゃないかな。もう、賢人塔は登録してあるだろ?」
「もちろんです、マスター。ただ、脱獄したということで騒ぎになるかもしれませんが」
うーむ。
それはそれで面倒そうだ。
「前向きに対処しよう。そうしよう」
「どうされるつもりですか?」
「王様に軽く【毛髪再生薬】でも渡して、軽く謝ればいいだろ?」
そう言って、位相空間収納から錬金壺を取り出して、材料を吟味する。
「髪というより、全身ちょっとくたびれた感じだったよな」
「このように原始的な時代です。きっと人工妖精もついてませんし、仕事のストレスもあるのでは?」
モーディス王朝時代、王や側近たちのほとんどは人工妖精を所持していた。
というか、一般人もほとんど持っていた。
事務仕事などは人工妖精が賢人塔のアーカイブなどから最適解を提示したり、処理そのものを仮想空間上で自動に行っていたので、仕事はずっと楽だった。
「いっそ人工妖精も作っちゃうか?」
「さすがにサービス過剰ではないでしょうか。栄養剤でいいと思いますよ」
「じゃあ、そうしよう」
素材を錬金壺に投げ込んで、攪拌する。
概念を抽出し、方向性を指示し、求める結果を創造していく。
「──完成っと」
ものの十数分で、王様用の魔法薬が完成した。
「いい品質ですね。さすがはマスター。錬金術だけは完璧ですね」
「お前の一言多いの、なんとかならないか?」
そうこうしていると、話し声に反応したのか城の衛兵が一人、牢に近寄ってきた。
これはいいタイミングだ、黙って離れるのはよくないからな。
「静かにしろ! 誰と話している!」
「生意気な創造物と言い争いをしています。これから王様に謝罪の意を込めた贈り物を届けに行くので、少し離れます」
「……は?」
衛兵がぽかんと口を開ける中、僕は牢の扉を開けて外に出る。
固まっていた衛兵が我を取り戻し、槍を構えてつき出した。
「どうやって扉を開けた! 対魔術師仕様の特別な牢だぞ!?」
「ええと、最初から開いてました」
嘘である。
流体金属を流し込んで、カギそのものを機能不全にしておいたのだ。
対魔術師仕様はともかく、錠前そのものは原始的なものだったので、開錠に何の問題もなかった。
「それじゃ、失礼しますね」
「行かせるか!」
なかなか仕事熱心だと感心するが、彼には危機感が足りない。
錬金術師相手に、その程度の武装と技術で立ち向かおうというのは無謀というものだ。
「衛兵さん。僕は失言をしたかもしれませんが、投獄されるほどの悪人ではありません」
「知ったことか! お前をここで止めるのが俺の仕事だ!」
「結構。では、強行突破と参りましょう」
槍を掴んで衛兵ごと投げ飛ばす。
床に倒れた衛兵に向かって、僕は小瓶を一つ放り投げた。
「〝起動〟」
キーワードと共に瓶から粘着質な液体が飛び出して、衛兵にまとわりつく。
「な、なにをする、貴様!」
「死にやしませんから安心してください。服と鎧は全部溶けますけど」
「は?」
この【レギュレーション18型スライム】は、五百年前に猛威を振るったジョークグッズ系魔法道具の一つである。
投げつけて起動すると、内部の粘性生物が飛び出して対象者の衣服のみを溶かして増殖、加えて特定の刺激を与え続けて無力化するというものだ。
当時はこれによるイタズラが横行して、すぐに解除コードが出回り、人工妖精が自動でこれを解除していたが……現代ではそうもいくまい。
「お、おい! 何だこれは! ──ぉんッ!」
鎧を溶かされた衛兵が、弓反りになって悶える。
男が悶える様など見ていても楽しいものではないので、僕はそそくさと地下牢を後にして上に続く階段を目指した。
「あのような魔法道具を持っているなんて、マスターはやはり変態ですね」
「人聞きの悪いことを言うな。工業地帯のゴミ処理問題をクリーンに解決できないかと思って、大量に購入したのが位相空間収納に入ってたんだ」
広い場内を王の間目指してうろうろしていると、やはり衛兵に見つかってしまった。
ううむ、姿を隠す系の魔法道具は、今手持ちがないんだよな。
しかたない……いけ!
【レギュレーション18型スライム】!
──結果、エウレア城内は前代未聞の世にも奇妙な状況になってしまった。
廊下で、部屋で、衛兵たちは乱れに乱れ、それを助けようとした別の者も【レギュレーション18型スライム】の餌食になってしまった。
ぬるぬると折り重なる衛兵(男性)なんて見ていても何も楽しくないというのに。
「ううむ。これは逆に騒ぎになっているのでは?」
「ええ、マスターに人の心がないということを痛感しています」
そんなことを言われつつ、三階。
ようやく王の間のそばまでたどり着いたところで、やっぱり僕は見つかった。
白銀の鎧に身を包む、金髪の女騎士。
おそらく、姫近衛だろう。
「見つけたぞ! ヴァイケン・オルド! 貴様には即時処刑許可が出ている!」
「いまのところ、誰も傷つけてないんですけど……」
「黙れ! 神聖な城内でこのように破廉恥な……破廉恥な騒ぎを!」
女騎士が顔を赤くしたまま俺を睨む。
そんな彼女に、僕は【レギュレーション18型スライム】を放り投げた。
男女で制圧方針を変えるのは、よくない。そうだろ?
「やはりマスターには人の心がありませんね」
「ちょっとだけ眺めてていい?」
「フィオに言いつけますよ?」
「先を急ごう!」
後ろ髪引かれる思いを抱きつつ、僕は悶え崩れ落ちる女騎士の隣を駆けぬけた。
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【用語解説】
・【毛髪再生薬】……夢のおくすり。実は部分的な若返り薬であり、概念転換を行えば基礎化粧品などにも流用できる。
・対魔術師仕様の特別な牢……魔術の発動を阻害する素材で作られている。本質的には錬金術師のヴァイケンも同じはずだが、強度が低く、本当に魔術師に効果があるのかが疑問が残る。
・【レギュレーション18型スライム】……通称R18スライム。えっちな錬金術師がえっちな悪戯の為に創り出した、えっちな魔法道具。
・解除コード……人工妖精が発信する魔法的な波紋にのせることで、魔法道具の使用自体を抑制する。五百年まえ、多くの都市部では攻撃的、あるいは姿を隠すタイプの魔法道具がこれにより無効化されていた。
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