2.古都サルヴァンにて
「これは驚いたな」
いくつかの意味で。
まず、『サルヴァン新興都市群』の賢人塔は町の中央部にあり、僕達が跳躍から着地したのはその賢人塔の屋根の上である。
座標こそ正確であったが、高低が完全にくるっていた。
しかし、これ幸いと町を見回した僕は思わず眉を顰めてしまう。
あの頃と街並みこそ変わったが、五百年前からまるで発展していなかったからだ。
未来を醸造する錬金術師としては、もっと発展しているものだと思っていたのに。
「ゾーシモス。周辺確認は?」
「いま立っている賢人塔のアーカイブから、いくつかの情報を獲得しました。現在この場所は『古都サルヴァン』と呼ばれており、エウレア王国という中規模国の一都市とのことです」
ゾーシモス曰く。
エウレア王国は建国から約百五十年の歴史を持つ国で、一般的な王制を敷く国であるらしい。
首都に在る王が大まかな采配を揮い、拝領した貴族たちが各地を治める一般的なもの。
これも、五百年前からまるで変っていない。いや、むしろ退化したと言えるかもしれない。
あの頃は、賢人たちや、錬金術師の一部にも統治に関する発言権があり、年に数回は会議があった。
「さて、どういうことだ……?」
「マスター、気になる情報──いえ、情報がないことが気になる問題が」
「どうした?」
「錬金術師に関する情報がほとんど存在しません」
ゾーシモスの言葉に、首をひねる。
錬金術師の情報がない?
それはおかしい。錬金術は様々な問題を効率よく解決するための技術であり、それを専門に扱う錬金術師は、尊敬を集める存在だった。
逆に言えば、錬金術師にしか解決できない問題もいくつかあり、それが国や人間にとって致命的な影響を含む場合もあった。
錬金術師なしで、どうやってそれらを乗り越えてきたのだろうか?
「アーカイブからの情報だけじゃ限界があるよな?」
「というよりも、随分とマヌケな賢人が管理しているのか、まるで情報量が足りません。わたくしは不満です」
【支援型人工妖精】は僕が錬金術を十全に揮うための知識や情報を蓄積する事典的な役割も持つ。
そのため、新たな情報の蓄積にうるさいのだ。
「現地で収集するしかないな。さて、どうやって降りるか」
「随分と縮みましたからね。お気を付けくださいませ」
まるで他人事だな、ゾーシモスよ。
まぁ、魔法的仮想空間に存在する人工妖精からすればまさに他人事なのだろうけど。
僕がうっかりと死にでもしたら、お前も事実上の機能停止になるんだぞ。
「よっと」
傾斜のある屋根を順番に飛び移り、賢人塔を下へ下へ注意深く降りていく。
あまり人目につくのもどうかと思ったので途中で別の屋根に移り、少しずつ安全なルートを選択して……ようやく僕は、石畳の上へと降りたった。
時々、危うい場面もあったが十代前半の肉体はさすがに俊敏だ。
以前の僕がこんなことをしたら、何処かで蹴躓いて落下していたかもしれない。
「ここから先は、音声のみで参ります」
「了解。とりあえず、飯屋にでも行くか」
「ご注意ください。中央貨幣は使えなくなっています」
音声だけのゾーシモスにそう告げられ、迂闊さに足を止める。
確かに、五百年もたてば貨幣の価値は変動するだろう。
特に、錬金術師が台頭していた五百年前は金の価値はどんどん低下していた。
いっぱしの錬金術師であれば、レンガを金に換えることだって可能だったし。
大通りをぶらつきながら、露店や商店を軽く覗く。
使用されている貨幣は僕の時代のものとは違うが、コイン状の貨幣でやり取りしているようだ。
現貨幣を得るために古物商でも探すか、と考え始めた時……ふと露店の一つが目に入った。
その露天には、色とりどりの試験管が並べられており値札が付いている。
僕が近寄ると、店主らしき若い男性が「いらっしゃい」と静かに笑った。
「これは、魔法薬ですか?」
「そうだよ。見るのは初めてかい?」
なるほど。
今の僕は年若い少年に見える。
珍しいものを目にして物見遊山に近づいてきたのだと思っているのだろう。
「あなたが作ったんです?」
「そうとも。こう見えて私は錬金術師でね。この街は冒険者も多いから、【解毒の妙薬】や【癒しの魔法薬】が時々売れるんだ」
『冒険者』というのは、耳慣れない言葉だ。
意味的には、冒険──危険を冒す者達のことであろうが、この時代では一般的な名詞であるらしい。
「この【癒しの魔法薬】はいくらですか?」
「それは銀貨二枚。その隣は三枚だね。人気商品だよ」
支援妖精によると、僕が示した魔法薬の品質は著しく悪い。
使用しても気休め程度にしかならないだろう。
もし、僕の研究室でこんなものを錬成すれば即刻説教部屋行き&錬成百回だ。
しかし、この時代のこの場所においてはこれが商品として売れるらしい。
「相談なんですけど、魔法薬を買い取ってもらう事ってできます?」
「ごめんな、買取はやってないんだ」
「そうですか……」
ここで現金を得られればと思ったのだが、そううまくはいかなかったようだ。
この露店自体、儲かっているようには見えないので、仕方あるまい。
「もし、食うに困ってるならこの通りをまっすぐ行った突き当りに冒険者ギルドがある。そこで仕事を斡旋してもらうといい」
「冒険者……? ギルド……?」
思わず首をかしげる。僕の時代では耳慣れない言葉だ。
言葉をそのまま解するなら、何かしらの危険を冒す者を指すもので、同業者組合というのだから、それらを統括する組織の類なのだろう。
「冒険者を知らないのか? どこの田舎から出てきたんだ」
「ああ、いえ。故郷と呼び名が少し違ったので。ありがとうございます」
「おう、冒険者になったら御贔屓にな」
軽く手を上げる店主に軽く会釈して、僕は言われた通りの方向に向かって大通りを歩く。
店主は食うに困っているなら、といった。
となれば、少なくともその『冒険者ギルド』とやらに向かえば、現状の打開にはつながるだろう。
つまり、僕は腹が減ったのだ。
十代の体ってのは恐ろしい。すごい勢いで腹が減る。
「ゾーシモス、冒険者と冒険者ギルドについては?」
「アーカイブによると、我々の時代における錬金術師が一番近いみたいですよ。様々な問題解決を行う専門職の様です」
「なるほど錬金術師か」
軽く自嘲しながらも、少し足取りは軽くなる。
錬金術師というのは研究室に籠って鍋をかき回すだけが仕事ではない。
時に現地の問題解決や、錬金素材獲得のためにフィールドワークに出向く職業だ。
おかげで五百年前は一部からは『なんでも屋』などと言われていた。
僕たち錬金術師は「その通り。自分たちは何でもできるのだ」なんて笑い飛ばしていたが。
時代が変わっても、やることは変わらない。
ならば、きっと件の『冒険者』とやらは僕の未来の同輩ではないのか。
そんなことを考えつつ、僕はようやく見えてきた『サルヴァン冒険者ギルド本部』へ向かって、足を進めた。
いかがでしたでしょうか('ω')
なろう直打ちのパンツァー執筆の為、更新は少しずつになると思いますがよろしくです。
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【用語解説】
・魔法的仮想空間……エーテル空間に作られた仮の現実。錬金術師はこれを概念的に歪めて、素材倉庫に使ったりすることもある。