19.失言錬金術師
諸事情から温泉街プリングスで二泊した僕たちは、再び車上の人となって一路『王都エウレア』を目指す。
「そういえば、王都ってどんなところなんだろう?」
「情報によると、華やかな場所みたいですよ。人口もかなり多いとか」
「お前にしてはふわっとした情報だな?」
「サルヴァンはどちらかというと田舎ですから。マスターが住むにはいい場所だと思います」
どういう意味だろうか?
まぁ、根が田舎者なのは自覚するところではあるが。
「楽しみだね、王都。きっと町中キラキラしてるんだろうなぁ」
「キラキラ……? 町中黄金でできてるとか……?」
なお、錬金術文化が最盛期を迎えた五百年前。
モーディス王朝の首都は、金や銀は惜しみなく町中に使われて、文字通りきらめいていた。
故に『輝かしきモーディス』なんて呼ばれ方もしていたが、僕はあまり好きではなかったように思う。
錬金術の力を示すにはわかりやすいが、余りにも自然の姿がなかった。
生命の自然な美しさを排除した、人工の極み……それがどうにも歪んだものに見えて、結局死ぬまで好きになれなかったのだ。
「お買い物に行こうね、ケン」
「ああ。軍資金はたんまりある。必要なものも、必要でないものも買おう」
「うん。楽しみね!」
旅行前、「なぜ急に旅行なのか」という当然の疑問に対して、僕は思い付きをしどろもどろになんとか言語化した。
それが「王都からのキャラバンで買い物に行けなかったから、一緒に王都までショッピングに行こう」だったのである。
軍資金は充分にある。
いざとなれば、王都に別荘を買える程度には。
きっと、フィオが欲しいものはそれこそ全部買ってしまえるだろう。
「ええと、服でしょ? 帽子でしょ? アクセサリもどんなのがあるか見てみたいし、ケーキも食べてみたい!」
「盛りだくさんで結構だね。僕はついたら王様のところに行かないとだけど、先に見て回ってる?」
「ううん。それじゃあ、意味がないわ。ケンと一緒じゃなきゃ、埋め合わせにならないじゃない」
確かに。これは失言だった。
「じゃ、僕が帰ってくるまで待っててもらいましょうかね」
「でも、大丈夫なの? 国王陛下はどうしてケンを呼んだのかしら?」
「さあ……? 書状には内容まで書いてないんだよね」
内容は『召喚に応じ、王都までくること』、『王の前で質問に答える事』としか書いてなかった。
あまりにも端的が過ぎていて、何を話さねばならないのかすらわからない。
さらにいうと、僕的にはその国王陛下とやらにあまり興味がない。
五百年前、黄金王サリアリに招聘された時は誇らしく思ったが、いざ会ってみると政治と金、そして錬金術の攻撃的利用しか口にしないつまらない人物だった。
周りにいる、大臣や要職の者達も同じだ。
彼らは、錬金術を手段そのものとしか見ておらず、まともな目的を持っていなかった。
そんな僕なので、錬金術にまるで理解がないこの時代の王に、多くを期待していない。
おそらくあれが、上に立つものの基本スタンスなのだろう。
「ま、さくっと切り上げて王都観光を楽しもう」
「王様の謁見ってそんな感じなの……?」
「なに、政治家は暇じゃないんだ。胡乱な錬金術師の相手を長々としていられないさ、きっと」
……そう高をくくっていたのだが、何事にも例外はあった。
◆
王都について早々に到着を報せた僕は、その翌日に国王と謁見することが決まった。
なかなかのスピード感ある決定である。
それに些か驚きつつも、僕とフィオは王都で一番の宿をとって、同じベッドでぐっすりと眠り……翌日、フィオを宿に残して言われた時間通りに登城した。
実にオーソドックスな石造りの城はなかなか歴史を感じさせたが、僕は心の中で「でも、僕の方が年寄りなんだよなぁ」なんて考えてしまう。
城の経年劣化から察するに、作られてからおよそ二百年といったところだろう。
「では、お入りください」
案内してくれた衛兵が大きな鉄扉の前で立ち止まり、そう促す。
思わず「え、あければいいの?」と思っていたら、鉄扉はゆっくりと独りでに開いた。
ふむ。これはおそらく魔法道具だな。
おそらく、キーワードか、トリガー行動で作動するタイプだろう。
なかなか面白い仕掛けである。
王城に魔法道具があることに気をよくしつつ、僕は赤絨毯の上を歩く。
その先、一段高くなった場所にはまさに『王様』という姿の中年男性がいかめしく座り、僕を見ていた。
「どうも、呼ばれて参上仕りました、『錬金術師』ヴァイケン・オルドです」
適当な位置まで歩いて、軽く頭を下げる。
それに、周囲の人間が小さくざわついた。
「許しもなく口を開くとは、随分な不遜だな錬金術師」
「あ、そういう感じでしたか。最初からやり直しても?」
ざわめきが大きくなり、王の右隣に控える男性の顔が怒りで赤くなる。
服装からして高位貴族、立ち位置的には宰相かなにかだろう。
しかし、そうカリカリするものでもない。わざとやってるわけじゃないんだからさ。
「それで、そち。伝説の魔物を軽々と屠ったというのは、本当か」
「まさか。それは間違いというものです」
あれは伝説の魔物などではなく、季節柄出現する普通の魔物だからな。
あと、禁忌条項付きの魔法道具を使ったのだから、軽々とは言えまい。
「ただの噂だと?」
「あいにく、田舎者でして、都会の噂については存じ上げませんね」
「貴様……不敬ではないか! 膝もつかずそのように薄笑いを浮かべて答えるなど!」
苦笑する僕にそう声を荒げたのは、鎧姿の男性だ。
王の左隣という立ち位置からして、おそらく近衛騎士か何かだろう。
「いきなり片田舎から礼儀作法を知らぬ一般人を一方的に呼び出しておいて、そんな難癖をつけられても困りますよ……これでいいですか?」
ゆっくりとした所作で膝を揃えて折り、背筋を伸ばして座る。
「これでいいですか? ええと、それで……どういったご用件でしょうか? 何かご依頼の際は冒険者ギルドを通していただければ支払いも含めてスムーズですよ」
「……」
「……」
「……」
僕の言葉に、沈黙する王とその側近。
待っていると、口を開いたのは王であった。
「そちが、違法な魔法薬を生産、販売していると耳にした。なんでも、秘薬を作れるとか」
「ええ、まあ。何かご所望ですか? 例えば、頭髪の悩みを解決する秘薬もお作りできますよ」
次の瞬間、顔を赤くした王の目が釣り上がった。
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【用語解説】
・軍資金……魔法道具や魔法薬が飛ぶように売れるので、少し驚いている。また、位相空間収納には五百年前に投げ込んだ金塊も残されており、じつはお金はたくさんある。
・膝を揃えて折り、背筋を伸ばして座る……つまり正座である。なお、これを五百年前に広めたのは外世界との交信を趣味にしていたパウエル御大で、『ワヴィサヴィ』『セップクゥ』『グェイシャ』なる独自概念における正しい座り方、であるらしい。しらんけど。
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