18.独白な告白
「ケン、次の町は温泉があるんですって!」
「へぇ、錬金素材に少し汲んでいこうかな」
揺れる馬車の中、はしゃいだ声をあげるフィオに、僕は小さくうなずく。
旅の道中、終始彼女はご機嫌なようで、僕はその笑顔に癒されていた。
さかのぼること一週間前。
そう、僕が玄関先で先走ったあの日。
フィオは突然の申し出に驚きながらも、すぐに「うん、いきたい!」と答えてくれた。
さすがにエドガーさんは苦笑したが、彼もこれに了承。
それから、僕たちは三人で王都までの旅程を組んだ。
現在は旅程としては半分ほどの地点。
特段に遠回りをしているという訳ではないが、フィオの行ってみたいところを中心に、かつて賢人塔が存在した場所をチョイスしてある。
「情報によると、美人の湯ですって。これであたしの看板娘力もあがるわ! しっかり堪能しないとね」
「僕はもう充分にかわいいと思うんだけどなぁ」
やはり女性が美しさを求めるのは本能的なものなんだろうか。
五百年前も、美容液系魔法薬を求める声は多かったし。
「ん?」
はしゃいでいたフィオが黙ってしまった。
馬車酔いだろうか?
僕の作った魔法薬【スーパー酔い止め君レインボー】は一日効果が続くはずなのだけど。
「軽快小説の鈍感系主人公も裸足で逃げ出す迂闊さですね」
「……また僕の知らない単語を覚えてきたな」
「若年者を読者層に想定して執筆された冒険活劇あるいは青春恋愛模様を描く小説らしいですよ。その主人公の多くは病的に鈍感かありえない勘違いをするものだとか。今のマスターのように」
僕は鈍感でもなければ勘違いもしない。
まったくもって僕の人工妖精は、主人に失礼極まりない。
「フィオ? 大丈夫か?」
「だ、だ、だいじょうぶ。もう! ……びっくりしたよ、急に褒めたりするから心臓が止まるかと思っちゃった」
「止まっても三十分以内なら大丈夫だよ。健康に良くないからおすすめはしないけど」
血流が停まると臓器不全を起こしがちだからな。
胃腸の働きが悪くなると、せっかくの郷土料理が味わえなくなる。
「すみません、フィオ。マスターの愚かな鈍さを許してください」
「あはは、いいのいいの。このほうが、なんだかケンって感じするもの」
ゾーシモスの謝罪にフィオが笑って応える様子を見て、なんだか少し心が温かくなる。
言語化するのは難しいが、とても心地いい気持ちだ。
「いいですか、マスター。油断している女性を突然ストレートに褒めてはいけません」
「事実を口にしただけだろ? フィオはとても可愛いし、看板娘として十全に機能しているじゃないか」
「……例えば、どこが可愛いんですか? エビデンスを明示してくださいマスター」
そう言われて、ふと思考が詰まる。
まいったな、どう答えるべきだ?
女性の美しさの基準について、僕は明確な根拠や判断基準を持っているわけではない。
表情豊かな顔だとか、桜色の唇だとか、優し気な青い目だとか、艶やかな栗色の髪だとか……言おうと思えばいろいろあるが、どれも僕が好みかどうかというレベルであり、それにしても『フィオ』だからというバイアスが大きくかかってる。
僕が彼女に惹かれているという事実が先にあるので、客観的な判断なんてできやしない。
フィオが可愛いと思うから可愛いのだ。
それ以外にどう説明しろというのか。
「あの、ね、うん……もう、いい、から。これ以上は、ね」
「ん?」
「声に出しての詳しい説明をありがとうございます、マスター。実にアオハルで結構ですね」
フィオが真っ赤になった顔を、両手で覆う。
その様子を見て、僕は自分の失態を理解した。
僕って奴は、思考が加速しすぎると、口から漏れている時が時々あるのだ。
フィオが悶える姿と、ご機嫌にくるくる回るゾーシモスを見て、顔が徐々に熱を持っていく。
脳がゆで上がって、思考が攪拌されゆくのを自覚しながらも、僕は事態の収拾にあたるべくしどろもどろに言い訳を練り始めた。
「あ、いや。違うんだ。ええとだな」
「違うの?」
僕の言葉を聞いたフィオが、ちらりと指の隙間から僕を見る。
その可愛さたるや、破壊力が高すぎた。
なるほど、これは心臓が止まるかもしれない。
「……違わない」
こんなに強い感情を宿したのは、生まれて初めてだと思う。
もちろん、五百年前も含めて。
ああ、これが人を好きになるという事か。
「ヴァイケンの気持ちが聞けて、うれしいかも」
「少し正直になりすぎた。半分くらいは忘れてくれ」
「やだ」
照れたように笑うフィオ。
「仲睦まじいところ失礼します。町が見えてきたようですよ」
「……!」
「……!」
思わずお互いに目をそらす。
ああ、昔は「人の目があるところで恥ずかしくないのか」などと思っていたものだが、ようやく原因がわかった。
錬金術における概念置換が如く、世界が置き換わるのだ。
まるで、相手と自分しかいないかのような錯覚と視野狭窄を引き起こしてしまう。
「では、わたくしはスリープに入ります。御用の際はキーワードで起動を」
「ん? そうなのか?」
僕の言葉にくるくるとゾーシモスが回転する。
これは……どこかご機嫌な様子ではあるが、どうもバカにされている気もする動きだ。
「ゾーシモス、一緒に観光しないの?」
「ええ。せっかくですから二人っきりでどうぞ」
「珍しいな? 何か不具合か?」
「まさか。わたくしはいつだってパーフェクトです。ですが──」
くるりと俺達の周りをまわって、縦回転するゾーシモス。
「今夜は席を外した方がいいでしょう? まさか、記録と実況をご所望ですか?」
「?」
「ちょ、ゾーシモスったら!」
ゾーシモスが何を言いたいかさっぱりわからないが、フィオは理解できているようだ。
なぜ主人である僕にわからなくて、フィオにわかるのか。
『支援型人工妖精』としては、少しばかり不親切なのでは?
「それでは、ごきげんよう。フィオ、マスターをよろしくお願いします」
それだけ一方的に告げて、ふわりとゾーシモスは姿を消した。
つまり、僕の頭には疑問符だけが残ることになった。
お読みいただきありがとうございます('ω')!
皆様のおかげで日間ファンタジーランキング第3位!
驚きと感動ですね……!
【用語解説】
・【スーパー酔い止め君レインボー】……平衡感覚の維持によって馬車酔い船酔いを防止する魔法薬。実は、体幹も安定させる効果があり、戦闘にも転用できる。レインボーの意味について考えてはいけない。
・独白癖……ヴァイケンの癖。過去、この癖により多くの失言を放った彼ではあるが、今回は結果オーライ。良くも悪くもこの錬金術師は素直なのだ。
・恋の視野狭窄……実際にこれを概念定型して魔法道具を作った錬金術師がいる。惚れ薬と単に言われたそれは猛威を振るい、多くの精神汚染事故を誘発したため、禁忌条項指定および、作成禁止の令が下りた。
・記録と実況……もちろん、再生可能である。当時、うっかり人工妖精にこれを提供してしまった錬金術師は、賢人塔にデータを送られて誰でも閲覧可能なアーカイブとして登録されてしまった。錬金術師たちはこれをアーカイブ・ヴィクティム──AVと呼んで閲覧し、己が戒めとしたとかしないとか。
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