17.噂の錬金術師
「……召喚状?」
「はい。ヴァイケンさん宛に、国王陛下並びに王立学術院から召喚状が届いております」
今日も今日とて、素材採取も兼ねた薬草採取依頼を受けに冒険者ギルドへ向かった僕に、受付のシャーリー嬢が上質な紙でできた書状を一つ、差し出した。
聞くにこれは、エウレア王国の中央から届いたもので、何やら僕を呼び出すためのものらしい。
「うーん……特に王様に興味はないので、断っておいてもらっていいですか」
「断るとか断らないじゃなくて、呼び出されてるんですよ!」
「そんな横暴な。僕は日々薬草採取と魔法薬販売で細々と生活する第八級の零細冒険者ですよ? いやぁ、王様に謁見なんでとてもとても……ハハハ」
面倒そうな空気を感じてくるりと背を向ける僕の背中を、カウンターから身を乗り出したシャーリー嬢が掴む。
「逃がしませんよ。ちゃんと受け取ってください」
「受け取ったら行かなきゃならなくなる空気の奴でしょ、これ……」
「もう届いた時点で行かなきゃいけないんですって」
そう言いながら、シャーリー嬢は僕のシャツに書状をぐいぐいとねじ込む。
これは受け取ったと言えるのだろうか。
「あ、旅費がないことにしましょう」
「その書状があれば、王国内は全国津々浦々馬車乗り放題、宿泊まり放題ですよ。あんまりごねると、馬車も宿も鉄製の丈夫な箱になりますけど?」
「それ、罪人移送車じゃないですかね……」
ため息をつきつつ、どうしたものかと眉を顰める。
例の依頼から戻って二週間、ちょっとした騒ぎになった。
建国以来一度も現れたことがない伝説上の魔物が出現し、それを居合わせたパーティが討伐したというのだから、客観的に考えて騒ぎになるのもまあ仕方あるまい。
ベオのパーティ『ブラックドッグ』はその功績でもって冒険者階級を一つ上げ、メンバーは第四級冒険者となった。
仮加入で参加していた僕も、ついでに第八級にアップ。
……そこまではよかった。
ただ、僕が倒したと口を滑らした人がいる。
もちろん、『ブラックドッグ』のメンバーではない。
そう、依頼人であるジザル教授だ。
あれだけの危機にさらされながらも『納骨塔』の調査を終えた教授は、帰るころにはにこやかに僕と握手するくらいに対応が変わっていて、そこかしこで「ヴァイケンという錬金術師はすごい」「ダナティアン・デスワームは彼が倒した」などと吹聴して回ったらしい。
正しい情報だが、拡散するには配慮が足りない。
当初、教授が言っていたように、現在の錬金術師というのは魔術の下位互換たる魔法道具を作成する胡乱な存在なはずなのだ。
仮にも権威ある王立学術院の教授ともあろう人が、突然心変わりしてそんなことを吹聴して回ると、口さがない噂だって立とうというものだ。
そして、結果としてコレ……召喚状である。
おそらく、王都に帰ったジザル教授が冒険譚よろしく僕のことを吹聴して回ったに違いない。
「とにかく、行ってください。ギルドからは受け取ったって連絡を入れておきますから」
「はー……。あ」
ため息をつきながら書状を見つめていると、ふと思いついた。
それで、シャーリー嬢に尋ねてみる。
「シャーリーさん。この書状の効果って付添人にも適用されるんですか?」
「もちろん。普通は貴族や学者に発行されるもので、護衛や使用人にも旅費無料が適用されますよ」
「なるほど……」
それはいいことを聞いた。
「でも、『ブラックドッグ』の皆さんを護衛に雇うのは、いま難しいと思いますよ」
「でしょうね」
伝説の魔物を倒した噂のパーティには、指名依頼がどしどし寄せられている。
商売繁盛で結構なことだが、怪我をしたり死んだりしないように気をつけてほしいものだ。
「よかったら、こちらで護衛の冒険者を手配しましょうか? 王都行きで道中無料ならたくさんの応募があると思いますよ」
「ああ、いえ結構です。自衛手段は豊富ですから」
少なくともダナティアン・デスワーム程度なら対処できるくらいに。
「わかりました。必要になったらお知らせください」
「はい。お気遣い有難く」
そう頭を下げて、カウンターを離れる。
酒場エリアを横切る僕を見る目は、様々だ。
妙なことになっているし、もしかするとほとぼりを冷ます為にしばしここを離れるのもいいかもしれない。
こういう雰囲気の時は、総じてトラブルに巻き込まれやすいものだし。
それに、だ。
この書状があれば、王都までご機嫌に行楽できるらしい。
「うーむ」
『踊るアヒル亭』への帰路を行きながら、僕は考える。
「何を唸っているんですか? マスター」
「アーカイブを検索してくれ、ゾーシモス」
「主語も指示語もありませんので、『マーボードーフ』のレシピを提示しますね」
なんでお前は、指示を聞く前に謎の料理のレシピを検索してしまうんだ。
いや、待て……『マーボードーフ』ってなんだ?
聞いたことがない料理だぞ?
「それって、なに?」
「『マーボードーフ』はパウエル・アグリコラが高位存在から提供された異界の情報の一つです。挽肉とトウガラシ・サンショウ・マメの発酵調味料などを炒めて、チキンストックと共にトーフを煮た料理で、パウエル・アグリコラはこれを好んで食べていたそうです」
一体どこの賢人塔から拾ってきた情報だろうか。
いや、タイミング的に『納骨塔』からサルベージした情報なのだろうが。
「それはともかく。女の子を旅行に誘う時の所作についてアーカイブを検索してくれ」
「……。マスター、今すぐわたくしにため息を吐く機能を搭載してください。いま、とてもため息を吐きたい気分です」
「仕方ないだろう! 何か失言をしたらどうする!?」
「中身まで若返ったわけではないでしょうに、何という情けない姿でしょうか」
ゾーシモスが心をぐさぐさと突き刺してくる。
僕の人工妖精なのだから、もう少し主人の心情を慮ってしかるべきではないだろうか。
「とにかく、お力になれそうにありません。マスター」
「嘘だろ!? 僕が作った最高の人工妖精が解決できないなんて!」
「褒めたってなにも出ませんよ、マスター」
それっきり、ゾーシモスは黙ってしまった。
本気で助けてくれないつもりらしい。
どうしたものかと唸りながら、歩くといつの間にか『踊るアヒル亭』に帰ってきてしまっていた。
そして、その前ではフィオが開店前の掃除をしている。
「おかえり! ケン!」
「……フィオ、旅行にいかないか」
やっぱりやらかした。
迂闊な僕は緊張して、「ただいま」も言わずにうっかりそんな言葉を口走ってしまった。
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