16.【彼方の雫】
周囲の空気が停止る。
ダナティアン・デスワームのあげる金切り声も、その子供たちが泥を這う粘着質な音も、川の音も、鳥の鳴き声も、聞こえない。
ただ、光にさらされた周辺は、あっという間に氷と霜に覆われた世界へと変貌した。
──【彼方の雫】。
国家筆頭錬金術師であり賢人でもあるパウエル・アグリコラが『空の彼方にある冷えたエーテルの海』を再現したというこの魔法道具は、つまるところ強烈な冷気を放射する魔法道具である。
たしか『周囲の分子運動を極限まで低下させて絶対零度を生み出す』なんて説明をパウエル御大から聞かされた気がするけど、詳しくは知らない。
要は、これがどんな結果をもたらすか把握できていればいいと思って、話半分だったし。
「おっと、仕留めきれなかったか」
「実にしぶといですね。生き汚いとでも表現すべきでしょうか。どこかのマスターを見ているようです」
「僕の場合は、タフっていうんだよ」
動き出す巨大魔物を見る。
ダナティアン・デスワームは体水分の多い生き物なので、これで仕留められるかと期待したが、甘かったようだ。
だが、確実に弱らせてはいる。
凍り付いた巨体はところどころ凍った組織ごと剥離して体液を吹き出し、動きも緩慢だ。
ま、派手に動いたらバラバラに砕け散るだろうけどな。
「ああ、寒い……。あれを使うなら防寒具必須だ」
「動けば温かくなりますよ。身体強化の奇跡を付与して差し上げましょうか?」
「いや、いい。これがあるし、僕からすれば体に魔導式を直接流し込む方が怖いよ」
取り出した試験瓶を一本あおり、【錬金術師の杖】を構える。
体から湧き上がる力が、僕の心を高揚させるのがわかった。
「ここから先は、ご自由にどうぞ。暴力錬金術師のマスター。わたくしは引っ込んでおりますので」
ふわりと空中に溶け込むようにして青い立方体が消える。
手伝ってもくれないなんて、不義理なやつめ。
「キィィァァァーーーッ!!」
「はいはい、ちょっと待ってくださいよ。今すぐ殺しますからね」
霜に覆われた大地を駆ける。
それを見たらしいダナティアン・デスワームが牙の蠢く口をがぱりと開けた。
見覚えのある動きに、僕は位相空間収納から布状の魔法道具をひっつかんで取り出す。
「〝起動〟!」
キーワードでふわりと広がったそれは、半透明の薄布。
錬金術を知らぬものがこれを見れば、こんなものでと思うかもしれないが、その実、その薄布はダナティアン・デスワームの口から放たれた酸まじりの土石流をしっかりと受け止めてくれた。
硬化して砕け散る布を傍目に、僕はダナティアン・デスワームに肉薄する。
久しぶりに間近で見ると、本当に大きな生き物だ。
だが、残念ながらもう錬金素材にしか見えない。
地中の土と岩をも喰らうこの生き物の体内には、時に生物濃縮よろしく貴重な鉱石などが純化結晶している場合がある。
特にダナテ周辺は地下資源が豊富なので、すでに期待はマックスだ。
「ていッ」
そんな僕の物欲にまみれた一撃が、ダナティアン・デスワームを横なぎに打つ。
その衝撃で凍った部分は砕け散り、柔らかい部分は半ば裂けて吹き飛ぶ。
結果、ダナティアン・デスワームは地面に派手に激突することとなった。
だが、流石に生命力が強い。
たしか、ミミズなどと一緒でこいつったら割くと増えると聞いたことがある。
故に〆ねばならない。
方法は簡単だ。
魔物である以上、体内に魔石があるはず。それを引っこ抜けばいいのだ。
「ゾーシモス」
呼びかけに応じて、再び青い立方体がふわりと姿を現す。
「なんでしょうか、マスター。魔石なら頭部よりやや下方の部分にあるはずですよ」
「わかってるのなら早めに教えてくれよ……」
「わたくしはできた人工妖精なので、聞かれてもいないことをペラペラと話さないんですよ」
嘘をつけ、と思いながらも示された頭部に【爆裂誘導弾】を投げ込む。
爆発でいよいよ頭部も失ったダナティアン・デスワームだが、その巨体は未だにのたうつように動いていて不気味だ。
「お、あったあった。なかなかの大きさだな」
「ご満悦ですね」
「そりゃ、この大きさなら色んな魔法道具のコアに使えるからな」
握りこぶし二つほどの大きさの魔石を位相空間収納に放り込む。
これならちょっとした大型魔法道具でも動かせるだろうと考えると、創作意欲もわくというものだ。
「戦闘終了。さぁ、ベオ達を呼びに行こうか」
「ダナティアン・デスワームの素材回収はいいんですか? マスター」
「忘れたのか? ゾーシモス。僕は仮加入で『ブラックドッグ』に参加してるんだぞ。チームなんだ、報酬は山分けにしないと不公平だろ?」
「一人で殲滅しておいてチームとは良い冗談ですね。まさか、マスターにジョークセンスが宿る日が来るとは思いませんでした」
……やっぱり、まずかったかな。
でも、ダナティアン・デスワームを安全に殲滅するには禁忌条項に触れる魔法道具を使うのが確実だったし、事実として短時間かつ人的損耗なしに大型魔物を殲滅できた。
ま、結果オーライとしよう。
終わってしまったことをくよくよ考えたって仕方ないしな。
みんな無事、ダナティアン・デスワームは討伐、戦闘錬金術師の本領も見せた。
問題ないない。あとは、『納骨塔』の調査を終えた教授を送っていけば、お仕事完了だ。
「ヴァイケン君」
『納骨塔』から最初に姿を見せたのは、魔術師ワワイだった。
実は彼、『納骨塔』に近づくダナティアン・デスワームの幼体を魔術で排除してくれていて、僕が魔法道具を使った時も、示し合わせたように防御魔術を展開していた。
初見でそこまで対応できるなんて、優秀な人だ。
さすがベオのパーティメンバーといったところか。
「あれが、錬金術なのだな」
「ええ。魔術と優劣を競うものではありませんが、錬金術師にできることはご覧のとおりです」
「目が覚めるような『力』だった。魔術の深奥に到達したという魔王ダンタロスでもこれほどの現象は起こせまい」
さて、知らない人の名前が出てきたぞ
ダンタロス……ダンタロス、ね。聞き覚えがあるような、ない様な。
とはいえ、なまじ知っているにしても五百年前に聞いた名前だ。
同名の別人であろう。
「ヴァイケン、お前やりやがったな……これ、どうするよ……」
仲間達、そして教授を連れたベオが、困った様子で屍山血河と化したドゥナテック川流域遺跡を見回す。
「何か問題が?」
「大ありだ! ギルドへの報告どうすんだ。こんなの、大騒ぎになるぞ!」
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【用語解説】
・パウエル・アグリコラ……五百年前における偉大な錬金術師の一人。【彼方の雫】の他にも次元の違う魔法道具を多数生み出し、他の追随を許さなかった。また、同時に賢人でもあり、星と空のかなたを記録し続け、高位存在E.E.Lと直接交信に成功したと言われている。なお、過労が原因で倒れ、引退した。
・魔導式……魔力を誘導する回路や経路、言葉、あるいは波紋。錬金術師はこれらを物質に概念として融合させて魔法道具を作る。魔術師や神官は、これらを直接的に人体や空間に作用させて魔法現象を引き起こしている。
・ヴァイケンが飲んだおくすり……【英雄の秘薬】。身体能力を大幅に上昇させるおくすり。架空の英雄ヘラクレスを再現するために、ある錬金術師が作り出したもので、のちに安価で低性能な廉価版も出回るくらいの人気になった。
・半透明の薄布……【ファニアの薄絹】。非常に薄い布状の魔法道具で、衝撃を受けると硬化する。緊急避難用に作られたもので、非常に高い防御性能を誇る反面、短時間で消失する。これを数十枚合わせた【アンチブレイクコーティングマント】という防具が海賊の間で流行したとかしなかったとか。
・禁忌条項……強力な能力を持った魔法道具は本来、人工妖精を通して使用要請を行う必要がある。その制限を禁忌条項と呼称するのであるが、いまや許可を取る部署も存在しないので、勝手に使った。
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