15.沼地の主
「マスター、即時の後退を提案します。地中に未確認の大型生体反応を検知しました」
「……!」
ゾーシモスめ、回りくどいことを言う。
ダナテ川流域で地中の大型生物なんて、アレに決まっている。
「ベオ、ワワイ。すぐにここを離れましょう。魔物がきます」
「また錬金術師のカンってやつか?」
「そんな所です。厄介なのに狙われたようですよ」
すでに、うっすらとした震動がある。
ぬかるんだ足元をちらりと見て、僕はなるほどと納得する。
雨期の氾濫で広範囲が泥に覆われたのなら、ヤツも生息域を広げていて当たり前だ。
それに思い当たらないなんて、僕は些か迂闊だった。
「オスカル、ミスカル! 教授を連れてこい! 一時撤退だ!」
「何を言うのかね! いま大事なところというのがわからないのかね?」
ベオの声に教授が拒否の声を上げる。
僕も採取の時に魔物が近づいていても続行するところがあるので、気持ちはわからないでもないが……せめて、自分の身は守れるようになってから言って欲しい。
「マスター、時間切れです。大型単体及び小型複数にエンカウントします」
突如震動が強くなったかと思うと、ぬかるんだ泥の地面を突き破って巨大な魔物が出現した。
──『ダナティアン・デスワーム』。
ダナテ川流域で数百年前から猛威を振るった魔物。
体幅は約2メート、体長は40メートを越える超大型の魔物で、たびたび大きな損害を流域街ダナテに出していた。
「こんなやつ、見たことねぇぞ……!」
「ダナティアン・デスワームです! 手強いですよ」
僕が手強いというのだから、相当に手強い。
これ単体であれば、そう大騒ぎするでもないが。
……っと。言ってる間に出てきたか。
「おいおいおい、何だこりゃ気持ちわりい……!」
「ダナティアン・デスワームの幼体です。どんどん来ますよ」
小さくしたダナティアン・デスワームのような魔物が、次々と泥から姿を現す。
親同様に食欲旺盛で獰猛なこれらの数はおよそ、百匹ほど。
駆除する錬金術師もいないのだから増えて当然か。
「水と泥のそばからは離れられません。すぐに退避しましょう」
噛みついてきたダナティアン・デスワームの幼体を【錬金術師の杖】で吹き飛ばしながら提案する。
ベオはそれにうなずいたが、どうもうまくはいかなさそうだ。
そう、ジザル教授である。
突然の大型魔物に出現に驚いた彼は、あろうことか賢人塔の残骸たる『納骨塔』の内部に身を躍らせたのだ。
戦闘時、安全で邪魔にならない場所に身を隠すというのは、護衛対象として褒められたことだが……今回は、撤退しようという話なのでこれは悪手極まりない。
教授をここに残していくという手はないでもないが、それはそれで後味が悪い。
「やるしかないか」
「やれるわけねぇだろ!」
僕の言葉に鋭いツッコミが入る。
できれば、僕だってダナティアン・デスワームとやり合うなんてごめんだ。
「じゃあ、教授は残していきますか?」
「当たり前だ! 護衛の注意を無視して好き勝手する奴の為に命まで張れるか!」
わお、意外とドライだ。
とはいえ、ベオの言う事もわかる。
この状況で、自分達と教授の命を天秤にかければ、もちろんそういう判断になる。
ただ、僕としてはここをまるっと納めたい。
だから、仮加入という身の上で申し訳ないが、ベオに指示を出すことにした。
「僕が何とかします。ちょっと危険な魔法道具を使うので、みんなと一緒に『納骨塔』へ向かってください」
「お前が規格外ってのはわかるけどな、そんなことできるかよ」
「大丈夫ですって」
位相空間収納には、この状況に対応できる魔法道具がいくつか入っている。
ただ、僕が一人で戦うことを想定したものばかりでちょっぴり巻き込みが怖い。
「戦闘錬金術師の神髄というものを、お見せしましょう」
そうにこりと笑って見せると、渋々と言った様子でベオが駆けていく。
ダナティアン・デスワームの幼体を叩き斬りながら。
きっと、僕の退路を準備してくれているのだろう、あれは。
さて、そんなほっこりエピソードはともかくとして……一番厄介なダナティアン・デスワームをこちらに引きつけねば。
「ゾーシモス、出てきていいぞ。今なら魔法道具だと思ってくれるだろ」
「当たらずも遠からずですね。それで、格好をつけた落とし前はどうしますか?」
「やってやるさ。周りの幼体はお前に任せる」
「マスター。私はか弱い支援型人工妖精ですよ? できるのはせいぜいキッチンタイマーの真似事くらいです」
そんなことを言いつつも、ゾーシモスはいくつかの魔術を同時展開する。
見たことがないのもあるな……。
どうやら、この自由な人工妖精は魔術をどこかで勝手に学んできたらしい。
「いくぞ」
「イエス、マスター」
ダナティアン・デスワームに向かって、筒状の魔法道具を投擲する。
もちろん、僕の貧弱な膂力と照準では到底届かないわけだが関係ない。
「〝起動〟」
筒の一方から炎が噴き出して加速し、高速で飛翔したそれはダナティアン・デスワームに直撃、そして爆発する。
【爆裂誘導弾】は、五百年前に僕が発明した魔法道具だ。
当時は手榴弾型の攻撃用魔法道具が主流で、僕のような不器用な人間にとってなかなか死活問題だった。
なので、魔法道具が自動で当たるように設計したのだ。
「よしよし、こっちに向け」
「キィィィーーーー!」
甲高い威嚇音を発生して、ダナティアン・デスワームが僕に迫る。
消化液のブレスか、体当たりか。それとも、丸のみにするつもりか。
いずれせよ、近づいてきたなら好都合だ。
位相空間収納からとっておきの魔法道具一つを取り出して、掲げる。
使い捨てで、かつ貴重なものではあるが、出し渋るのも錬金術師らしくはない。
それに、この戦闘を賢人塔の中から伺っているであろうジザル教授とワワイに、錬金術師が何たるかというものを見せつけてやろうとも思う。
教授には変革を。
そして、ワワイには希望を。
「〝起動〟」
キーワードと共に、僕が右手に掲げた黒水晶がまばゆく輝いた。
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【用語解説】
・ダナティアン・デスワーム……巨大なミミズ系魔物。最大50メートを越えることもあり、食欲旺盛。五百年前でも、流域街ダナテを度々襲撃し、大きな被害を出した。実はここ三百年ほどは出現報告がなかったが、今回、どういう理由か姿を現した。
・ダナティアン・デスワーム幼体……ダナティアン・デスワームの子供たち。スケールダウンはしても、攻撃性は変わらず、食欲旺盛。共食いもする。「明確なイメージが欲しい方は『キングコング ワーム』検索すればいいですよ」とは、ゾーシモス談。
・【爆裂誘導弾】……ヴァイケンが開発した誘導システム付き爆裂火炎瓶。開発者が極めてノーコンだったために開発された悲しい過去を持つ魔法道具であるが、その手軽さは万人に愛され大ヒットした。
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