14.ヒストリーギャップ
霧の川辺を歩くこと数時間。
ジザル教授が浮かれ始めたのを見て、ようやく僕は目的地──『納骨塔』に到着したことに気が付いた。
そして同時に、それが僕の目的である賢人塔の残骸であることに気が付く。
納骨というからには骨が詰まっているのだろうが、情報や真理の代わりに骨を詰め込むなんて、なかなか思い切ったリノベーションである。
「教授、魔物がいるかもしれない。あまり単独で動き回らないでくれよ」
「何を言う! 時間がないのだ。この『納骨塔』の謎を解き明かして、わしは学術院での地位を確かにせねばならん」
何やら焦った様子で、うろうろと動き回る教授の後を、双子が付いて回って警護する。
はたから見ていると、ちょっと面白い光景だ。
「時間がないんですか?」
「『納骨塔』は雨期が終わった直後にしか見つけられねぇんだよ。なんでかわからんがな」
「なるほど……」
賢人塔の一部機能がまだ生きているのかもしれない。
どんな賢人がここを管理していたか存じ上げやしないが、『賢人』という人種の多くは真理に正気を売り渡した狂人変人の類がほとんどだ。
その住処かつ仕事場である賢人塔がまともな建物であるとは限らない。
「ゾーシモス、頼んだ」
「イエス、マスター。アーカイブのサルベージを開始します」
音声だけの人工妖精が賢人塔を調べてる間、僕は周囲に少しばかり残った都市の残滓に目をやる。
小さなレンガを細かく積み上げた建物が立ち並ぶ、モザイク模様の都市──『流域街ダナテ』。
芸術とバカンスの都市でもあったここには、何度か来たことがある。
もちろん、仕事でだが。
それが、こんな無惨な廃墟になっているなんて少し考えさせられるものがある。
「どうした、ヴァイケン。錬金術師的にいいものでもあったか?」
「いろいろありますよ。例えばこの建材に使われている小さな煉瓦は錬金術で作られたもので、【呼吸煉瓦】と呼ばれています」
「へぇ、息でもするのかい?」
「屋内の湿度……ええと、じめじめを抑える効果があるんです。川のそばにあったからでしょうね」
僕の説明を、ふんふんと聞くベオ。
そんな彼の隣に、ワワイが並んだ。
「詳しいんだな」
「錬金術師ですからね」
やや威圧的な雰囲気のワワイが、崩れかけの壁に手をやって触れる。
数百年の風に晒された壁面は、それだけで一部が崩れてしまい……その残骸を握りしめたワワイが、僕に向き直る。
「なぜ錬金術師に? 君は、才能豊かに思えるが」
「褒めてもらって光栄ですけど、僕は錬金術以外はからっきしなんですよ。部屋の片づけだって苦手ですし」
「では、別の質問にしよう。君の使う錬金術はいったい何だ? その杖は? 秘薬は?」
矢継ぎ早に質問してくるワワイは、どうも様子がおかしい。
「おい、ワワイ」
「答えろ、錬金術師。あれは本当に錬金術なのか? いや、あれこそが錬金術なのか!?」
「落ち着け! どうしたってんだ、ワワイ!」
ベオに半ば取り押さえられるような状態にあっても、ワワイは僕に見開いた目を向ける。
「さて、僕は僕の錬金術しか知りませんからね。他の誰がどんな技術を『錬金術』と呼んでいるのかなんて関知しやしませんし」
「教えてくれ! 君の錬金術には何ができる」
叫ぶようにするワワイに僕は答える。
「何でも──と、言いたいのですが。何かご要望ですか?」
「教えてくれ、私は知りたいんだ! 【フルカネリの聖鈴】が実在するのかを!」
「え、はい。ありますよ?」
「……は?」
【フルカネリの聖鈴】は賢人と錬金術師が共同開発した、鏡面空間の行き来をするための魔法道具だ。
鏡面空間は現実世界を完全複写した世界で、いろいろな実験に向いた場所で……よく、破壊力の高い魔法道具の使用実験などにも使っていた。
現実で山を吹き飛ばせば大問題になるが、鏡面空間なら問題なしだ。
深刻な顔をしているが、そう珍しいものでもない。
なんなら、旧オルド研究室で無事だったものをいくつか持ちだしさえしている。
「ある?」
「ありますよ、はい」
驚く様子のワワイに、小型の手振鈴──【フルカネリの聖鈴】を手渡す。
今のところ特に使うあてもなし、そこまで欲しいのならお近づきのしるしに一つ差し上げよう。
「は? へ?」
「えっと、それが【フルカネリの聖鈴】ですよ。何に使うんです?」
「鏡の中に閉じ込められた、姉を……」
「んんっ? もしかして、【ダーラビー連続鏡】か何かですか? それなら【フルカネリの聖鈴】なんて使わなくても、何とかできますよ。多いんですよねぇ、鏡面事故」
鏡面空間の理論が確立されて以降、そこにアクセスする様々な魔法道具が開発されたが、それに伴う事故も多く起きた。
最も多かったのが内部への閉じこみ事故であり、【ダーラビー連続鏡】はもっともそれがよく起きることで知られている。
あれは鏡面空間から鏡面空間に移動する道具だが、不具合も多かったのだ。
僕が【生命の揺籠】に入る前に、全部処分されたと聞いたが……残っていたのかもしれない。面白い道具ではあったから。
「あ、ああ……うぁああぁ」
「ワワイさん? ええと。とりあえず、帰ったら僕が伺いますから。ご家族の閉じこみ事故は対処できないと辛いですよね」
【フルカネリの聖鈴】を握りしめたまま泣き崩れるワワイの背をさする。
僕もすっかり忘れてしまっていた。
錬金術師ならざる人々にとって、魔法道具による事故は不安で仕方のないものだということを。
こと、現代において拙劣な技術しか持たぬ錬金術師が多い中では、どうしようもなくて、さぞ不安だったであろう。
「よくわかんねぇけど、ワワイのこと頼むわ」
「任せてください。もう安心ですよ、ワワイさん」
崩れた賢人塔のそばで、ワワイが落ち着くのをしばし待つ。
大の大人がこうも慟哭する様を見るのは、前世も含めて初めてかもしれない。
「すまん、ヴァイケン君。みっともないところを見せた」
「いいえ。お気になさらず」
「長いこと探していたんだ。子供の頃、姉があの鏡に取り込まれてから。魔術師を目指したのも、解決法を学術院で探すためだった」
ワワイの言葉に、今度は僕がショックを受ける。
聞くところによれば、王立学術院というのはこの王国における最高学府だという。
その最高学府で【ダーラビー連続鏡】の事故対処法が見つからないなんて。
【フルカネリの聖鈴】にしたって、そんな伝説級の魔法道具ってわけではない。
……落ち込んできた。
僕は、錬金術文化の再興ができるのだろうか。
そんな風に少し気落ちする僕の耳元で、ゾーシモスが警告を発した。
お読みいただきありがとうございます('ω')!
【用語解説】
・【フルカネリの聖鈴】……特殊な魔導音波を発生させて鏡を振動させ、鏡面空間への進入を可能にする魔法道具。比較的、簡易かつ安価に作れるもので、五百年前ではよく使われていた。
・【ダーラビー連続鏡】……鏡面空間にある鏡から、さらに別の鏡面空間に移動することができるという道具で、本来は徐々に齟齬が出る鏡面空間を観察し、現実と鏡面空間の概念的・法則的差異を検分するために使用する。使用にはコツが必要で、事故が起きやすかった。
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