13.戦闘錬金術師
「こんなことって、あるのかね……」
死屍累々となって赤く染まった草原を、教授が身震いしながら眺めている。
さて、もしかすると少しばかりショッキングだったろうか?
こうも人の死体が散乱するのは。
「何人か生き返らせた方がいいかな?」
「マスター、現代の人間は生き返ったりしないそうですよ」
「そりゃ不便だな」
錬金術師界隈には『三十分ルール』というものがある。
つまり、『死んでから三十分は秘薬で蘇生可能』ということだ。
まあ実際は状態にもよるし、老衰や病死の場合は難しい場合もあるけど。
「派手にやったな、おい」
「次はもう少し地味にやりますよ。こう……範囲毒とかで」
「そういう意味じゃねぇよ!」
しかし、少し警戒してやりすぎたかもしれない。
魔物については、生態もそう変わらず、その脅威度は僕の中でデータと一致していたけど、人間はわからない。
過去の時代、人間同士の戦いというのはもっと熾烈だった。
錬金術で作った武具、魔法道具、強化薬……それらは戦闘に惜しみなく投入されたし、例えば、野盗の類だってそれらで武装していた。
だから、僕はちょっぴりやりすぎてしまったのだ。
「どどど、どういうことかね……! 彼は錬金術師でなかったのかね!?」
「いや、ヴァイケンは錬金術師だ。そう名乗ってるし、目の前で【癒しの魔法薬】を作ってもらったこともある」
「これ、これが……錬金術師の、起こした結果だというのかね」
「すみません、ちょっとやり過ぎちゃったみたいで」
本意ではないが、軽く口先で謝罪しておく。
昔から貴族様っていうのは荒事に弱いからな……。
「出る幕がなかったねぇ、兄さん」
「いいじゃねぇか、これで教授さんにもワワイにもヴァイケンの実力がわかんだからよ」
「それはそうだけどさー」
双子が野盗たちの懐をまさぐりながら、何やら言い合っている。
ベオによると、野盗から金品を巻き上げるのは合法らしい。
いや、ちがうな。
街を一歩出れば、そこは無法なのだ。
財産も含めて自分の身は自分で守らねばならない。
「では、そろそろ行くとしよう。こう言う事もある、教授は馬車の中にいてくれよ」
「わ、わかっている!」
ベオの言葉に顔を青くしたジザル教授は、口元を押さえてそそくさと馬車に引っ込んだ。
それを確認してから、僕たちも各々馬車へと向かったがただ一人……魔術師のワワイだけが野盗の死体が転がる草原をぼんやり見たまま立っていた。
「ワワイさん?」
「あ……ああ。すぐにいく」
おせっかいかと思いつつも声をかけると、魔術師はようやく気が付いたようで馬車に乗り込む。
野盗たちに何か思うところでもあったのだろうか。
◆
それからしばらくは、快適な馬車の旅だった。
ドゥナテック川流域までは片道約三日の行程で、僕たちは野営も挟みつつ街道を北上していく。
そして、三日後の朝……霧煙るある一角でベオは馬車を止める。
街道はそこで途切れ、ぬかるんだ足元がドゥナテック川流域に到着したことを物語っていた。
「こっから先は馬車で入れねぇ。ここを拠点に、教授の調査をサポートするぞ」
「了解。それで、ええと『納骨塔』はどの辺にあるんですか?」
「そう遠くはねぇ。が、この霧はちょっと面倒だな」
ベオの向き直った向こう、見やった先の濃い霧は視界を相当に阻んでいる。
ゾーシモスのサポートがあれば、不意を打たれることはないだろうが……方向を見失ったり、はぐれたりする可能性があがってしまう。
特に今回は、遺跡調査に入る教授の護衛だ。
この霧の中、ふらつく彼を見失わないように周囲を警戒するのはなかなか難しいだろう。
「雨期が終われば、こんなことは少ないんだがな……」
「晴れるのを待つしかないだろ、それより飯にしようぜ」
首をひねるベオの肩を、気楽な様子のオスカルが叩く。
短絡的と言えばそうかもしれないが、この場合はそれが正しい判断かもしれない。
「何を言っとるのかね。何のためにこの時期に調査に来たと思っとるんだね」
「教授の安全のことを考えてのことなんだがな」
「それを何とかするのがチミたちの仕事じゃないのかね!?」
ジザル教授という人はどうも命と仕事の比重が狂っておられるらしい。
まあ、でも……僕がいれば多少のトラブルで命を失っても大丈夫なんだけどさ。
「早く出発しないかね」
「はあ……。依頼人がこうおっしゃるんなら仕方ない。出発するぞ」
ベオの言葉に双子とワワイが黙ってうなずき、僕もそれに続く。
しかし、ベオは少しばかりジザル教授を甘やかしすぎではないだろうか?
いや、あるいは別の理由かもしれない。
そう考えて、僕はこそこそとベオに尋ねてみた。
「ベオ、彼の研究は無理を通さねばならないほど重要なんですか?」
「オレにはわかんねぇな。魔術の歴史を研究してるとかって言ってた」
「……それは僕も少し興味がありますね」
ここ数百年で錬金術を廃れさせ、隆盛を見せる魔術。
あれがいかなる機序でここまで発展したのかについては、僕も興味が湧く。
「ま、頭があがんねぇのは別の理由でな……それは今度、飲みながら話すわ」
「了解しました。それはともかく……早速のお出ましみたいですよ」
【錬金術師の杖】で右を示すと、示し合わせたように霧の中から大泥蟹が数匹姿を現した。
体長1メートほどのそれは、威嚇のように大バサミを打ち鳴らしながらこちらに向かってくる。
僕は耳元でゾーシモスが警告を発してくれたので気付くことができたが、この霧はやはり厄介だ。
正直、僕らは奇襲し放題の美味しい獲物として魔物に思われているに違いない。
「くそ、言わんこっちゃない! 戦闘準備!」
「川蟹は寄生虫が怖いんですけど、よく火を通せばうまいんですよね」
何とか一匹くらいは、きれいな状態で〆られないかと思いつつ、僕も【錬金術師の杖】を構える。
「飯の心配は後にしろ、ヴァイケン」
「他の心配事がないですからね」
【錬金術師の杖】を一振りすると、大泥蟹がベキリと割れて砕ける。
つまるところ、戦闘錬金術師の僕にとって、この魔物はただの新鮮な食材にしか見えないのである。
お読みいただきありがとうございます('ω')!
おかげ様で日間ファンタジー6位!
やったー!
・30分ルール……実際のところは、肉体の損壊率や頭部の残存如何により変わる。ただ、概念による再構築と生命の存続という調律において、実際の肉体が必要とも言えず、500年前は死後1年経過した遺体のない人間も復活させたという記録がある。なお、床に落ちた食べ物は3秒以内でもアウトである。
・無法……むろん、王国の方で強盗行為は禁じられている。さりとて、よほどのことがない限り、それらが取り締まられるのはあなたの命が被害にあった後である。
・大泥蟹……淡水域に生息する水棲魔物。体長は個体によって異なり、大きなものでは3メートを超えることも。固い甲殻は刀剣を主武器とする者には相性が悪く、斧や槌、魔術で以て対応するのが好ましい。もちろん、杖で殴って倒してもよい。
いかがでしたでしょうか('ω')
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