12.世間知らずと野盗
「なぜ錬金術師のような胡乱な者がここにおるのかね!?」
名乗った直後、このようにこき下ろされた僕は少し苦笑することになった。
王立学術院所属の学者である彼──ジザル教授にとって錬金術師は、低俗な似非同業者に映るのかもしれない。
「教授、ヴァイケンは優れた錬金術師で冒険者だ。今回は頼み込んでオレ達のフォローに入ってもらってるんだよ」
「何もこのように頭の悪そうな錬金術師の子供でなくてもいいんじゃないのかね?」
「雨期明けの『納骨塔』に行きたいなんて依頼、断ってもよかったんだがな」
ベオの言葉にジザル教授が少し詰まる。
今回の目的地、ドゥナテック川流域は雨期になれば増水して、周辺は沼地と化す。
お目当ての遺跡と『納骨塔』も含めて、だ。
そして周辺一帯には大型の蟹や粘性生物、大型水棲昆虫などの魔物が出現し、加えて夜になれば沼からスケルトンなどのアンデッドも出現する。
なるほど、ベオがうんざりするわけだ。
非戦闘員の人間を連れて物見遊山するには、時期と場所が悪すぎる。
ただ、この時期でしか見られない現象もあるらしく、遺物研究専門のジゼル教授はそれを調査するためにベオたち『ブラックドッグ』に指名依頼を出したとのこと。
さすがに第五級冒険者ともなると大変だな……と思っていたが、ベオという人は貴族出身であるらしく、どうもその関係で今回の仕事を受けているらしい。
「まあ、教授。僕のことはお気になさらず。他の冒険者と同じく護衛の仕事で来てるわけですから、調査の邪魔はしませんよ」
僕は現地でやるべきことがあるので、少しばかり興味はあるものの『教授の調査』とやらに関わることはないだろうと思う。
「何を当たり前のことを言っているのかね! 我輩の崇高な研究を錬金術師ごときに邪魔されてたまるものかね」
「もういいだろう、教授。出発するぞ」
ベオの声に『ブラックドッグ』の面々がうなずき、僕もうなずいて馬車の端に腰かける。
馬車での移動なんて久しぶりで、少しばかり心が躍らないでもない。
ただ、遠ざかっていくサルヴァンの門をみていると、少し寂しさのような感情が湧き上がるのを感じた。
「フィオと離れるのが寂しいなんて、まるで初恋の少年のようですねマスター」
「茶化すなよ」
耳元の声に、軽く苦笑して返す。
「雑でいいから周辺の走査を頼んだぞ。動体反応と生体反応だけでいい」
「イエス、マスター。早くフィオのところに帰るのに必死ですね」
相変わらず一言多いな、僕の人工妖精は。
「ヴァイケン。今回の仕事は一緒だな」
独り言を終えた僕の隣に、スキンヘッドの男が腰を下ろしてにかりと笑う。
「ですね。よろしくお願いします、オスカルさん」
「呼び捨てでいい。むしろ、こっちがヴァイケンさんって呼ぶべきか?」
「勘弁してください」
パーティの中でも異彩を放つこの頭部の男性は、オスカル・ジェー。
『ブラックドッグ』における立ち位置はベオと同じ前衛で、槍と小剣を器用に使うスピードファイターだ。
彼は以前、レッサー・タラスクの素材を毟り取った際に知り合った冒険者で、それ以来、何かと仲良くしてもらっている。
「兄さん、仕事中よ。気を緩めないで」
「ヴァイケンがいるんだ。気楽に行こうぜ」
そうオスカルを嗜めたのは、おかっぱのような髪型が特徴の女性──ミスカル・ジェー。
オスカルの双子の妹で、彼女は神官であるらしい。
「気持ちはわかるけど、だめ。ヴァイケンはいざという時の保険ってベオも言ってたでしょ」
「僕は保険だったのか……」
「あ、いや……ははは、気を悪くしないでね」
まあ、僕とて大活躍してみせようなどとは思ってなかったが。
「では、ほどほどに──」
そう言いかけた瞬間、耳元でゾーシモスが警告の声を発した。
「マスター、向かって右前方3ロメート、街道から少しそれた場所に複数動体。待ち伏せの可能性を提示します」
「対象は何だ?」
「動体反応だけでいいと聞きましたが? まあ、おそらく人間でしょう」
わかってるなら小言抜きで教えてくれたっていいじゃないか!
お前は僕の支援型人工妖精なんだぞ!
……という言葉が喉まで出かかっていたが、それを何とか飲み込んでオスカルとミスカルに目配せする。
「問題発生か?」
「街道沿いで待ち伏せがあるかもしれません。警戒を」
「……そんなことまでわかるの?」
僕の言葉に驚きつつも、双子の冒険者はすぐに気を引き締めた様子で得物を確認する。
「どうした、二人とも」
その様子を確認したらしい『ブラックドッグ』のメンバー、魔術師のワワイが教授との会話を中断し、いぶかしげな顔でこちらを見る。
「ワワイ、ベオにも伝えてくれ。街道沿いで待ち伏せがあるかもって」
「はあ? そいつは錬金術師だろう? 占い師も兼ねるのか?」
「やはり錬金術師はあやしいですな」
ワワイは教授同様に僕……いや、錬金術師の事をあまりよく思っていない。
どうも彼は「錬金術師のすることは全て魔術でよりよく実現できる。錬金術は魔術の下位互換だ」という感情があるようだ。
つまるところ、僕は嫌われて蔑まれているのである。
そうこうするうちに、問題の地点に馬車は差し掛かり。
悪い予感は的中した。
突如馬に矢を射かけられ、数人の者達が馬車の進路を遮ったのだ。
「金目のものは全部置いていけ! そうしたら命だけはとらないでおいてやる!」
実にオーソドックスな名乗りを上げる野盗に少し感動を覚えつつ、ベオに向き直って僕は尋ねる。
「ベオ、世間知らずを承知で尋ねるんですが……人間の殺傷は罪に問われますか?」
「……へ」
ぽかんとした顔で、僕を見返すベオ。
双子も、ワワイも、そして野盗たちすらも僕のことを不思議な者を見る目で見つめる。
「罪が怖くて強盗やってられるかよォ!」
「いいえ、あなた方の命に価値があるのかって話ですよ」
踏み込んできた野盗の頭部を【錬金術師の杖】で薙ぎ払ってから、僕は小さくため息をついた。
「さて、野盗の皆さん。命乞いの時間です。まだ死にたくない方は地面に伏せて『ごめんなさい』と百回唱えてください」
読んでいただきありがとうございます('ω')!
本日も何とか日間ファンタジーランキングに残っていて、ほっとしています。
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【用語解説】
・王立学術院……王都にある学術研究所。魔術院もここに含む。実は現存する賢人塔の一つではあるが、賢人なき今は管理がいきとどかず機能はほぼ停止している。
・ジザル・ナッカーフ……王立学術院歴史学探求室の教授。貴族主義で差別的。錬金術師は特に嫌いで誤った歴史を吹聴する者たちだと考えている。現文化の変遷について調べており、錬金術文化などなかったということを証明するために研究を行っている。
・ワワイ・サクレット……『ブラックドッグ』の魔術担当。王立学術院付属魔術学校の出身。貴族出身でなかったため、魔術院に就職できず冒険者になった。のだが、気位は高い。
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