11.フィオとの約束
僕が古巣であるここ……サルヴァンの町で過ごすようになってから、一ヶ月が経った。
とはいえ、生活はそう大きく変わらない。
変わったことと言えば、『踊るアヒル亭』の一角を借りて、ちょっとした錬金工房を開設したくらいか。
とはいえ、相変わらず町の問題は冒険者ギルドに集まるので、僕のところに来るのはそれが面倒なちょっとした頼み事というレベルだ。
ただ、ときどき名の知れた冒険者や討伐隊の人間が顔を出すもので、ちょっとばかり噂になってはいる。
そして、今もそんな有名人の一人が目の前に座っているわけだが。
「遠征ですか?」
「ああ。依頼内容は北にある『ドゥナテック川流域遺跡』にある『納骨塔』へある学者を護衛していくことなんだが……あの辺りは危なくってよ」
「じゃあ断ればいいじゃないですか」
「諸事情あってな、そうもいかないんだ」
危険とわかっていて行かなきゃならないなんて、冒険者というのは難儀な商売だ。
ま、その対策として僕を頼るのはなかなかいい選択だとは思う。
「いいとも。ついていこう」
「助かる。報酬と冒険者信用度は任せてくれ。オレたち『ブラックドッグ』の仮加入って事なら、それなりに評価も高いはずだ」
「なに、僕もそろそろ足を延ばしたいと思っている地域だったのでちょうどよかったです」
ベオの言うところの『ドゥナテック川流域遺跡』というのは、僕の時代における『流域街ダナテ』のことであろう。
あの周辺は、良質な水や水産物系素材が採取できるはずで、賢人塔もいくつかあったはず。
うまく停止状態の賢人塔を見つけることができれば、〝跳躍転移〟で素材採集に出かけることができるようになる。
それに、ベオは遺跡といった。
僕の時代の遺物であろうそれに、興味があるのだ。
もしかすると、人工妖精が壊れた賢人塔から何か情報を引っ張ってくれるかもしれない。
「それで、いつ出発ですか?」
「明後日なんだが」
「……わかりました」
予定に思い当たって少し詰まったが、僕はすぐにうなずく。
しかし、それをベオは見逃さなかった。
「もしかして、まずかったか?」
「フィオと少し約束があったんですけど、仕事ですから。今度埋め合わせをするってことで許してもらいます」
明後日は半年に一度の大規模キャラバン『アクアンズ商会』が古都サルヴァンを訪れる日である。
現在の首都である王都エウレアはここから遠く、都会の商品を満載した大規模キャラバンが到着した日はちょっとした祭りになるらしく、フィオはそれに俺を誘ってくれたのだ。
僕にしても、王国中央の現在の文化レベルを確認するいい機会だと快諾したのだが……タイミングが悪かった。
「いいのか?」
「問題ないです。それより、護衛対象とその方の目的について教えてください」
◆
「がっはっは。へそ曲げられちまったな」
「すみません、エドガーさん」
ベオから仕事を請け負った夜。
店を閉めてからの食事の席で、僕は事の次第を正直にフィオに話したのだが……話を聞いた途端、彼女は怒って部屋に籠ってしまった。
食堂に残された僕は、バツが悪くなっておやじさんに頭を下げる。
「なに、少ししたら許してくれるさ。いいねぇ、若者の青春ってのは」
「そういうものですかね……」
僕という奴は、ガワはともかく中身はおっさんである。
しかも、前世からして他人にあまり関わってこなかった。
こと、女性相手となればほとんどないと言っていい。
今だって、うら若い娘の機嫌を損ねておろおろするしかない。
何とも情けない話だ。
「ま、あいつの気持ちもわかってやってくれ。ずっと店のことばかりで同年代の友達も少ないあいつにとって、初恋にぴったりだったんだろ。お前さんはな」
「色恋の事はあまり理解できませんね……。昔から」
「若いくせに枯れたことを言う。うちの娘はかわいいだろ?」
そりゃ、旧市街ではちょっとした噂にもなってる看板娘だ。
どこか小動物を思わせる雰囲気も、はきはきとした物言いも、さらりとした栗色の髪も可愛らしいとは感じはする。
僕に向ける気安さが、まさか恋愛感情だとは気が付かなかったが。
……これにしても、エドガーさんの勘違いだって線は捨てきれないけど。
「俺にしたってあんな風に拗ねるフィオは、あんまり見ねぇ。それだけお前さんのことが気に入ってるってことさ」
「普通、胡乱な錬金術師の冒険者なんて娘に近づけたくないんじゃないですか?」
「お前さんが胡乱なもんかよ。仕事と立ち振る舞いを見てりゃわかるさ」
軽く苦笑して、エドガーが果実酒の入った杯をあおる。
「そりゃ親としては、娘の男なんてと思うところはあるけどよ、何でかお前なら腹が立たねぇんだよな」
「飲み過ぎで判断力が鈍っているんじゃないですか?」
「飲まねぇとこんなこっ恥ずかしいこといえるかよ」
がははと笑ってからエドガーさんが、小さく頷く。
「もし、嫌いじゃなきゃフィオの事も気にかけてやってくれ。あれはお前に惚れてるんだ」「……そうですね。まずはフィオに謝ってきます」
「おう。うまくやれよ」
席を立って、階段を上る。
フィオの部屋は店の屋根裏部分にあるのだが、ふと見れば僕の部屋から明かりが漏れていた。
「……フィオ?」
部屋を覗き込むと、椅子に座ったフィオが僕をじろりとにらんだ。
まいったな。これは相当怒ってるぞ、たぶん。
「楽しみにしてたのに」
「うん。ごめんね」
俯いてぐずり出すフィオの頭をそっと撫でる。
これで正しいのかどうかわからなくて、少々恐ろしくはあるが……こうするのがいいと思った。
「約束を破っちゃって、悪かったと思ってるよ」
「……ほんとは、わかってるもん。ケンは冒険者だから、先のことなんてわからないって」
「本業は錬金術師なんだけどね」
そう軽く苦笑して見せるものの、それで気持ちが晴れるものでないことはわかっている。
「不安なの。ケンがもう帰ってこないんじゃないかって」
「まさか。必ず戻ってくるさ」
「ほんとに?」
「もちろん。ええと……その、どう言えばいいか」
どう声をかけるべきかまごついていると、青い立方体がふわりと出現する。
そいつは踊るようにくるくると回って、余計なことを口にした。
「これでマスターはあなたのことを意識しているんですよ、フィオ。うまい言い回しが見つからなくてヘタレていますが」
「……ゾーシモス……お前さ、もう少し空気ってもんを……」
そのやり取りに、フィオが小さく笑って俺の背に手を回す。
「ふふっ。じゃあ、帰ってくるまでに考えておいてね、ケン」
笑うフィオになんとか抱擁を返しながら、僕はすっかりと固まってしまった。
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