10.噂の錬金術師
「え? 僕をパーティにですか?」
レッサー・タラスクから冒険者一行を救い出してから三日。
『踊るアヒル亭』の調理設備を改造していた僕の元には、ベオが訪ねてきていた。
そして、彼は何故か僕をパーティに勧誘などしている。
「ああ。どうだろうか?」
「理由を尋ねても?」
魔導式を刻んで竈の火力調整をしつつ、僕は尋ねる。
ながらで話を聞くというのも失礼な話かと思うが、作業中に話し始めたのはベオの方なのだから勘弁してもらうとしよう。
「お前の作る魔法薬や魔法道具が実用に耐える……いや、強力だからだな」
「まぁ、僕はそこらの錬金術師とは一線を画しますからね」
今も、昔も。
だが、それは今の方が顕著だろう。
「お誘いは嬉しいのですが、当面の目標としては研究室の設立を目指しているので、パーティに入るというのはちょっと……」
「研究室?」
「錬金術屋さん、ってところでしょうか」
何とも不思議な言葉になったが、わかりやすくしっくりはくる。
おそらく、ベオにも伝わったはずだ。
「商店みたいなもんか?」
「まあ、似たようなもんです。必要な魔法薬や魔法道具を作成、あるいは僕自身で様々な問題を解決する拠点です」
「んなら、冒険者でいいんじゃねぇのかよ?」
「似て非なるものなんですよ。まあ、仕事の結果は同じかもしれませんが」
【スーパーかまどシステム薪いらず君】の調整を終えて、僕は立ち上がる。
「よくわかんねぇけど、お前がそういうなら仕方ねぇな」
「せっかく誘ってもらったのにすみませんね。声をかけてくれたら手伝いくらいはしますので」
「ありがとよ。ああ、そうだ。忘れるとこだった……別要件で来たんだ」
そう告げるベオを、食堂のテーブルに誘導する。
「別要件ですか?」
「ああ」
軽くうなずいて、懐から巾着状になった麻袋を取り出すベオ。
それは少しばかり重いものらしく、テーブルに置くとずしりとした低い音がした。
「お前の金だ」
「お仲間に使った魔法薬の代金はもういただいてますよ?」
しかも、僕的にはちょっと割高で(出張費を上乗せさせてもらったのだ)。
「そっちじゃねぇよ。レッサー・タラスクの討伐報酬だ」
「あれに関しては現地で素材を採取させてもらったので無料って話になった気がするんですけど」
「そうはいかねぇよ。それは冒険者の信義に反する」
とはいえ、レッサー・タラスクは現地で解体して、主要な素材を回収させてもらった。
その際に、面倒な解体作業を手伝ってもらったし、僕自身は討伐依頼を受けたわけではないので報酬については受け取らないということで話がついていたハズなのだが。
「オレらの分はもう抜いてある。お前は今回の依頼に仮加入で参加したってことにしておいた」
……しておいた? 過去形?
「ギルドに行ったら昇級申請をしろよ?」
「は、はあ……わかりました」
僕は僕の知らない所で昇級してしまったらしい。
まぁ、冒険者信用度とやらは社会的信用に繋がるようだし、あって困るものでもなかろう。
「ベオウーフさん! どうしてこんなところに!?」
飲み物を持ってきてくれたフィオが驚いた様子で声を上げる。
「こいつに用があってな」
「知り合い? フィオ」
「とんでもないわよ。ベオウーフさんは有名人なんだから! この町一番の冒険者といったっていいくらいよ?」
はしゃいだ様子で顔を輝かせるフィオは、普段のしっかりした感じと打って変わって、年頃の娘らしい雰囲気だ。
……普段からそうしていればいいのに。
「ベオって有名人なのか」
「まあな。ま、いま界隈で噂なのはお前だけどな」
「……ん? 僕? なんでさ?」
フィオから受け取った果実水を一口飲んでから、少しばかり驚く。
噂になっているなどと思いもしなかったし、ゾーシモスからもそういった報告は受けていない。
「突然現れた錬金術師を名乗る新人が、『バックル防衛隊』に秘薬を納品したとか、光剣魔術を十本以上放ったとか、大鎌でタラスクの首を刎ねたとかだな」
「噂が独り歩きどころか全力で走ってるじゃないですか……!」
「でも、お前がオレに押し付けたアレ、【治癒の秘薬】だって鑑定結果が出たぞ?」
首をひねるベオにため息を吐き出す。
あんな『お薬箱の常備薬』のようなものを秘薬などと……。
本当に錬金術が廃れてしまったことを痛感する。
「でもケンがすごい錬金術師なのは間違いないわよね」
「この程度ですごいなんて言われるのは逆に心外ですよ。ああでも……【スーパーかまどシステム薪いらず君】は自信作だから期待してくれ」
『小型ドラゴンのブレス』から『消えかけの蝋燭』の火まで二十段階の火力調整に、火災防止装置、保温機能まで完備した、あらゆる料理に対応したかまどだ。
これ一つでいかなる火加減も可能にする夢の魔法道具である。
「名前は何かいいのをゾーシモスに考えてもらいましょ……」
「そんな……!」
「ケンったら、とっても優秀なのにネーミングセンスが壊滅的なんですもの」
くすくすと笑うフィオに釣られて、ベオも笑う。
僕としては少しばかりいたたまれない空気だが、まぁ……二人が楽しそうにしているならいいさ。
「ま、良くも悪くもお前に注目する奴が出てくる。困ったことがあったら言ってくれ」
「ある程度は自分で何とかしますよ」
「ガキのくせに可愛げがねぇ!」
見た目はともかく中身は君より年上だからね、僕は。
しかしながら、忠告は有難く受け取っておこう。
噂の早さと厄介さは、前世で身に染みてわかっているつもりだし。
「それより、店を開ける前にどう? その、ベオウーフさんも一緒に」
「やれやれ、僕をダシに使ったな? まったく。でも、まあ……付き合ってくれよ、ベオ。ここの料理は絶品なんだ」
僕の言葉にベオが大きくうなずく。
「巷で噂の錬金術師お墨付きだ。是非、ご相伴に預かろう」
ベオの返事に満面の笑みを浮かべたフィオは、奥で仕込みをしている父の名を呼びながら厨房に走っていった。
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【用語解説】
・【スーパーかまどシステム薪いらず君】……ヴァイケンが設計・錬成を行った厨房システム。フィオでも安全に調理ができるように作られており、調理補助アームも備えている。環境魔力を炎に変えて加熱するため、薪はもはや必要なくお財布にも優しい。簡易人工妖精を搭載しており、500以上のレシピを記録、再現できる。
・仮加入……普通、依頼は個人かパーティ単位で受注を行うが、それ以外の冒険者がそれに関わる場合にこの言葉が適用される。傭兵やお手伝いのような者を指すが、冒険者信用度も加算されるので、パーティ加入せず、これを専門に行うスポッターを名乗る冒険者も少なからずいる。
・そう言った報告は受けていない……もちろん、ゾーシモスの悪戯である。
・【治癒の秘薬】……真の秘薬である【生命の秘薬】を見たことがない現代人が、遺跡から発掘される治癒魔法薬を呼称するときの名称。
いかがでしたでしょうか('ω')
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