1.五百年ぶりの目覚め
はい、皆様ごきげんよう。うなぎでございます('ω')
新作をご覧いただきありがとうございます、軽い感じで書き進めてまいりますので、ぜひ御笑覧くださいませ。
「む……」
小さく唸りながら、僕は目を開く。
開いたところで、周囲は真っ暗だったわけだが。
しかもなんだか埃っぽい。
「〝起動〟。灯りと空調を」
卵型のベッドから起き上がって僕がそう告げると、近くにあった照明設備におぼろげながら光がともった。
はてさて、これはどういうことだ。
僕が眠っている間に、研究室はどうしてこんなに荒れ果ててしまったのだろうか。
薄い灯りに照らされる我が愛しの研究室。
床はひび割れ、壁は崩れて、落ちた天井は立ち上がるとすれすれだった。
すれすれ? そう言えば、随分と視点が低い。
「おっと、これは……困った副作用だな」
おぼつかない灯りに照らされた自分の手足を見て、僕はそう独り言ちる。
どうやら、実験そのものはうまくいったらしい。
僕──ヴァイケン・オルドは、自ら提唱設計した【転生の揺籠】により、記憶を保持したまま再度僕としてここに誕生したのだ。
ただ、肉体構成の組成方式の不備は自覚しており、その不安は的中した。
僕の体は望んだ二十代ではなく、十代前半で構築されたようだ。
まあ、実験そのものはうまくいったのだから些細な誤差だろう。
何より、呼吸はしやすく咳も出ない。
つまり、僕をあれほど蝕んでいた死の病は最早存在していないのである。
自分を試作魔法道具の人体実験に使うなんてどうかしてる、などと同僚や弟子たちには止められたが、思いのほかうまくいったようで何より。
さて、問題はなぜ研究室がこのような有様なのかということだ。
これではまるで廃墟ではないか。
「〝起動〟。ゾーシモス、状況の説明を」
「イエス、マスター。実に五百二十一年と十七日ぶりの呼びかけですね」
「は?」
空中にふわりと現れた、青く半透明な立方体が不安になる言葉を発した。
「何と言った? 僕が実験用の【転生の揺籠】に入ってから何年たった?」
「マスターがあのいけ好かない卵に入ってから、五百二十一年と十七日が経過しています」
「嘘だろ……?」
僕の言葉に何も答えず、【支援型人工妖精】がくるくると回る。
「研究室はどうなった? みんなは? モーディス王朝は?」
「アーカイブによりますと、モーディス王朝は滅亡。その際に、当オルド研究室を含む複数の研究室と賢人塔が破壊されました」
「破壊? 戦争でも起きたのか!?」
「災害によるものとの、ごく端的な情報だけが残っています。アーカイブも事実のみで詳細情報の記載がありません」
それもそうか。
知識の収集と検証、および記録は賢人塔の連中がやっていた。
その賢人塔が破壊されたなら、記録だって端的になる。
「少し落ち着こう」
「それがよいかと思います」
くるくると回るゾーシモスに小さく溜息をつきながら、僕は混乱する頭を何とか冷やそうとする。
概念転換器である【真理の卵】を改造し、理論上の自己保存・自己構築・生体出力を可能にした【転生の揺籠】は、いわば生まれ直しを行うための魔法道具だ。
当時、『ベラドンナの抱擁』と呼ばれる不治の病に侵されていた僕は、遠からず訪れるであろう死を悟り、自ら検証中だった【転生の揺籠】の実験体となることを決意した。
手に乗るほどの小動物でも転生には半年ほどもかかる魔法道具。
人間、しかも病魔に侵されて機能不全を起こした僕が正常に再構築されるには数年はかかるだろうとは思っていたが……まさか、数百年もかかるとは予想外の結果である。
しかも、成功してみたら研究室どころか国まで滅んでいるなど、思いもしなかった。
「……いや、錬金術師としてはアリか」
「マスター?」
「ゾーシモス、僕たちは運がいい。生まれ直しと時間跳躍を同時になしたと思えばいいんだ」
「歪んだ前向きさに感服いたします、マスター」
自分で設計しておいてなんだが、どうもコイツは些か口が悪い。
だが、この気安さは今の僕にとって心の救いかもしれないとも思う。
「使えそうなものがあれば確保して、ここを出るとしよう。輝かしき黄金のモーディスから五百年もたっているんだ。いったい何が見られるのか実に楽しみだ!」
「イエス、マスター。周辺の走査が完了しました。破損していない設備及び器具を表示します」
ゾーシモスが青い粒子状の光を振りまき、薄暗く崩壊した研究室の数か所を示す。
僕のような散らかすタイプの錬金術師は失せモノも多いから、と後輩が組み込んでくれた機能だ。
「『水晶卵』も『錬金炉』もあるじゃないか。『碧玉の板』も! これだけあれば、基本的な錬成はだいたいできるな」
使えそうなものを手当たり次第に位相空間に存在する収納に投げ込んでいく。
「あと、そちらの隅に」
ゾーシモスの小さな粒子に誘われて視線を向けると、赤い液体が入った小瓶が見えた。
それを見て、思わず心が躍る。
「【賢者の石】まで! これはついてる」
「この状況でその言葉が出てくるなんて、マスターは少しばかり正気を失っていますね」
ため息を吐く機能などないはずのゾーシモスが、ため息をついたような気がした。
まったくもって、失礼な奴だ。
「何とでも言え。それよりも、周辺地形はどうなっているんだ?」
「賢人塔がないために、魔導ネットワークを利用した周辺走査は不能です」
「現存する賢人塔はないのか?」
「ここより西、およそ75ロメート地点にシグナルが存在します。おそらく、『サルヴァン新興都市群』に設置されたものでしょう」
賢人塔が機能しているなら、それを管理している錬金術師なり賢人なりがいるはずだ。
それが知り合いである可能性は皆無であるが、少なくとも人間は住んでいるのだろう。
それに、あそこは僕の古巣でもある。
懐かしい場所だ。
ここ──『モーディス王都』に招かれる前は、『サルヴァン新興都市群』で研究室を構えていたのだ。
新たな門出を始めるにはいい場所かもしれない。
「うん? 待てよ? あそこなら〝跳躍転移〟できるんじゃないか?」
〝跳躍転移〟は僕たち錬金術師や賢人にとってなじみ深い移動手段だ。
主に、賢人塔と賢人塔を繋ぐネットワークとして存在し、大きな荷物は運べないが人間一人と手荷物程度なら距離を関係なく移動できる機能がある。
「モーディスの賢人塔が全て崩壊しておりますので、やや精度にかけますよ?」
「75ロメートも徒歩で歩くよりはましだろう」
「さて。わたくしは歩いたことがございませんのでわかりかねますね」
ゾーシモスのやつ……!
「まあいいや。やってくれ」
「イエス、マスター。座標指定『サルヴァン新興都市群』──〝跳躍転移〟開始」
ゾーシモスの放つ青い光に包まれて、僕は崩壊したかつての研究室からふわりとエーテルの風に乗った。
いかがでしたでしょうか('ω')?
「面白かった!」「続きが気になる」などありましたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただけますと嬉しいです。
【用語解説】
・錬金術師……錬金術によって現実を改変しうる者。錬成により物質と概念を曖昧にして、別の何かに置換・変成をなし得るもので、五百年前はあらゆる問題の解決に立ち向かった。
・研究室……錬金術師が構える拠点。オフィスと住居、そして実験室を兼ねる場所。
・魔法道具……主に錬金術師が作り出す、魔法の道具、あるいは魔法そのもの。広義には魔法薬もここに分類される。
・【支援型人工妖精】……自律思考型AIを搭載したスマート家電みたいなもの。本来は賢人塔とリンクした運用を行うもの。
・賢人塔……五百年前は多くみられた賢人たちの住居兼書庫。知識と真理の収集と整理を行う変人たちが建てる魔法的ランドマーク。各地を転移で繋ぐ交通拠点の役割もあった。
・モーディス王朝……五百年前に錬金術で栄えた王朝。『輝かしき黄金の』と前置きが付くほどに豊かで穏やかな時代であったが、何らかの災害で崩壊。
・収納……モーディス王朝時代の錬金術師や賢人が利用していた異空間の鞄。個人の資質にもよるが、荷馬車三台分程度の物体を収納できる。
・跳躍転移……賢人塔間、あるいはゲート間を移動する技術。座標の指定があれば、人工妖精の助けで一方通行に跳ぶこともできる。
・ロメート(距離単位)……読者視点において、1ロメートはおよそ1キロメートルである。
・エーテル……世界に満ちる魔法的な空間要素。環境魔力の別名。錬金術師はこれを錬成することで様々な魔法的現象を引き起こすことができる。
☆☆☆☆☆はこの下!
広告の少し下にあるよ!