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灼炎のリバーサル  作者: 神原綾人
1章 王江戸の国篇
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7話 サイバ・カイリ

父さんは悪くない。僕が悪いんだ。


サイバ・カイリは街唯一の武道場の跡取り息子として生まれた。

小さな頃はとにかく活発で、憧れの父に武道を教えて貰っていた。

将来は父のような武道を武道家になろうと志していたのだ。


しかし、カイリは気付いてしまったのだ。

自分に格闘のセンスが全く無いことに。

本格的にそれを自覚したのは、10歳の頃だった。

その頃からリューガたちと仲が良かったカイリは能力に目覚めた……と些細なことで喧嘩をしてしまい、

圧倒的に屈服させられた。

地面に叩き伏せられ、抵抗することも出来ずに、ただ泣き叫ぶことしか出来なかったのだ。

それだけならまだ心が折れなかったかもしれない。

だが、カイリを倒したのは同い年の女の子で、しかも、3秒足らずの出来事だったのだ。


コハクは自分のやってきた10年間が自分よりも非力そうな女の子にへし折られ、武道の道へ進むのを諦めた。

能力には己の力でも敵わないのだ。


カイリの能力は、身体能力の『強化』ではなく、『倍化』なのである。

元の力が弱ければ大した強化も見込めない。


カイリは武道を辞め、ひたすら勉学に励んだ。

何があっても学ぶことをやめなかった。

それは、カイリに出来る自分がここにいるという存在証明のようなものだったからだ。

戦えないカイリに残された最後の道筋、それが『知識』としてカイリを形作った。


結果としてカイリはありとあらゆる知識を手に入れ、大人からも頼られるほどの博識者となった。


しかし、カイリが道場を継がなかったために父は道場を畳んだ。

父は酒に溺れ、カイリに当たりこそしなかったが、カイリが武道から離れたのを深く悲しんでいた。

カイリはもちろんその事を知っていたし、申し訳ないと思っていた。

でも、どうすることも出来なかったのだ。

身体能力を『倍化』するという能力もカイリはもう暫く使ってはいなかった。


カイリは父の悲しみと自分の弱さに潰され、何もかもがどうでも良くなってしまった。

知識があっても父は喜ばない。

でも、自分に力はない。


そんなカイリを救ったのはリューガの一言だった。


「カイリ、お前が何に悩んでるのかは分からないけどさ。お前の能力は弱くなんて無いだろ? 数字だって、足し算よりも、掛け算の方が沢山数が増えるじゃねぇかよ! だから、どんな奴でも2とか3を足すよりもさ、2とか3を掛けたほうがでっかくなるだろ! 俺はよくわかんないんだけどな!!」


「お前は何を言ってるんだ。大体、1には何を掛けたって足し算には勝てな……」


カイリはリューガの発言が引っかかっていた。


「2倍や3倍……仮に僕の能力が身体能力の倍化だとすれば2倍だけじゃなく、何倍にも増やせるかもしれない……!!」


結論からすると、カイリは身体能力の3倍強化までは行う事ができた。

それ以上は体に負荷がかかってしまい、耐えることが出来なかったものの、カイリにとっては大きな心の支えとなった。


「そうか……! こんな簡単な事に気付かなかったなんて、これなら……!!」


3倍と聞くと、運動能力の少ないカイリにはあまり強くなったようには見えないかもしれない。

だが、カイリの能力は決して1では無く、小さな頃に積み重ねてきた武道が確かに積み重なっていた。


さらにカイリは身体能力を部分的に倍化させる事にも成功した。

その中でもカイリの指は恐ろしい力を秘めていた。

それもそのはず、カイリは武道の道を捨ててからひたすらにペンを握り続けていたのだ。

この世の誰よりも勉学に熱心になり、ひたすら指を鍛え続けたカイリの指は、強靭な筋肉が、確かに身についていた。


それからカイリは持ち前の知識を活用して、武道場を再建した。

父は病に倒れて亡くなってしまったが、カイリは父の願いを叶えたのだ。






「なーんだ、この程度かニャ。」


膝をつくカイリを見下しながら、ベリスはつまらなさそうにため息をこぼす。


「もちろん……まだまだこれからさ。そういうお前も、もう限界なんじゃないのか?」


カイリは息を荒げながらも冷静さを保っている。

ベリスも先程の巨大な化け猫の状態から一回り縮んだようで、身体から煙が吹き出している。


「お前の鉛玉がなかなか厄介でニャ、こっちも精神的に参ってきてるニャ。」


「それは、どうもッ!」


カイリはベスから受け取った鉛玉を超スピードで撃ち飛ばす。

しかし、ベリスを捉える鉛玉は寸前で避けられる。


「鉛玉を飛ばした後に隙が出来るってのに、そろそろ気付く……ニャッ!!」


ベリスがカイリを切り裂こうと飛びかかってくる。

カイリはそれを躱そうと足に力を込める。


「……ぐッ!」


しかし、能力の反動がカイリを襲った。

避けきれないと察したカイリは手のひらを地面に押し付ける。


部分身体倍化(パラド・ブースト)!」


指に力を込めて押し込むと、地面が大きく砕ける。


「甘いニャ! フンッ!!」


ベリスは空中で回転し、鋭い爪を振り回す。

それはカイリの背中を捉え、抉り取る。


「……ッッ!!」


「これで悲鳴を上げないなんて立派なガキだニャ! でも、流石にその傷は致命傷ニャ。」


ベリスの言う通り、カイリの背中から血が止まらない。

頭がクラクラして、意識も遠のいてきた。

そんな意識の中、カイリは考える。

リューガ達は神子の下に辿り着けたのか。

コハクとミコトは敵を倒せたのだろうか。

避難所の人達は無事だろうか。


だが、カイリは自分のことや、敵を倒す方法などは全く考えなかった。


「僕はな……昔リューガに助けられたんだ。」


「何のことニャ? お前もう喋んない方がいいと思うニャ。」


カイリは続ける。


「僕は、決して強くはないんだ。能力の活用方法がわかった後も、みんなには勝てなかったんだよ。」


カイリが立ち上がり、そこにベスが歩み寄る。


「誰かに頼られる時、誰かを手助けする時、誰かを守る時。僕はそういう時がものすごく嬉しいんだ。」


カイリはささやかな笑みを浮かべる。



「僕は、この能力(ちから)を誰かのために使うんだ!」


付与身体倍化(デクト・ブースト)ッ!!」


カイリがベスに手を当て、能力を発動させる。

ベスは黒い霧に飲まれ、全身が漆黒の筋肉によって包まれる。


「こいつは僕と違って戦闘に特化した犬だからな。楽に殺してもらえると思うなよ?」


ベスの体格がカイリを越えてもなお、膨張を止めない。

ベスの膨張が止まる頃には5mはあるだろうかという巨獣と化していた。

その漆黒の皮膚は鈍く光り、牙は人の腕ほどはあるだろうか。


「待たせたな、『地獄の番犬 ケルベロス』、アイツを咬み殺せ。」


ベスが周囲の空気を木っ端微塵に吹き飛ばすかのように咆哮を上げ、ベリスに襲いかかる。

ベリスはその場で腰が抜け、地面に膝をつけている。


「こ……こんなの、聞いてな、いぃぃ!! 知らない! こんな化け物がいるなんて、私、知らな……ッ」


急いで後退りするベリスにベスが一歩ずつ近づいていく。


「お前は獣になりきれてなかったんだよ。死の間際に人として恐れてしまったのが、逃げの判断を遅らせたんだ。」


噛み砕かれるベリスに向けて、カイリは静かに囁いた。






その場に伏せるカイリが血を吐き出す。

意識はいつ途切れてもおかしくない。


「ベス、お前にも無理をさせたな……10倍の負荷は、僕も、お前も体への負担が大きすぎる。『アレ』をしたら、直ぐに解除してくれ。」


ベスはカイリに近づくと、己の前足を噛みちぎる。

そして、その血をカイリの背中に注ぎ込む。


その血を浴びたカイリの傷は、黒く染まり、傷が瞬く間に回復する。

しかし、その傷跡は漆黒に染まり、おぞましいものになっている。


「……はぁ、はぁ……これが獄血(ごっけつ)か。身体に異物感があるが、死ぬよりはマシだろう。ベス、そろそろ戻れ。」


ベスは元の大きさに戻り、千切れた腕は何事もなかったかのようにしっかりと付いている。


「……急ごう、リューガ達の下へ。」


カイリは大樹の間に向けて歩き出した。

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