ポインター家の優雅な日常
◇◇◇
「あら珍しい、お兄様が家にいらっしゃるなんて」
マリーが勉強を終えて自室から出てくると、珍しく兄のリチャードが居間でくつろいでいた。リチャードは騎士団に所属しており、たまの休みも乗馬だ狩りだと出かけてばかりいるため、日の高いうちから家にいる姿を見るのは久しぶりだ。しかも、小さいころから剣術ばかりだった兄が、魔法石を使って何やら熱心に文章を読んでいるではないか。
「ん?ああ、マリーか。実は面白いものを見つけてね」
マリーに気が付いたリチャードは機嫌よくマリーを手招きする。
「見てごらん。これなんだけど」
「これは……素人が自作の小説を発表するサイト……なのかしら?」
リチャードが熱心に見ていたのは、誰でも気軽に小説を投稿することができる「小説家になっちゃえ」というサイトだった。なんでも異世界最大級の小説投稿サイトらしい。
「うん、僕もそう思ったんだけど、実は人気プロ作家の作品も多く掲載されていてね。あまりに面白くて今日は予定を変更して読書することにしたんだ」
「まあ!読書ぎらいのお兄様が夢中になるなんて!……それってそんなに面白いの?」
「ああ、マリーは本が好きだろう?すでに家じゅうの蔵書を読んだらしいな。ここなら色んなジャンルの作品から好きな作品を選んで読むことができるぞ。しかも毎日新しい作品が投稿されるから読み尽くす心配もない」
(読み尽くす心配がない……)
リチャードの言葉にマリーの胸が甘くときめいた。マリーは小さいころから本が大好きで、読書が唯一の趣味といっていいほどの読書マニアだ。だが、所詮は無料の小説サイト。あまり質のいい作品が揃うとは思えない。普段読むようなプロ作家の作品と比較すると見劣りしてしまうのではないか。読書は好きだがあくまでも「面白い本」が好きなのだ。活字ならなんでもいいというわけではない。
「お兄様がそんなにおっしゃるなら私も読んでみようかしら。まあ、お兄様と違って有名作家様の本を何千冊と読んできた私が満足する小説なんて、そうそうないと思いますけど」
皮肉気にふふんと笑うマリーの言葉にリチャードはにやりと笑って答える。
「きっとハマると思うよ」
◇◇◇
───1か月後
「きゃああああ!私の大好きな「聖女なんてやめてやるっ!」がランキング上位に入りましたわっ!応援してきた甲斐があったというもの!ああ、なんと私の敬愛するルクタン先生が書籍化決定!いますぐ『あまんぞん』に予約を入れなければ!」
すっかり「なっちゃえマニア」と化した妹を生ぬるい目で見つめるリチャード。
「ほらね。マリーは絶対ハマると思ったんだ」
「ふふ、こんなに素敵なサイトを教えて下さったお兄様には感謝しておりますわ。お兄様こそ、すっかり読書家になりましたのね」
「ああ、『騎士物語』を読んでいると共感することが多くてね。主人公の剣に対する真摯な態度を見ると応援したくなってしまうんだよ」
「わかりますわ。『なっちゃえ』のいいところは、私たち読者が作者を直接応援できるところですわね」
「直接応援?」
首を傾げるリチャードにマリーもまた首を傾げる。
「ええ。ブックマークや評価、感想にレビュー。色々な応援方法がございますけど」
「何それ……」
「まあ、お兄様ったら毎日利用しているのにご存じなかったの?」
リチャードの言葉にマリーは目を丸くした。最初にアカウントを取って読み始めたマリーは、てっきりリチャードもそうしていると思っていたのだ。
「知らなかった……それって難しいの?」
「いいえ。アカウントさえとれば誰でも気軽にできますわ」
「アカウント。そうか。そういう仕組みだったんだな。てっきり小説を投稿する人しかアカウントは必要ないと思っていたよ」
リチャードの言葉にマリーはにっこり微笑む。
「アカウントを取らなくても小説を読むことはできますが、アカウントを取ると読みかけの小説にしおりを挟んだり、好きな作家さんをお気に入り登録したりすることができますのよ。お兄様は今長編小説を少しずつ読んでいるでしょう?きっとユーザー機能があったほうが便利だと思うわ」
「そうなんだ。早速登録してみるよ」
「でも一番のポイントは、感想や評価、レビューを送って作家さんを応援できることかしら」
マリーはうふふ、と含み笑いをする。
「感想やレビューはわかるけど評価っていうのはなんだい?まさか評論家みたいに作品を一つずつ評価するのかい?」
「ん~?そうね。評論家みたいに評価して楽しんでいる人もいるかも知れないわね」
「僕はそういう堅苦しいことは嫌いだな」
とたんに渋い顔をするリチャード。
「ふふ、大丈夫。評価はポイント制度って言って、面白いと思った分だけ星を入れればいいの」
「星を入れる?」
「ええ。作品の下のほうに星のマークがあるでしょう?そこを押すと色が変わるの。星の数だけポイントが貯まって、ポイントが上の人がランキングの上位に行けるシステムなのよ。ちなみに星1つは2ポイントね」
「へえ、良くできてるなあ。じゃあ僕は読んだら星印を押すだけでいいってことか」
「ええ。別にそのくらいなら面倒じゃないでしょう?」
「そうだね。そのぐらいなら面倒臭がりの僕でもできそうだ。ちなみに5つあるけど、マリーはどうやって星の数を判断してるんだい?」
「私は面白いと思った作品全部に星5を入れているわ。逆に面白くないと思ったらゼロよ」
「マリーは意外と好き嫌いがはっきりしてるんだね」
「そうね。人によっては明確に星の数の基準を定めている人もいるし、そのときの気分で付ける人もいるわ。そこは読者の自由じゃないかしら」
「そうなんだね。じゃあ僕は面白かったら3、すごく面白かったら4,最高に面白かったら5にしようかな」
「お兄様の自由にしたらいいと思うわ。誰からも何も反応がないっていうのは作家さんにとって想像以上に辛いものなの。評価ポイントやブックマークポイントは素敵な応援になるでしょうね。特にポイントが少ない作家さんほど大喜びしてくれるわ」
「え?そんなに喜んでくれるのかい?」
リチャードは愛読している『騎士物語』のポイントを確認してみる。題名に惹かれて読み始めたがまだポイントが入っていない。早速評価を押してポイントを入れてみる。
「もちろん!ちなみにブックマークには2ポイントが与えられるわ」
「へえ。ブックマークにもポイントが入るんだね」
そう聞いてそっとブックマークを押す。これで2ポイント。
「ブックマ―クと星でひとつの作品に最大12ポイント入れることができるのよ。ジャンルによってはとても大きなポイントになるの」
「これで僕の好きな『騎士物語』の作家さんが喜んでくれるといいんだが」
「きっと喜んでいると思うわ。でも、直接交流したいなら感想やレビューを送るのもいいわよ」
感想欄、レビュー欄を確認するとまだ誰も感想やレビューを書いていない。そこでリチャードは簡単な感想を書いて送ってみた。
『いつも楽しく拝見しております。同じ騎士として共感することが多く、主人公の生きざまに憧れます』
するとすぐに作者から返信がくるではないかっ!あまりの反応の速さに驚いてしまう。
『読んでくれて本当に嬉しく思います!実は誰にも読んでもらえないのなら連載をやめようかとも考えていたところで。でも、読者が1人でもいるなら続けていきたいと思います。これからも応援してくれると嬉しいです!』
そこには喜びにあふれた言葉が書き綴られていた。
「本当だ。すごく喜んでくれてるみたいだ」
リチャードもまた、憧れの作家さんから返信があったことに喜びを感じていた。今までどことなく感じていた作家と読者という境界線がぐっと低くなった気がしたのだ。
「あら、もう感想返信を貰えたの?たまたまサイトにログインしてたんでしょうね」
「ふう~ん。こうして作家さんと交流できるの楽しいかも」
リチャードの言葉にマリーはにこにこして答える。
「ええ、私も同じ気持ちだわ。これからも素敵な作家さんたちを応援していきましょうね!ちなみに私の推し作家さんが最近書籍化しましたの。早速本を入手したのでお兄様も読まれます?」
「もしかして……」
「ええ、身も心も凍る最強ホラー小説ですわっ!」
「うう、僕、ホラーは苦手なんだよね……」
「ではこちらの異世界恋愛系を!」
「あ~、うん、それならまあなんとか……」
こうしてますますなっちゃえの沼にハマっていくマリーはある日ついに自分で小説を書き始め、なっちゃえ作家への道を突き進むことになる。しかも、仲良く交流していた推し作家さんが実はちょっぴり不良のイケメン同級生で、お互い正体に気付かないまま恋に落ちてしまうのだが……それはまた別のお話。
そしてリチャードが愛読している「騎士物語」の作家が実は騎士団長で、小説のセリフをしきりに叫びながら訓練に励むリチャードを生暖かい目で見ているのも、また別のお話なのであった。
おしまい
四月咲香月さま(かずにゃん)から素敵なFAをいただきました!
ポインター家の優雅な日常1
ポインター家の優雅な日常2
ポインター家の優雅な日常3
ポインター家の優雅な日常4騎士団長の憂鬱
ポインター家の優雅な日常5
ポインター家の優雅な日常6 ドレスアップした騎士団長
団長は第三皇女(笑)
空野 奏多様から素敵なFAをいただきました!
ポインター家の仲良し兄妹
読んでいただきありがとうございます(*´▽`*)