交渉は理性的に行いたい
夕闇が迫る中を無数の蹄と、シャリシャリという金属のこすれる音が止まる。
レヘティ村から草原と丘を抜け、長耳族と避難民たちが暮らす北の森の入り口の前で竜騎兵たちは陣を張った。
前情報通り、鎧を脱ぎ、馬の世話を始めたころを見計らってこの身をさらす。
「おくつろぎのところ失礼する」
艶のある蒼紫の布地に真紅の縁取り、派手と断じるには奥ゆかしく、凡庸とは違う存在感がある。宵闇迫るこの状況におあつらえ向きだろう。
「あまりこういうのは得意ではないのだがね」
存在感を強調するように、ゆっくりとした動作で、手にした金属を打ち鳴らせば、急激に視線が集まる。
「何者だ!?」「どこから入った?」「敵襲!」「鎧を着ろ!」「武器を出せ!」「子供?」「とりあえず身を隠せ!」「敵なのか?」「どういうことだ?」
蜂の巣をつついたようになりながら、物陰や立てたばかりのテントに身を隠しながらも竜騎兵たちは臨戦態勢を整える。この辺りはさすが精鋭部隊といったところだろう。
さて、そろそろだ。
このまま弓矢の的になるのは勘弁願いたい。
話し合いにはまず拮抗した状況が必要となる。これはその布石。
「さぁ諸君、出番だ」
引き絞られる弓矢を意識しつつ、もう一段激しく金属を打ち鳴らせば、森の中で多くの火が灯り、木々が打ち鳴らされる音が響いた。
竜騎兵たちに動揺が走る。
背後の森にはライハやリハヴァ、ウォルナットを中心とした別動隊が控えていて、打ち合わせ通りに動いてくれる。
火という視覚効果、反響を利用した重圧感は、あたかも私の後ろに何百という数が隠れているように錯覚させるはずだ。
加えて、火や音に驚いたのは竜騎兵ばかりではない。森の中に住む鳥が驚き、空に舞う。
そのこと自体は当然といえば当然なのだが、ただでさえ混乱した竜騎兵たちは異様な光景に動きを止めた。
「ああ、下手に動かない方が良い。君たちは包囲されている。私に何かあると、君たちも無事では済まないよ」
嘘だ。
竜騎兵の数は四〇余り、こちらは老人や女子供が多い避難民にひ弱な長耳族、実際の争いとなると圧倒的に不利なのはわかっている。
だが、それは相手からは見えない。篝火をたき、人の目が届かない暗がりから音を出すことであたかも大群に囲まれているように錯覚させる。
『……』
たくさんの、無言の圧力が体を突き刺されるが、気にしない。この程度、渋谷のスクランブル交差点や新宿アルタ前、国会に比べたら何でもない。
「私は、諸君らと交渉に来た」
私の声だけが静まり返った野営地に通る。
手近な、竜騎兵たちが持ってきたであろう荷物入れの箱を見つけて飛び乗る。
元の体の身長があれば小細工はいらないのだが、仕方あるまい。背中に西日を背負い、できるだけ背筋を伸ばして体を大きくした。
「何者だ、貴様?」
「名乗るほどではないが……ゼラススとしておこう」
ゼラススを名乗ったのは、深い意味はない。
本名を名乗ってもいいが発音がし難いらしく、正確に呼べはしないだろう。仮初の体、仮初の立場なのだから名前も同じで構わない。
「そのゼラススとやらが、なぜこのようなことをする? 我らを王直属の竜騎兵と知ってのことか?」
「勿論だ。諸君らが竜騎兵ということ、王の直轄であること、王都から罪人を追っていることも、すべて知っている。そのうえで話がしたいんだ」
「…………要求を聞く前に包囲をどうにかしてもらおう」
「申し訳ないがお断りさせてもらう。自分に有利な条件を簡単に捨てるわけにはいかない。君たちの前評判は、だいぶ良くないようだからね」
わざと含みを持たせるようにする。
彼らが以前の評判から脱却したいのならば強硬策は取らないはずだ。
しかし、気になるのは私と話す竜騎兵の一人が頻繁に後ろを見ること。
視線の向こうにはテントがある。そう、あのひと際大きい、特別な鎧の竜騎兵がいる場所だ。こういう場合、すぐに出てくるかと思ったのだが、様子見ということだろうか。不気味ではあるがこちらも様子をみよう。
「その代わりといってはなんだが、こちらから手は出さない。出させない。私に何かない限りの話だがね」
「……いいだろう。我々も王の命により血を見ることを良しとしない」
「ありがとう。私の要求を先に伝えよう。王都から逃げてきた罪人たちの罪状確認と、その上での執行猶予、あるいは司法取引だ」
「執行猶予、とはなんだ? それに司法取引?」
「罪があったとしても情状によって一定期間刑の執行を待つことだ。その間の行いによって罪を減じる、あるいはなくすことだ。司法取引は罪と同じだけの功績をもって罪を減じる、あるいは相殺させることを指す。ありていに言えば、罪を金か、行いによってなくしてほしいということだ。その前段階として罪状の確認をさせてほしいのだよ。諸君らの言うところの罪人、私からすれば避難民だが、彼女たちの言い分からすれば難しくないとは思うが、どうだろうか」
私の言葉に竜騎兵たちがざわつく。
彼らに決定権はないのかもしれない。しかし、王の直轄であれば取引を持ち帰ることもできるだろう。その間に時間は稼げるし、新たな方策も見えてくる。
「我々に、刑の執行を留める権利はない。しかし、執行猶予や司法取引というのは認められている。だが、見合った対価を支払えるのか? それができれば逃げるなどしないはずだ」
「確認だよ。さぁ、教えてくれ」
私の催促に竜騎兵たちが慌ただしく動き出し、一人がテントの中から粗末な紙束を持ってくる。
そこから並べられた罪状に、この私ですら目を見張るしかなかった。
「マトカ・ルッコ並びにその家族は主人の財産を着服した罪がある。額は一五〇〇〇レク、その上、夫を殴打して怪我をさせた。二つを合わせて二〇〇〇〇レクを請求する。払えない場合は死刑だ。ヤニス・ペレクリには横領罪、勤め先の金を自分のために使った疑いがある。額は一二〇〇〇レクだ。これも同額を収めなければ死刑。コイラ・レッヘリンネンは主人を毒殺しようとした罪……」
罪状が読み上げられていく。




