事実は切実なもの
『先生、話し合いなどもはや無意味です』
『いかにして相手側の足を引っ張るか、現代の政争はそこにあります』
『相手の弱点を探りましょう! なければスキャンダルを作ればいい!』
そうした主張の元、舞い散る札束は闇に消え、かわりに湧き出すのは不祥事の泉。
調べるほどに今の連中は金を欲し、自分の懐へしまい込む。
それでは経済が回らないということを考えない。
ただ、自分だけを優先し、他人のことなど口では心配しても手を差し伸べもしない。
大企業も近年は内部留保を増やすだけ。
すべては我が身可愛さ故だろう。
個人主義が台頭し、他人を省みなくなった結果だ。
愚かだと思うことは簡単だ。
しかし、それでは何の解決にもならない。さりとて終わりだと嘆くには早い。
私が総理大臣となり、国民の意識改革をして英知を授けて見せる。
そのためには――――。
「聖母さま、聖母さま!」
聞きなれた声に意識が急速に集中して、目を開けた。
「うっ、うん?」
「聖母さま、大丈夫ですか? 私がわかりますか?」
金髪に碧眼、すらりと伸びた手足、素材だけならば一級品だというのに、タレ目とそばかすがどうにも芋臭い田舎娘がそこにいる。
「ああ、サーシャ君か。どうかしたのかね?」
「聖母さま、凄く苦しそうなお声を出されていたので心配しました。頭は痛くありませんか? お体は大丈夫ですか?」
「……頭?……っつう」
「急に動かしてはダメです!」
慌てて制止される。
ぼんやりとした頭が記憶を呼び起こすのに数秒を要す。
そういえば、村人に突き飛ばされてしまったのを思い出した。
「……そう、だったね。頭は……少し痛むが大丈夫だろう。体は問題ない」
「良かったです! 今お水をお持ちしますね!」
安心したのか、サーシャは部屋の奥へ消える。
まぁ、あれくらいは仕方がない。
民衆とは大勢でいるとより混乱しやすいものだ。
私の配慮も足りなかったのだから彼らを責められはしない。
「目が覚めたのか?」
「はい! 今ほどお目覚めになりました」
声がして、サーシャが村長とやってくる。
どこか疲れた様子だ。
「聖母さま、お水です! ゆっくり飲んでくださいね!」
「ありがとう、いただくよ」
カップを受け取り、水を口に含むと噛みながらゆっくりと喉を潤せば、ぼんやりとしていた意識がようやく鮮明になってきた。
「ふぅ、人心地付いた。ありがとう」
「聖母さまのためですから」
「君の献身に感謝を捧げよう。これから少し難しい話をするから、席をはずしてくれるかね?」
「わ、分かりました」
「すまないね」
「いいんです。何かあれば呼んでください!」
私の言葉に少女は戸惑いと逡巡を浮かべてから頭を下げて扉の奥へと消える。
少し酷な言い方だったかもしれない。
だが、この手の話は子供に聞かせない方がいい。
サーシャを見送ってから目の細くなった村長を見上げる。
「待たせたね。文句を聞こうか」
「……体は大丈夫なのか?」
「ほう、心配してくれるのか。ならば先に応えておこう。この程度は問題ない」
「まったく、こうなることは想像できていただろうに」
村長は椅子に座り、頭をかいた。
面倒ごとは御免だと顔に書いてある。
「いずれは、くらいにおもっていたんだがね。だが、彼らの反応は私が想定するよりも過敏なものだった。どうやら竜騎兵のことでピリピリしているようだな」
「当然だ。前に熊狩りに来た時など辺り一帯を巻き込んだ上にかなり暴れて手が付けられなかったからな」
村長が吐き捨てる。
村を預かる立場からしたら頭の痛い問題だろう。
「聞いているよ。ずいぶんな乱暴狼藉を働いた、と」
「熊の捜索だと人家に入り込んで物品を取っていく。無銭飲食など毎日だ。文句を言えば王様からの委任状をひけらかして、自分たちへの反抗は王様への反逆にしてしまう連中だ。皆が無理もない」
「正に虎の威を借る狐だ」
「だが、従うほかない。反抗的な態度をとればどんな目に合うか……。私からすれば王都からの避難民を差し出したい気分だよ。それで帰ってもらえるのなら話が早いものだ」
「だが、先日話したように差し出したところで結果は変わらないよ」
「……だから困っている」
苦々しい顔をする。
不安はもっともだ。
だが、このままでは今後に支障をきたしかねない。不安材料は取り除いておこう。
人差し指を立て、村長の前で振って見せる。
「仮に、竜騎兵に反抗したら、どうなるのだろうね?」
「そんなの、金を要求されて暴力を振るわれるに決まっている。見せしめに殺されるかもしれない!」
「そうかもしれない。そうだ、竜騎兵の人数はどのくらいだったかね」
「? 何が言いたいんだ?」
「一〇〇人はいたかね? まぁ、精鋭部隊といっても避難民の捕縛だ。大人数では笑われる。少ないと思うよ」
「……今回は五〇人もいないと聞いている」
「五〇か。この村の人口は五〇〇人を超えている。女子供は除いたとしても、数の上ではこちらが上だ」
「! あんた、まさか!?」
村長が身構える。
だが、それは想像が豊か過ぎる。悪い兆候ではないが。
「勘違いしないでほしいな。高々五〇人にそこまで怯える必要がない、といっているだけだ。考えてもみたまえ、竜騎兵がどんなに精強であっても倍以上の数を相手にできない。虚勢を張る必要があるということだ」
「そ、それは……」
「いくら王直轄とはいえ、少人数で大多数を従えるというのは骨が折れる。竜騎兵の横暴が演技であってもおかしくない。まぁ、一部の馬鹿が暴走していることも否めないがね」
「……そうだろうか」
顔をしかめる。
悩みをすぐに解消するのは難しい。
言葉を続ける。
「彼らには地の利がない。竜騎兵の実力がお飾りでないとしても見ず知らずの森の中ならばどうかね? 槍や投てき武器なんかは使えないだろう」
「だが、奴らは軍人だ。人を手に掛けることを躊躇しない」
「躊躇せず手に掛けたとして、住民が委縮する保証はどこにもない。逆上して寝込みを襲われ、数を減らされたら笑いものになる」
「竜騎兵は王の直轄だぞ! それこそ激怒して応援がくる。村どころか一帯が粛清させる!」
「それはない」
「どうしてそう言い切れる!」
「君たちが鶏だからだよ」
「鶏? 私たちがか?」
「そう、金を生み出す金の鶏だ。だから安易に殺しはしない」
「鶏……」
「そう悲観することもない。鶏だからこそ守りもしてくれる。熊の時もそうだったのだろう」
村長がうな垂れてしまった。
少し薬が強すぎたのかもしれない。
言葉をもっと柔らかに伝えるすべを身に着けたいものだ。
「続きだ。確かに王の威信は大切だ。しかし、五〇〇人を粛清すれば、影響が残る。そんな王についていけないと思われたら、王というのはお終いだ。まぁ、この辺りは考えなくてもいい」
「アンタは……」
「ん?」
「アンタは、私にこんなことを話してどうしようというだ?」
「考えることを、やめてはいけない」
「考えること?」
「君は竜騎兵が王の直轄ということに気を取られ、村を守るためとはいえそれ以上の思考をやめてしまった。だが、それは現実逃避でしかない。こうすれば大丈夫、こうすれば丸く収まると安易に考えてしまった。逃げ道があると思うと、人間はすぐに逃避してしまう」
「私が逃げていた……」
「責めているわけではない。無理からぬとも思う。しかし、考えさえすれば道はいくらでもある。薬があればこの村はもっと発展するであろう。君の妻子も、ここへ呼んで診てもらえばいいさ」
「そ、それをどこから?」
「樵の二人だ。王都の医者はずいぶんと高いそうだな」
「あのお喋りどもめ……」
村長が歯噛みをする。
彼にも事情がある。
村長、という立場は重責があり、重責には相応の報酬がある。
それを求める理由もまた然りだろう。
「長耳族も、避難民も、君たちも、そして竜騎兵も悪いようにはしない。私に任せてほしい」
「一つだけ聞きたい」
「何かね?」
「アンタ自身の目的はなんだ? 姿は子供なのに、言葉はまるで老人、いやもっと別の何かだ。まさか、本当に聖母イルタなのか?」
「何者か、と聞かれれば答えないわけにもいかん。私は政治家、畔村進。日本を背負って立つ男だよ」
「ァゼラ……スス? イルタではないのか?」
「イルタという存在を私は知らない。女神であるという自覚もないよ」
「では、ゼラススでいいか? サーシャのように聖母と呼ぶことは抵抗がある。
「好きに呼ぶといい」
日本的な発音の「あ」と「む」は苦手らしい。
そうした言語もあるし、なんら不思議ではない。
「村長、いるかい?」
私の名前を繰り返す村長を微笑ましく見ていると、入り口の戸を叩く音がした。




