政治家の役割
「大事なのは近隣の村々を味方に引き入れることだ」
「味方? どうやって……」
竜騎兵の襲来を前に彼らを迎え撃つ案を披露する。
村々をこちら側に付けるための方法をサーシャに問う。
回答にはしばらくかかるかと思ったが、この子はすぐに表情を明るくした。
「なるほど、薬を売るのですね!」
びっくりしたが、頭の回転は悪くない。
「正解だ。まぁ、売りはしないがね」
「えっ、売らないのですか?」
「売ったのでは効果が薄いのだよ」
人差し指を振ってみせる。
「竜騎兵はただでさえ評判が悪い。村々の連中も快く思ってないはずだ。今のままなら、彼らは嫌いな竜騎兵を追い返すべく君たちを人身御供にするだろう。だが、薬をくれる大事な存在なら、どうかね?」
「きっと味方になってくれます!」
「その通りだ。竜騎兵が清廉潔白ならどちらに傾くかわからないが、嫌われているのならば少なくとも敵にはなるまい。そして、竜騎兵もこの土地で村人の助けを借りられないのは痛いだろう。そのためにも、最初は薬を無償で配る」
「無償……」
「効果を弱くする理由は二つ、一つは配るため、もう一つはたくさん作るためだ。配るものに効果がなくては困る。だが、普通に作っては材料はすぐに無くなってしまうだろうからね」
「でも、でも、効果が弱いのは大丈夫ですか?」
サーシャは心配そうだ。
薬効が弱い、といわれると人は不安になる。
そこにヤヤンが割り込んだ。
「サーシャさん、薬は効果が強ければよいというものではありません。強いと体への負担となります。大人の男性を基準として作ると、子供へは飲ませることができません。それに、聖母様がおっしゃったように体には自分で治ろうとする力がありますから、一時的にでも痛みが治まれば大丈夫なことも多いんです」
「そ、そうなんですか?」
「はい、これは私たちが自分たちの体で証明しています」
ヤヤンが頷き、サーシャがこちらを見る。
丁寧な答えに少女の悩みも解消の兆しがあった。
「大丈夫だ。彼らは専門家、任せよう」
「はい!」
いい返事だ。
サーシャが納得するのを見て、最後にヤヤンに目を向ける。
目には不安の色があるのは仕方ない。
「聖母様のお言葉を疑うわけではありませんが、できますか?」
「やらなければ不幸が待っているだけだ。それに、私にも目的がある。そのためには君たちに無事でいてもらわなければならない」
「目的?」
「覚えておきなさい、完全なる善意などなく、あるのは個々の目的だけだ。善意とて人の感情に過ぎないことを忘れてはならない。そんなものを振りかざす人間がいるとしたら疑った方がいいな」
ヤヤンは目を丸くする。
嘘やお為ごかしを言ったわけではない。私なりの真意を述べたつもりだ。
聖母ではない、と宣言したに等しいが神聖視されるよりは信頼が得やすい。神と話すよりも、人と分かり合う方が楽なのは明白だ。
数瞬の後、長耳族の代表である男性は意を決したように頷く。
「……わかりました。どの道、私たちに選択肢はない。聖母様のお言葉、信じます」
「ありがとう。それに、そんなに畏まらなくてもいい。こういうことは私の領分だ。腕が鈍っていないか確かめるのも悪くないさ」
指を振って見せるとなぜかサーシャが嬉しそうにしていた。
不思議な子だ。
「聖母様、お話を伺ったうえで、不躾ながら私からもよろしいですか?」
「勿論だよ。何なりと言ってくれ」
「先ほどの薬の事で一つ不安なことがあります。原材料です」
「ふっ、やはりな」
ヤヤンが頷く。
彼らの主食であるカラムスという植物もそうなのだが、治療に使う薬草というのはその辺にたくさん生えているわけではないだろう。
漢方薬を想像するとわかりやすいのだが、薬に加工する肯定も考えると需要ばかりを増やせない。
「今は原材料にも貯えがありますし、これからも採れるとは思いますが……村の方々すべて、というのは難しいと思います」
「薬を大量に作るとなれば原材料も多く採らなければならない。そうすると、枯渇を招いてしまうことにもなる。こうしたことは継続が大切だ。対応としては薬草の採取場所を新たに求めつつ、栽培ができないか試したいところだ」
「さすがは聖母様。ご慧眼恐れ入ります」
「言っておいてなんだが、できそうかな?」
「やるしかありません」
「いい返事だ。嫌いではないよ、君のそういう姿勢」
私よりもずっと年上のはずのヤヤンの姿勢に賛辞を送っているとサーシャが袖を引っ張る。目が座り、機嫌が悪そうだ。なぜが背中を汗が伝うのがわかり、顔をそらす。
「聖母様、私にはもう一つ懸念があります」
「な、なにかな? この際だ、存分に話してくれ」
「ありがとうございます。確かに、薬はよいものです。ですが、それでも救えないことはあります」
最も懸念していたことをヤヤンは分かっている。さすがは長耳族の代表といったところか。これなら私の考えを話しても受け止められそうだ。
不機嫌そうなサーシャを意識しつつ、
「取捨選択……はなるべくしたくない。だが、どうしても、という部分は仕方ないだろう。救えるものと、そうでないものはどうしても存在する。大事なのはそれまでの姿勢、君たちは最善を尽くしてくればそれでいい」
「そこまでお考えとは……やはり、聖母様であらせられる」
「ふっ、責任を取るのが政治家の仕事だよ。やりっぱなしというわけにはいかないさ」
「せいじか? 聖母様は聖母様ではないのですか?」
「私は政治家だ。聖母でもいいが、それは象徴でしかない。政治家とは役割が違う」
「象徴? 役割?」
「政治家は旗頭、皆の先頭を歩むものだ。しかし、間違う時もある。歩いた先が奈落の底だったら、先導したものはその責任を取らねばならん」
「そう……でしょうか。私には引き返せばよいように思いますが……」
「歩いた結果、引き返せぬこともあるものだ。歩みという選択肢が争いになることもある。争うということは人が死ぬこともある。取り返しがつかないこともあるだろう。導いたものには相応の責任が付きまとうものだ」
「私は、聖母様がそこにいてくだされば良いものと思っておりましたが、そのような深いお考えがあったとは……ますます心強く思います!」
「よせ、これが私の選んだ仕事だ」
笑ってみせる。
そう、これこそが私の仕事、私の領分。
何物にも代えがたい、私の信念ということになろう。
「聖母さま、素敵です!」
「ぐっ!?」
ヤヤンを前に恰好をつけていると、不機嫌だったサーシャの表情が一転していた。が抱き着いてくる。
非力なのが災いし、体ごと押し倒されてしまった。
「聖母さま、ああ、私の聖母さま! お手伝いします! 毎日お祈りします!」
「わ、わかったから抱き着かんでくれ。あっ、服の中に手を入れるな! どこを触っている!?」
「お美しい聖母さま! お慕いしています!」
「よせ、やめろ! ヤヤン、助けろ!」
「…………私は、これで失礼します。聖母さま、サーシャさん、おやすみなさいませ」
「ま、まて! 私を一人にするのか? こんな状況の私を置いていくのか?」
ヤヤンが出ていき、取り残される。
その間にも魔の手は迫っていた。
「聖母さま、床に入りましょう!」
「えっ、あっ、あっ、どういうことか……ああぁぁぁぁ!?」




