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実践的聖母さま!  作者: 逆波


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果報は寝て待て


 人心掌握において最も重要なのはタイミングだ。

 どこで、どのような話を、誰の前で、何を伝えたくて話すのかが分からなければならない。

 私の目の前では大勢の長耳族たちが我先に、と競い合っている。

 大きな目標を前に話など耳に入ってこない状態だ。


「椅子は何脚いるかな?」

「とりあえず人数分が無難だと思うが……」

「いっぱい作って選んでもらおう!」


 長耳族が盗賊、もとい王都からの避難民を受け入れることとなり、準備が始まった。

 住人のいなくなった家を掃除し、壊れた家具を直していく。

 本来ならば受け入れる側なのだから、来る側の好きにさせればいい。

 向こうは自分達のいいようにするだろう。

 しかし、長耳族たちは一心不乱に仕事をしている。

 が、作業の最中で思わぬ問題が発覚する。


「なに、力仕事が苦手で一日の労働時間に制限がある?」

「も、申し訳ありません」


 代表であるヤヤンの告白に頭痛がした。

 聞けば、主食をカラムスという植物の根塊に頼り、隠れ生きてきた彼らからは筋力というものがほとんどなくなっていた。

 それ故に頻繁に休憩をはさむ必要があるらしい。

 呆れると同時に、隠れ暮らしてきたことも考えると無理からぬことかもしれない。


「みんな、少し休憩しよう。これでは迎え入れる前に疲れてしまう」

「代表、まだ大丈夫です!」

「困っている人がいるんです! 休んでなんていられません!」

「みんな、頑張ろう!」


 額に汗し、長らく使っていなかったであろう体を酷使していた。

 そんな彼らの様子をサーシャが心配そうに見ていた。


「聖母さま、ご助言などされないのですか?」

「必要ないさ。それに、今の彼らに私の話など聞く余裕がない」

「? どいういうことでしょうか?」

「サーシャ君、いいかね、ものには時期とタイミングがある。彼らは今、目標があるのだよ。空腹みたいなものだ。美味しそうな食べ物を前に、少しでも待ってなどいられない」

「美味しそう?」

「ふっ、ものの喩だ。サーシャ君には少し早かったようだね」

「?」

「よく覚えておくといい、すべてはタイミングだ」

「はい! 分かりました!」


 うむ、良い返事だ。

 元気な若者は嫌いではない。

 サーシャとそんな話をしていると、奮起する長耳族たちを差し置いて甘い空気を醸し出す二人がいる。


「マトカさん、美味しい木の実を取ってきました! 一緒に食べましょう!」

「ありがとう。でも、私だけ食べるわけにはいかないよ。妹や弟、親だっているんだ」

「心配しないでください! たくさんありますから!」

「……こんなに頑張ってくれたのかい?」

「マトカさんのためならなんてこいはありませんよ」


 二人を集落の仲間たちは血涙を流しながら見ているのだ。

 むべなるかな、といったところだろう。


「サーシャ君、私たちは一度村へ戻ろうか」

「戻る? よろしいのですか?」

「今は皆、とても奮起し、頑張っている。私が口をはさむものなどないよ。それよりも、君のことの方が心配だ」

「私のこと、ですか?」

「もう二日も村へ帰らないんだ。村長は心配しているだろうし、手紙の代筆という仕事も溜まっているだろう。人助けもいいが自分のことも考えねばならんよ」

「そんな……私は聖母さまのお力になれるならそれで……」

「その私が君のことを大事に思っている。それではダメかね?」

「! いいえ、ありがとうございます!」


 この子には色々とやってもらわなければならないことがある。

 それに、


「すぐに窮するさ。今のままでは、ね」

「聖母さま?」

「こちらのことだ」


 この日の夕方、苦労の甲斐あって予想よりも大幅に早く避難民たちの受け入れ態勢ができた。

 ウォルナットや数人で魔法を使い、マトカが先頭になって入っていく。

 数分後、光の輪から恐る恐るといった様子で出てきた避難民たちを前に、長耳族は拍手喝采で迎えた。

 私たちが戻ると聞いても長耳族たちは引きとめはしない。それはそうだろう、集落は活気を帯び、誰もが新しい生活、希望溢れる日々を疑わないはずだ。

 喜ぶ皆を見届けてから“迷子”の魔法を教えてもらい、サーシャとレヘティ村へと戻る。

 問題があったとすれば私は魔法を使えず、サーシャは簡単にできたことだ。これで増々彼女の重要度が上がってしまった。


「見ものだね」

「聖母さま?」

「さぁ、何日持つかな」


 つぶやきが夜に消える。

 果報は寝て待て。

 先人の言葉を思い出しながら夜は更けていく。



  ◇



「聖母さま、どうかお力を、知恵をお貸しください!」


 サーシャと共にレヘティ村へ戻ってから三日、サーシャの作る夕食を待っているとやや乱暴なノックに気付いた。

 頭を下げに来たのは長耳族の一人、ウォルナットを羨ましそうに見ていた一人。


「お願いです、聖母様、どうかお助けください!」

「君は確か……」

「ヤヤンの使いで参りました! 聖母様、どうか」


 予想通りの光景に笑ってしまいそうになる。

 だが、顔に出してはいけない。努めて冷静に、自然体で迎えなければならない。


「ほう、よくここが分かったものだね」

「代表に伺いました。ぜひ、聖母様のお力を拝借できないかと!」


 こちらの言葉など聞いていない。

 彼の顔には憔悴が浮かび、土下座でもせんばかりの勢いだ。


「まぁ、入りなさい。そんなところでは誰かに見つかってしまうよ」

「いいえ、今すぐにでも来ていただきたいのです」

「それはまた、ずいぶんとせっかちな話だ。私は食事もまだなのだよ。一緒にどうかね?」


 肩を叩き、招き入れようとする。


「聖母さま、お客様ですか?」


 タイミングよくサーシャがやってくる。


「あなたは……」

「サ、サーシャ様も! どうかお力添えください!」

「えっ!? あの、これは……聖母さま?」


 ほほう、この子にまで敬称を付けるとは、よほどのことらしい。

 機は熟したというところか。


「サーシャ君、お呼びだ」

「聖母さま……あの、お顔が不自然に歪んでいらっしゃいますが……」

「気にしないでくれ。まずは食事だ。腹が減っては戦ができないからね」

「は、はぁ……」


 たっぷりと焦らしてからサーシャに“迷子”の魔法を使ってもらい、長耳族の集落へと戻る。

 すると、


「聖母様、お待ちしておりました!」

「ああ、聖母様!」

「我らの……我らの聖母様!」

「お導きくださいぃぃ!」


 代表をはじめとした長耳族だけではなく、避難民の男を含め何人もが集まっていた。

 各々の顔には焦りと苛立ちが見える。涙を流しているものもいて、阿鼻叫喚とはこのことを指すのだろう。


「おやおや、どうしたのかね?」

「聖母様、どうか私にも嫁をください!」

「毎晩毎晩、声が聞こえるのです! 聞いたこともない声が、ウォルナットやほかの家から! それを聞くと……それを聞くと……!」

「俺とウォルナットの違いは何ですか? 同じ長耳族なのに、どうしてヤツには女性が!? やはり魔法ですか!」

「一緒に逃げてきたのに! 俺には指一本触らせてくれなかったのに! それなのに!」

「マトカさんがあんな人だったなんて!」


 本音が駄々洩れだ。

 もはや隠す余裕もないらしい。


「聖母さま、どういうことでしょう?」

「まだ知らなくていいこともある。いいね」

「よく分かりませんが、聖母さまがそうおっしゃるなら!」


 素直で実によろしい。

 さて、大方の予想通りだったわけだ。

 代表のヤヤンも困り顔でいる。


「聖母様、こんな夜更けにお呼びして申し訳ありません」

「構わないよ。どうやら困っているみたいだからね」

「彼らのこともあるのですが……」


 ヤヤンが後ろを振り返ると血涙を流さんばかりの諸兄が一様に頷いていた。


「分かっている。それだけではないのだろう?」

「さすがは聖母様、お見通しでしたか」

「人が増えることで表面化する問題の検討はつく。さしあたって、食料や水の確保、それに生活痕跡の後始末か」

「おっしゃる通りです。なにとぞお力を拝借したく存じます」

「うんうん、構わないよ。こんなところで立ち話というわけにもいくまい、どこか座れるところに案内してくれるかな?」

「こちらへどうぞ」


 代表の家に案内される。

 テーブルの上には山と積まれた小さな赤い果実に、こぶし大の柔らかそうなものまである。


「どうぞお召し上がりください。森の奥で採れる果物です」

「凄い、ペルシッカにプオルッカ! こんなにたくさん見たことがありません!」


 サーシャが喜ぶ姿を見るとなかなかの歓待とみるべきか。

 しかし、すぐには食べず、鷹揚に頷くだけにする。ガッついては足元を見られるからだ。


「嬉しいね。信頼の証と受け取っておこう」


 さぁ、帰るための算段を始めよう。


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