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大事なアレがない


 総理官邸は豪奢ではないが落ち着いた造りをしている。

 調度品も派手さはないが良いものばかり、少し物足りなさはあるが、好みのものはおいおい増やせばいい。

 重要なのは、ここが私の居場所となったことだ。

 素晴らしい総理大臣執務室には私こそが相応しい。


 畔村総理、こちらに署名をお願いいたします


 ――――うむ、分かった

 

 総理、経団連の会長から面談の申し出が……


 ――――承ると回答しておけ


 各国の大統領や首相から会談の要請が……

 

 ――――まいったなぁ、私の体は一つしかないんだ。どこから手を付けるべきか迷うなぁ。うわっはっはっはっは



「……は!?」


 自分の高笑いで目が覚めた。

 体を起こして辺りを見渡しても見覚えはない。

 部屋は石造り、体を預けていたのは藁の束に布をかけたもの。

 ここは夢にまで見た総理官邸、ではなかった。


「夢……」


 両手が目に入るが、それは見知った、シワだらけでも太くしっかりしたものではない。華奢で白い。

 最後はアレだ、大事なアレ。

 体が華奢で白くてもアレさえあればやっていける。大事な大事なものだ。

 まて、慌てるな。

 最初は感覚を確かめるように力を籠める。


「……」


 ピクリともしない。

 困った。まだ現実を受け入れたくない。

 ならばと布の上から撫でる。


「……」


 やはりピクリともしない。

 ああ、これは小さすぎるのかもしれない。子供のころは縮こまれば小指以下だったのだから、今度もそうかもしれない。


「よし、ある! あるぞ! 絶対ある!」


 布をめくる。

 見当たらない。

 触るってみる。

 ない。

 ゴソゴソしてみる。

 やっぱりない。

 ない!


「……だれか嘘だと、冗談だと言ってくれ……」


 これは、なにかの間違いだ。

 そうだ、そうに決まっている。

 寝て起きればあら不思議、部屋の中に戻っているはず!


「こんなところ……」


 全く見覚えがない。

 狭い、前時代的以前の石造りの家なんて現実であろうはずがない。

 私に何かあれば搬送先は赤坂の病院だ。

 早く寝て、目を覚まさなければならない。


「まったく、私は忙しいのだ」


 いそいそと粗末なベッドに横になり、目を閉じた。

 覚めたら総理大臣としての日々が待っている。

 政策会議もしなければならないし、大臣の任命も、政敵への嫌がらせもしなければならない。

 こんな場所で、妙な夢を見ている暇などない。

 待ちに待った、バラ色の総理大臣生活が待っているんだ。だから早く、早く寝なければ!

 なのに、


「ど、どうしてだ!?」


 眠くならないどころか目が冴える一方だ。

 瞬きをすればぼんやりと風景が変わり、目をこすれば病室でした! などという展開もない。


「この状況が、現実だとでもいうのか?」


 背筋が寒くなる。

 手で頬に触れ、引っ張れば痛い。

 夢でも痛いということはあるのだろうか……。


「そんな……まさか……」


 頬を引っ張るくらいでは足りないということか?

 もうちょっと引っ張ってみようかともう一度頬に手を伸ばす。


「あの、寒くありませんか?」

「うおっ!?」


 視線に気付く。

 恐る恐る、こちらの様子を伺う少女には見覚えがあった。


「き、君は……」


 そうだ、私は最初、森の中にいた。

 それが今は建物の中にいる。

 思い返してみると彼女に抱き着かれ、頭を打ったことを思い出す。

 私の問いに少女は居住まいを正し、丁寧に頭を下げてくれる。


「申し遅れました。私は聖母さまの信徒サーシャです。どうぞなんでもおっしゃってください」

「サーシャ君というのか私は……っくしゅん!」

「大丈夫ですか? まだ寒い季節なのにお召し物がなかったのはやはり降臨されたばかりだからでしょうか。空の世界でのことは分かりませんがここはまだ寒いです。粗末ではありますがご用意させていただきました」


 サーシャと名乗る少女がにこやかに話しかけてくれる。

 ちょうどいい、ここは彼女に聞いてみるべきか。

 しかし、、聞けば現実を知ってしまいそうで怖くもある。


「あの、お体はどこか痛みますか?」

「い、いや、大丈夫だ」

「よかったです」

「すまない、情けないところをお見せしたようだね」


 普通にコミュニケーションができる。

 改めて見ても、いわゆる異国の女の子だ。

 長い金髪に碧眼、整った容貌はどこかフランス人形を思わせる。

 ドレスでも着せておけばお姫様でも通用しそうなのだが、雰囲気がジャガイモのように田舎臭い。


「どうかなさいましたか?」

「あ、ああ、いや、なんでもない……わけではない」

「?」


 このままでは何も進まない。

 永田町に戻るためにも確かめねばなるまい。

 ここはどこで、自分はどうなってしまったのかを。


「き、聞きたいのだがところで、ここはどこかな? 見たところ東京都内ではなさそうだが……」


 今の日本で外国人は珍しくない。

 広尾や恵比寿あたりならたくさんいる。

 しかし、あの小奇麗な街に森などあっただろうか。ああ、いやあったのだろう。私が知らないだけだ。


「身内に連絡を取りたいのだが、電話を貸してはもらえないかね?」


 一抹の不安が過るが振り払った。

 兎に角、秘書や政界の仲間に連絡が取りたい。この体についてもなんとかせねば。病院で精密検査をする必要がある。


「ああ、聖母さま……」

「は、話を聞いていたかね?」


 

 少女は私の決意や懸念などどこ吹く風、うっとりとした目でこちらを見ている。

 なんというか、危ない目だ。


「聖母さま、お待ちしておりました!」

「聖母? それはどういう意味……」

「私の願いが、私の祈りが通じたんですね! うれしいです!」


 こちらが問うよりも早く宣言され、


「いや、私は電話をかけたいのだが……」

「夜空と同じ色の髪に赤い瞳、伝承そのものです!」

「で、伝承? なにを訳の分からんことを……」

「災厄の迫りし地に降り立ち、我らを導かん。称えよ、手を取り合え、さすれば約束の扉は開かれる!」

「だから、話を聞け!」

「ああ、お慕いしております! 聖母さま聖母さま聖母さま聖母さま聖母さま聖母さま聖母さま聖母さま聖母さま!」

「待ってくれ! 頼むから!」


 抱き着かれ、べたべたと触れられ、挙句の果てには頬ずりまでされる。

 引きはがそうとしても体に力が入らない。


「た、助け……」

「聖母さま、お慕いしております! サーシャは、サーシャは聖母さまをずっと待っておりました!」


 迫りくる手を夢中で払いのけていると、戸が叩かれる音と、


「サーシャ、いないのか?」


 野太い男の声が聞こえた。




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