ドラマは突然始まる
「聖母様、こんなに早くお戻りいただけるなんて!」
「お待ちしていましたぁ!」
「おかえりなさい! 聖母様!」
半日ぶりに長耳族の集落に戻ると、代表ヤヤンは感涙咽んばかりに出迎えてくれた。
彼だけではない、昼間はほとんど姿を見せなかった他の長耳族も歓迎してくれる。
「ありがとう、ありがとう」
選挙活動でするように手を振って応じる。
これからを考えれば愛想は大事だ。
「ウォルナットから笛の音が聞こえると聞いた時には驚きました。お仕事とやらは終えられたのですかな?」
「まぁな、そのことで少しばかり話がある。それよりも……」
代表の話に頷きながらちらり、と後ろをみる。
そこには戸惑いを浮かべる盗賊の首領格マトカと、なにやら思い詰めたウォルナットの姿があった。
「お連れの方ですか?」
「いや、そうではない。話せば長いのだが……ふぅ、ちょっと疲れてしまったよ」
「お疲れに!? それはいけません。薬をご用意しましょう」
「く、薬だと!?」
思い出されるのは、この世の悪を凝縮したかのような不味さの、漢方薬にも似た粉だ。
味を想像すると背筋が寒くなる。
「ああ、いや、そこまでではない。ちょっと足が重い程度なのだ」
「疲れを軽く見てはいけません。そうだ、ここに体の回復を助けるものがありますから、まずはこちらをどうぞ」
「えっ、いや、結構なのだが……」
「聖母さま、お体のためにも飲んでおくべきです!」
サーシャまで力強くすすめてくる。自分で飲まないと思って、気軽に言ってくれる。
政治家としては善意をむげにはできない。が、一人で地獄を味わうのも辛い。道連れが欲しいところだ。
「そういえば、サーシャ君もずっと歩き通しだったね。疲れていないかね?」
「わ、私ですか? 私は、全然大丈夫です! 平気です!」
露骨に主張してくるところが怪しい。
さては、私の反応を見て楽しんでいたのだろう。これはイケない。
「サーシャ君、一緒に飲もう。私だけ恩恵を受けるのは心苦しいよ。それとも、飲みたくない理由があるのかね?」
「そんな、私、いつも凛々しい聖母さまのお顔が歪んでいるのを見ることが好きだなんて全然思ってません!」
「……」
聞くんじゃなかった。
この子はとんでもない癖を隠し持っているのかもしれない。
「聖母様、さぁ、どうぞ」
「どうぞ!」
「えっ、本当に呑むのかね? 本当に? 今風でいうとマジなのかい?」
「よくわかりませんが、お体のためです!」
「自分で飲む、自分で飲むから腕を押さえないでくれ!
「聖母さま、はい、あーん」
「ぐ、ぐげごほべへへ……」
粉を飲まされ、不味さにのたうつ。
どうにか胃に送り、口元を拭っていると、なにやら周りが騒がしい。
ざわめきの中心はウォルナットと、私たちに同行したマトカ。
顔を赤くして向かい合う二人を、周りの長耳族たちが息をのんでいる。
「あ、あのすみませんでした。私、ああしたこと……いえ、正直に言えば女性に触れたのも初めてだったので……。本当にごめんなさい!」
「あのくらい、気にしてないよ」
「で、でも、僕にも男の意地があります!」
「意地?」
若干迷惑そうにするマトカとは対照的に、ウォルナットの顔が赤くなっていく。
「せ、責任取ります!」
「責任?」
「僕と結婚してください!」
「はぁ?」
突然の告白に見ていた全員の目が点になる。
それに気付いたのか、マトカも迷惑そうに首を振った。
「も、もういいよ、事故みたいなもんだろ?」
「そうはいきません! 女性と、そ、そ、そういうことをしたら、責任を取るって聞きました!」
「そういうことって、口付けくらいで……」
「口付け……だと!?」
「ウォルナットが口付けをしたのか!?」
反応したのは代表のヤヤンや、出迎えてくれた他の長耳族たちだ。
誰もが顔を見合わせ、口々に騒ぎ始めた。
私もそこまで騒ぐ意味が分からない。サーシャに目配せをしても首を傾げるばかりだ。
「どういうことだろうか……」
「分かりません、でも長耳族にとって口付けは大事なものなのかもしれませんね」
「なるほど、異文化だからな。そういうこともあるかもしれん」
サーシャの説明に頷く。
日本では一般的な文化、お辞儀や会釈であっても他国では理解されないどころか、侮辱であるととられる場合もあるからだ。彼ら長耳族にとっての口付けがそういうものなのだろう。
告白を受け、当のマトカはさらに顔を歪めていた。
それはそうだろう、突然こんなことを言われて受け入れる方がおかしい。だが、このままでは私の目論見まで水の泡となってしまう。
どうしたものかと考える間にも話は進んでしまう。
「さっきまで名前も知らなかったのに。アタシのこと、何も知らないのに、責任取っていいのかい?」
「そんなの関係ありません! これから知っていけばいいんです!」
「男なんて口だけなもんさ。今までだってそうだった」
「僕は違います! マトカさんを幸せにしてみせます!」
「幸せだって? 笑わせるんじゃないよ!」
「本当です! 僕は本気です! 貴女がどんな境遇にあるのか分かりません。ですが、僕が必ず幸せにします!」
なんとまぁ、聞いているこちらが恥ずかしくなるやりとりだ。
しかし、このくらいが限界だろう、と割って入る直前にマトカの眦から一滴の涙が落ちる。
「アタシは、汚れた女だ。ダンナに売られ、兄弟たちと借金を踏み倒して逃げてきたんだ。ここへくるまでだって、盗みもしたし脅しもした。でもそうでなければ生きられなかった。だから、これ以上誰にも迷惑をかけないように、イルタさまに祈りながら暮らすんだ。誰かに愛される資格なんてないんだ!」
感情を吐露するマトカを頭一つ小さなウォルナットが震える体で抱きしめる。
「僕も一緒に受け止めます。一緒に償います。だから、そんなにも卑下にしないでください。泣き顔も似合いません。あなたの綺麗な顔が台無しだ」
「やめな、そんな……心にもない言葉なんて……」
「嘘なんて言いません! あなたは綺麗です。僕が保証します!」
「……」
「……」
二人の世界に入っている。
最近のドラマでも聞かないセリフのオンパレードに老人はもはやついていけない。
「マトカさん、結婚してください!」
「……こんなアタシでも、いいのかい?」
「貴女がいいんです!」
なぜか誓いの言葉が交わされ、衆人環視に見守られながら二人は互いの意思で唇を重ねる。
私も目が点だ。
「素敵です!」
一同が呆気にとられる中、サーシャだけが拍手をして二人を祝福していた。




