とりあえず頷いてみる
埃っぽく薄暗い、ごつごつとした岩肌がむき出しなっている場所といえば洞窟しかない。地面にアスファルトの敷かれたどこかの地下道であったならどんなに嬉しかったことだろう。
「お前!? どこから入ってきた?」
「なぜここにいる?」
怒声が狭い空間に反響して耳が痛い。
燃える焚火の明かりを背に、小汚い男たちの肌が脂ぎり光っていることまで分かってしまい、思わず一歩下がった。
暗がりに目を凝らせばいくつもの人影がある。
姿を見ても日本ではなく、それに、私の知る平成でもなさそうだ。
「答えろ! どこから入ってきた!」
悠長に考えている暇がない。
どうしよう、どうしたらいいだろうか。
焦るほどに思考がまとまらない。
「ま、待ちたまえ、落ち着いて話し合おうじゃないか暴力はいかんぞ何もしんてんしないし非生産的だ現実を視たまえ暴力では一時的な解決しかできないではないか語らうことこそ恒久的な平和への第一歩だとは思わんのかね分かっている大丈夫だ君たちを害したりはしない約束しよう金なら払う助けてくれ!」
振り返ると、そこにはまだ光の輪がある。
「しめた!」
考えるよりも早く体が動く。
脱兎の如く駆けだし、光に入ろうとしたところで何かにぶつかる。
「へぶっ!?」
柔らかいものに跳ね返され尻もちをついてしまった。
「聖母さま? ごめんなさい、でもどうなされたのですか?」
「さ、サーシャ君?」
「はい! 聖母さまのことが気になって追いかけてきました!」
「いかんぞ! ここは私が来たかった場所ではなかった。それどころか、やばい連中の巣窟だ! 早く戻らねば……」
説明をしている間に光の輪は薄れ、輪郭をなくしていく。
これはマズイ!
「話は後だ! 早くきたまえ!」
「せ、聖母さま!?」
サーシャの手を引き、薄れゆく光の輪を目指すが間に合わない。
「こっちだ、いたぞ!」
どうしようかと考えている間に追手がくる。
逃げ道はなくなり見知らぬ洞窟の中で追い詰められてしまった。
「追い詰めたぞ!」
「逃げても無駄だ!」
怒鳴られる。
相手も興奮しているのか、松明を持つ手が揺れているのが分かった。
「これはどういうことですか聖母さま?」
「私も分からん!」
一人、状況を理解していないサーシャが首を傾げる。
終わった。
もうダメだ!
これで私は盗賊たちに捕まり、身ぐるみをはがされ、想像を絶することをされるに違いない!
未来を悲観しているとサーシャが袖を引っ張る。
「聖母さまの行きたかった場所ってこんなところだったんです……か?」
少女の目が私と盗賊とを往復する。
一回目は不思議そうに、二回目は首を傾げ、三回目で考えるような仕草をして、四回目は手を叩き、顔をほころばせ、五回目は何度も頷いた。
この子の頭の中では妙な物語が展開され、完結したのだろう。
「聖母さまは彼らを救いたかったのですね!」
「はぁ?」
どうすればそんな発想ができるのか、彼女の頭をMRIで輪切りにしてみたいものだ。
きっと花と蜂蜜が詰まっているに違いない。
「哀れな盗賊たちでも手を差し伸べる……聖母さまはやっぱり聖母さまでした!」
「こ、この状況をみたまえ! どこが手を差し伸べるというのだ!? 彼らに襲われたら一巻の終わりだ! こんなところ私の望んだ世界ではない!」
「そうなのですか? でも、代表さまやウォルナットさんは光の先が聖母さまの望む場所だと伺いましたよ?」
呑気に話をするサーシャに男たちが目を見張る。
「お前たち、朝の!」
「朝?」
「こんなところにまで! やっぱり王都の間者だったんだ!」
「そんな、こんなところにまで?」
「今度こそ逃がすな! せっかくここまで逃げてきたのに……」
「あ~! 貴方たち、盗賊さんですね! 聖女さま、そういうことんですね!」
「一人で納得せんでくれ! ああ、もうだめだぁ」
もはや収拾のつかない状態に頭を抱える。
彼らは昼間、私を追いかけてきた盗賊だった。マズイ、絶体絶命だ!
くそぅ、ここが東京霞が関のど真ん中なら罵倒して一喝して警備員や警察を呼び、散々こき下ろして土下座させてやるというのに!
今は無力なこの身が恨めしい!
「お前たち、どうしたんだい?」
「姐御……!」
野蛮な男たちの間から現れたのは、体格のいい女性。
薄汚れた衣服に革の胸当てをしていて、手には大ぶりの刃物が握られていた。
「アンタ達、どこから入ってきたんだい?」
「えっ、あっ、いや、その……」
「魔法でここまで来ました!」
「サーシャ君!?」
どう説明したものかと考えている間にサーシャが答えてしまう。
それも最悪に近い形で。
すると、姉御と呼ばれた女性の目がすぅ、と細くなるのがわかる。
「いや、違うんだ! 彼女は少し困惑しているようでね、なんというか……」
「本当です! 聖母さまがあなた方を哀れに思ってお救いくださるのです!」
このバカ女ぁ!
なんで私の気遣いがわからんのだ!?
「どうやら、素直に話してはもらえないみたいだね。みんな、とりあえず動けないように縛ってやりな」
「ヘイ!」「わかりやした!」「任せてください!」
男たちがじりじりと輪を狭める。
「まて、冷静に話し合おう! 私は君たちを害するものではない! 偶然なのだ、偶然入り込んでしまっただけなのだ! ちょっと待ってくれ、あ、いや、まっ……ああぁっー!?」
多勢に無勢、捕まり、ロープでぐるぐる巻きにされてしまう。
同じことをされているというのに、サーシャは抵抗もせず不思議そうな顔をしていた。
「姐さん、こいつら王都からの追手ですかね?」
「それにしては小さいぞ」
男たちが騒ぎ始める。
それを大柄な女性が手で制した。
「近くの村の子供だろ? 悪戯で入り込んだのさ。それに追手ならもっと上手くやるはずだ。でも、こんな子供が来るってことは、ここに長居し過ぎたのかもしれないね」
こちらを見ながら相談を始める。
隙を見て逃げたいのだが、手にする大ぶりな刃物が怖すぎて躊躇われる。
しかし、このままではいられず、抵抗を試みることにした。
「わ、私たちをどうしようというのだ? 身代金目当てなら当てが外れるぞ!? いや、金で解決するなら何とかしてもいい!」
「金なんていらないさ。持っていても使いようがないからね。アンタたちには悪いけど、当分はアタシ達に付き合ってもらうよ」
大柄な女が目を伏せる。
どこか寂しげだが、そんなのに付き合いたくはない。
「なにをしようというのかね?」
「アンタたちを逃がすと面倒なことになるからね。ここからまた移動するためにも一緒に来てもらう。もっと僻地なら簡単に追いかけてはこられないはずだ」
「僻地!? ここよりもか?」
「追手がこられないところまで、としか言えないさ。いっそのこと空の果て、大地の裂け目までたどり着きたいもんさ」
「空の果て……大地の裂け目……」
サーシャが首を傾げ、思案顔をしているが、そんなのはどうでもいい。
察するに彼女たちは逃避行の途中なのだろう。このままでは道ずれにされてしまう。そうなったらこの先はない!
早く永田町に戻らなければならない、こんなところで足止めを食っている暇はないというのに! 彼女たちに連れまわされたら戻るどころかそこらへんで野垂れ死ぬ可能性だってある。
考えろ、私ならできるはずだ!
何度も難局を乗り切り、ここまで来たじゃないか。
考えろ、研ぎ澄ませ、私に不可能なんてない……!
「さぁ、みんな、今夜にでも出発だ。準備をしな」
「ちょっと待ってくれ! わ、私と取引をしよう」
「……取引? アンタみたいな子供がなんの取引をしようっていうんだい?」
「君たちが逃げなくてもよい方法がある、としたらどうする?」
「そんな方法はないよ。デタラメを言うと承知しないよ!」
犬歯をのぞかせ、怒鳴られる。
この反応からすると相当に追い詰められているとみていい。ならばやりようはある!
「本当だ。私を信じてくれれば絶対に損はさせない! なにせ、魔法があるのだからね!」
胸を張り、大げさに体を動かす。
「そんなウソ、私は信じないよ!」
「嘘などではない! 見たまえ、私たちがここにいることが何よりの証明ではないか! こんな行き止まりの場所の、どこから入ってきたというのだ?」
「私たちの目を盗んで入ってきたに決まっているだろ! しらばっくれるんじゃないよ!」
「ならば、ならばこの手をみたまえ」
両手を差し出す。
真っ白で小さな少女のそれを、彼女たちが凝視する。
「この埃っぽい洞窟の中を、忍んで入ってきたとして汚れないわけがあるまい。手だけではないぞ、服にも土がついていないではないか」
「そ、そんなの、払い落したんだよ!」
「そうだ! 姐さんの言う通りだ!」
「俺たちを騙そうとしやがって!」
冷静に聞いてくれない。やはり少し弱かったか、次をどうしようと思考を巡らせていると、
「あー!」
首を傾げ、思考に耽っていたサーシャが手を打つ。
「な、なんだいこの小娘は?」
「頭がおかしくなったんと違いますか?」
盗賊ですら引いている。
まぁ、この状況では無理もないかもしれない。が、当の本人は顔を輝かせていた。
「空の果をめざせ、さすれば豊穣の地にたどり着き、大地の裂け目からは新たな命を呼び、湧き出る血潮によって喉を癒すだろう。聖母イルタさまの口伝集にあるものですね!」
「さ、サーシャ君?」
「つまり、あなた達も聖母さまの信徒! 長耳族に出会い、魔法という神秘を目にできて、さらに同胞と出会うことができた。なんて素敵なんでしょう!」
お花畑全開、この子はここまで来ても聖母聖母と、まるで飽きることがない。
せっかく強引にでも打開の糸口を見つけ出そうとしたのに、私の努力が水泡に帰してしまう。
「聖母さまの口伝集はかなりの部分が失われていて、貴女の言った「空の果て」が記述されている古の獣たちの物語は写本もほとんど残されていません。私も神父様から聞いただけなんです! できるなら、私も読んでみたいです!」
どうしよう、どう巻き返そう、なにをもって説得できるだろうか。
そんなことを考える間にもサーシャはとどまることを知らない。
しかし、そんなサーシャに大柄な女性はバツが悪そうに後ろ頭を掻いた。
「驚いた、こんな辺境で口伝集のことを聞くと思ってなかったよ」
「! やはりご存じ……いえ、貴女もイルタ様の信徒なのですね! 聖母さま、良かったですね!」
「いや、私に振られても困るのだが……」
「聖母さまのお導きです。ありがとうございます!」
はしゃぐサーシャを一瞥して大柄な女性をみると、向こうもこちらをじっと見つめていた。
「アンタ、今そこの小さいのを聖母イルタっていったね?」
「はい! このお方こそ夜の女神にして万物の聖母、イルタ様です!」
「さ、サーシャ君!? あまり彼女たちを刺激しないほうが……」
私の声も届かず、筋骨隆々な女盗賊とサーシャは向かい合う。
少女は真っ直ぐに、女は値踏みをするように私たちを見る。
「……その服、イルタ教のものだね?」
「はい! ご存じなのですね!」
「まぁね。アタシの婆ちゃんはこのあたりの出身だ。その服も着ていたよ。まだ、残っているとは思わなかったけどさ」
なんということだろうか、話が通じている。
「その子が……イルタ様だっていう証拠はあるのかい?」
「はい! 聖母さまは私の願い、その全てを叶えてくださいました! きっと、あなたたちの悩みにも応えてくれるでしょう!」
「……本当かい?」
「そうですよね、聖母さま!」
そんなの叶えただろうか?
相談には乗ったような気がするが、大事なのはこの場を切り抜けることだ。
胸を張り、咳払いをして頷く。
「も、勿論だ」
すると、大柄な女性は刃を突きつけ、
「本物なら、私たちを救ってみせろ! できたら見逃してやる」
犬歯を剥き出しにして叫んだ。
私の答えは一つ。
「ま、任せなさい」
薄い胸を叩くしかできなかった。




