一歩進んで二歩下がる
「遥か昔、天空にはパイヴァとイルタ、二柱の神がおられました。あるとき、パイヴァはこの地を見出し、新たな住まいとすることを決めました。先に降り立ったパイヴァは星々の光を集めて太陽を作り、大地を耕しました。その時に滴った汗が海となりました……」
神話、というのはどこか似ている。
異なる文化圏であっても大概は創造神がいて、天地や昼夜、動物や人間を作るという流れだ。
長耳族がヒトと同じであるかどうかはさておいて、思考や想像力を持つ生物というのは発想の根本が似通うのかもしれない。あるいは想像の限界、原始的な環境下では思考というものが一定以上進化しないのではなかろうか。
まぁ、そんな細かいことはどうでもいい。
重要なのは、彼らが困り、私も困っているという共通認識。
「……災いが起こるとイルタ様は夜の空より降り立ち、我々を導くといわれております。この絵もその時を描いたものと言われております」
「感動です! 聖母イルタさまの神話を聞くことができるなんて!」
長耳族の代表、ヤヤンの神話語りにサーシャが手を叩いて喜ぶ。
私は欠伸が出そうになったが、子供のように目を輝かせるサーシャがいれば、語ったほうも悪い気はしないだろう。
「私が神父様から聞いたものはかなりの部分が欠けていて、わからない部分があったのですが、今のお話で曖昧だった部分がはっきりとしました!」
「喜んでいただいたところで申し訳ないのですが、私たちに伝わっている神話も大災厄で失われた後で編纂したもの、全体からすればごく一部なのです」
「これも一部なのですね……」
サーシャが呆けたような顔をするが、私としては心底どうでもいい。
問題は、私にこれを聞かせたこと。
黙っていればこのまま神話を続けそうな雰囲気だったので、わざとらしく咳払いをした。
「つまり、貴殿らは私が本物の聖母イルタであると信じ、助けを乞うている。そう解釈すればよろしいか?」
「お察しの通りです。やはり聖母様、我々のことなどお見通しなのですね」
「まぁ…………そうなるかな」
お見通しというか、話の流れからすれば至極わかりやすい。
長い前置きのある話は大体が厄介事、というのが世の常だ。
御託はあまり聞きたくないのだが、こちらにも事情がある。
聞くだけ聞いて本題を切り出したい。
「お話を伺いましょう」
「おお、聞いてくださいますか。なんと有難い……! ウォルナットの言葉を信じてよかった。これも聖母様のお導き……いや、貴女様自身が聖母なのだから当然ですが。聖典にもあった困難に出会ったとき、救いが現れるというのは真実でした」
代表が目を糸のように細めて話始める。
またぞろ神話の話をされ、サーシャが追及しては面倒なことになる。
真向かいにいるウォルナットに目配せをすると、苦笑していた。
「代表、聖母様にも用事があるご様子です。神話のことはまた後日にいたしましょう」
「そうか? お前がそういうのなら……。それでは……」
咳払いをして身を乗り出す。
ようやく本題らしい。
「我々は大きな二つの問題を抱えております。一つ目は最近になってこの近くに多くの人影を見るようになったのです。これまでも人間が入り込み木を切ったり、獣を採ったりしていました。そんな時は息をひそめてやり過ごせばいい。ですが、今はおちおち外にも出られないのです」
「それは、私とサーシャを追いかけた、あの盗賊ですかな?」
「その通りです。稀に入り込むのならば問題視しません。ですが、かなり頻繁に森の中を歩いているのですこれでは我々もおいそれとは出歩けない」
ウォルナットが頷き、代表が続ける。
二人の説明は分かった。しかし、ここで疑問が浮かぶ。
「貴殿らには魔法がある。盗賊など姿隠しの魔法を使えばそれほど恐れる必要はないと思うのだが、どうだろうか?」
「魔法はいくつかの欠点があります。そう何度も使うことはできないのです。それに、姿隠しの魔法は何度も使うと効果が薄れてきます」
「問題もある……。なるほど、では転居などの選択肢を作り、もっと森の奥深くならば入ってはこられないのでは?」」
「それは、かなり難しいのです。これは二つ目の問題にも直結します。我々は……衰える一方なのです」
「ほう、衰える……ですか」
代表の言葉にウォルナットも真剣な顔をしている。
私としても魔法に弱点があるというのも知れてよかった。
「もっと北に移動することも考えましたが、気候はさらに厳しい。ここでも冬になれば衰弱するものが出てくる、転居は厳しいと言わざるを得ない。それ以上に、子供が増えないのです」
「子供ね」
「我々はカラムスや先人から伝わる多くの薬草によって生き永らえてきました。しかし、薬草も万能ではありません。何年に一度かは息絶えるものもいます。それは仕方がない。減るばかりではなく、増やさなければならないのです」
なるほど、深刻な悩みだ。
途上国の人口を増やすには新生児の死亡率を低下させる必要がある。同時に、産後の母親への介助も重要だろう。
問題が現実的で助かった。これが理不尽な、イルタ教の信徒を増やせだの、権力が欲しいだのといったものでなくてよかったくらいだ。
さて、あとはアドバイスをしつつ、どう煙に巻いてこちらの要求を通すか、だ。慎重に思案しながら言葉を選ぶ。
まずは一つ、突いてみたい。
「人の脅威と人口問題、どちらも簡単に解決はでない。苦しいですが優先順位をつけていくしかない。あれもこれも、と手を伸ばすのは愚策だ」
「やはり、そうなりますか……」
「私は魔法が万能だと思っていた。しかし、そうではなかった。何事も簡単に解決などしない。私が抱える問題と同じだ」
「! 忘れていました。聖母様も、我らに相談があってここまでいらしたのです」
こちらの誘導にはたと気付いたウォルナットが口にしてくれる。
なんと素直で御しやすいことか。
さて、突いた後は揺さぶりだ。
「覚えていてくれたのか。そう、私にはどうしても戻らなければならない場所がある。そのために魔法が必要だ」
「も、戻らなければいけない場所、ですか?」
サーシャの顔が強張る。
代表やウォルナットも眉根を寄せていた。
しまった、この言い方では行ったきり戻ってこないように聞こえてしまう。自分たちの守り神だと信じている存在を手放したくないはずだ。
慌ててフォローを考える。
「ああ、いや、誤解をしないでほしいのだが、少しばかり仕事を残してきてしまったのだ。一度戻り完遂したい。そのあとは君たちの力になろう」
嘘は言っていない。
どうだ、とばかりに三人の顔を見れば、長耳族の二人はそれならば、と頷いている。
しかし、サーシャの表情は明るくならない。
「どうだろうか、私に魔法を教えてはもらえないだろうか?」
代表とウォルナットは顔を見合わせる。
私と、サーシャに目配せをしてから、何度か頷き代表が口を開く。
「お教えすることは構いません。ですが、先ほども申し上げました通り、子供では無理です。ああ、いえ、聖母様が子供というわけではなく、子供の体を使っておられるという認識でおります」
「なるほど、確かにこの体は小さい。魔法を使えないことも考えられるな」
「そこでですが……ウォルナット、今日はどうだね?」
「まだ“姿隠し”を一回使っただけですから、“迷子”は大丈夫です。聖母様、ここは私にお任せください」
「聖母様、このウォルナットが聖母様のために魔法を使います」
「おお、そうか。それはすまない」
目論見通りだ!
これで帰れる、そう思うと嬉しさで顔に出そうになったが、グッとこらえる。
努めて冷静に、神妙な表情を心掛け頷いて見せる。
「その代わりといっては何ですが……聖母様が戻ってこられた際にはどうか我々に力をお貸しください」
「勿論だ。必ずや貴殿らの力になろうぞ!」
「それでは……」
ウォルナットが立ち上がり、人差し指を掲げる。
私も応じて立ち上がるとサーシャが袖を引いた。
「聖母さま、どのくらいで戻られますか?」
「すぐだよ、心配することはない」
優しく諭す。
この子は連れて帰ってもいいが、身寄りのない場所へ来ても不便だろう。
それに、戻ったところが国会では色々騒ぎになる。わずかな間であったが、世話になったことは忘れない。
「よろしいですか?」
「ああ」
「それでは、私が祝詞を唱えますから聖母様は戻りたい場所を頭の中に思い描いてください」
「ああ、よろしく頼む」
前回はイメージが足りなかった。今回は念入りに行いたい。
深呼吸をして、国会議事堂を思い浮かべる。
対称の外観を覆うのは品のある御影石、内部には岩石の国日本を代表する幾多の石が使われ、荘厳さは折り紙付きといえる。まさに私が主として君臨するに相応しい建造物といえよう。
玉座ともいうべき総裁の椅子に腰かける自らを思い描く。
左右に並ぶのは皆一筋縄ではいかない歴戦の政治家たち。競い合った彼らを睥睨し、これからともに創るのだと両手を広げる。私の作る新しい政府は後世に語り継がれ、不朽の存在として人々の関心を集め続けるだろう。
素晴らしい、なんと素晴らしい未来だ!
これならばイケる!
「ウォルナット君、今だ!」
「わかりました、それではいきます」
深呼吸をしてからウォルナットが中空に指を躍らせる。
思い描いたイメージがそのままウォルナットの指先に灯った光に吸い込まれていくような感覚さえあった。
「……どうぞ」
光の輪が完成する。
中空に現れた輝く波紋の向こう側に白亜の建物が見えたような気がして走った。
「帰れる! 帰れるぞ!」
光飛び込んだ。
しかし、
「えっ?」
光の先にあったのは東京の地でも、日本でもない。薄暗く埃っぽい洞窟の中。
「あん?」「ん?」「えっ?」
襤褸切れに袖を通しただけのような、小汚い集団がいた。
「お前!? どこから入ってきた?」
ナイフを手に睨んできた。




