消してしまった兄弟
本当に不気味なのは目に見えないモノか、それとも……
「ユウくんみーつけた!」
やかましいくらいに鳴くセミの声に負けないように、もうほとんどペンキのはげたベンチのうらに隠れていたユウくんに大きな声で話しかけた。ぼくの声に少しおどろいたユウくんは、Tシャツで汗をぬぐいながらゆっくりと立ち上がる。
「もう見つかっちゃったかー。やっぱりトモくんはかくれんぼ上手いね!」
感心したようにそう言われて少し照れていると、「じゃあ次は僕が鬼だね」と目をつぶって三十秒を数え始めた。ぼくは草のにおいのする公園を突っ切って公衆トイレのとなりの茂みに身を隠す。
「もういいかーい」
セミの声にまじって聞こえてくるユウくんの呼びかけに答える。
「もーいーよー」
ぼくとユウくんは大の仲良しだ。小さいころからずっといっしょ。家でいる時も、学校へ行く時も、公園で遊ぶ時も、とにかくいつでもどこでもいっしょだ。ユウくんは少し人見知りな所があるからお兄ちゃんのぼくが付いていてあげないといけないんだ。
でも学校の友だちとはあんまり仲良くできてないみたい。ユウくんはそれがつらいせいなのか、最近学校ではぼくにもそっけない。ぼくが心配して話しかけても少し困ったように笑うだけだった。
でも学校が終わるといつもみたいに話しかけてくれるんだ。とくに二人きりでいる時はいつも何かおしゃべりをしてる。七歳のころにぼくの具合が悪くなった時なんか、一日中ぼくにべったりくっ付いて「トモくん行かないで」って泣きそうな顔で言われたりもした。ぼくがユウくんから離れるわけないのに。
そんなわけだからユウくんが学校で仲間はずれにされてもさびしくないようにそばにいてあげるんだ。
「トモくーん、おかしいな、確かこの辺りから声が聞こえてたはずなんだけど……」
ユウくんはまだぼくを見つけられないみたい。ぼくはお兄ちゃんだからそろそろ出て行ってあげようかな。
「「誕生日おめでとう」」
お父さんとお母さんがお祝いの言葉をかける。今日は七月二十一日、ユウくんの十一歳の誕生日だ。テーブルの上にはいつもより気合いを入れて作られた料理たちが並んでいる。メニューはユウくんの好きなハンバーグとフライドポテト。お父さんとお母さんはいつもは飲まないワインを開けている。ユウくんはあまり使いなれないナイフとフォークで何とかハンバーグを切り分けていた。
家族だけのささやかな誕生日パーティーだけど、ぼくもユウくんもついつい浮かれたふんいきになってしまう。
「ユウくん、誕生日おめでとう」
「うん、ありがとう。トモくん、これからもよろしくね」
そんな会話をしていると少し困った顔をしたお父さんに「喋ってないで、早く食べなさい」としかられてしまった。ユウくんはいつも食べるのがおそい。ぼくはお兄ちゃんだから今日もユウくんが食べ終わるまで待ってあげていた。
夜、寝る前になってユウくんの部屋でついぶつくさと文句を言ってしまう。
「お父さん、誕生日ぐらいおこんなくてもいいのにね」
「仕方ないよ。お父さんもお母さんも心配してくれてるんだから」
そう言ってユウくんは少し困ったように笑った。
次の日曜日、ぼくたちは車で四十分もかけてとあるお寺に連れていかれた。「なんでこんな所に?」と思っていると本堂に通された。
畳張りの広い部屋。正面奥に須弥壇、その上には釈迦如来像に行基菩薩、壁には涅槃図が吊り下げられている。天井には草花が描かれていて、きらきらしたお飾りが垂れ下がっている。そして須弥壇の手前、一段上がった所に座っている男の人。袈裟を着て手には払子、きれいに刈り上げた坊主頭。たぶんそれなりにエラいお坊さんが正座したままぼくらを迎え入れた。ぼくは部屋中にしみこんでいる線香のいやなにおいと、外のセミの声さえ聞こえない静かさに居心地の悪さを感じながらユウくんのとなりに座った。
「どうも、初めまして。この寺の住職をしております、高藤光西と申します。本日はわざわざ遠い所からお越しいただいたようで、暑かったでしょう」
そう言ってお父さんたちと軽くあいさつをすませると、いよいよお坊さんが低く落ち着いた声で本題に入った。
「お電話では詳しい話はお聞きしておりませんので、改めて今回の御用件をお聞かせ願いますか?」
少しだけ間を置いてお母さんが話し始めた。
「あの……うちの子なんですけど、この子少し変なんです」
「変?お宅の息子さんがですか?」
お母さんはお坊さんの質問にうなずくと、決心したように話し出した。
「この子、昔からなんですけど……異様に独り言が多いんです。周りに誰も居ないのに……まるでそこに誰かがいるみたいに喋ってることがあるんです」
「はあ、誰かと……」
ぼくはお母さんの言ってることがよく分からなかった。ひとりごとなんてぼくもユウくんも言った覚えなんかないのに。
ふと、お坊さんと目が合った。他の三人には見向きもしないでお坊さんが真っ直ぐぼくを見ている。
「私達も最初は子供にはよくある事だと思って気にしなかったんですが、何年経っても独り言が無くなる気配がなくて……」
お坊さんが真っ直ぐぼくを見ている。
「それに学校の先生もこの子の独り言のせいでクラスの子達から避けられてるって言われて、それでこの間病院に行ってみたんです。でも医者が言うには、これはイマジナリーコンパニオンと言って子供が空想上の仲間を作り出す症状だと……特に害は無いし成長と共にいつか消えるものだと……寧ろ子供の精神の安定を促してくれるので放置するのがいいとまで言われました」
お坊さんが真っ直ぐぼくを見ている。
「でもいつか消えるって言っても、現にそのイマジナリーコンパニオンとかいうもののせいでクラスの子達と上手くいってないんですよ?いつ消えるかも分からないし……それに私どうしてもその、気味が悪くて……」
お坊さんが真っ直ぐぼくを見ている。
「気味が悪い?」
「はい、なんと言うか空想上の人物と会話しているにしては妙に会話の仕方とか内容がリアルと言うか、凄く実感を伴っている様な気がしてきて……。そう思い始めたらこの子のことが心配で、今まであまりそういう事は信じてなかったんですけど、何か良くないものがこの子に取りついてるんじゃないかと考えてしまって……」
「私は妻の考え過ぎだと思うんですがね。どうしてもと聞かないもので、これで妻の気が晴れればと。まあ私としても息子の独り言は悩みの種でしたから」
お坊さんが真っ直ぐぼくを見ている。
「ですからここならそういった霊的なものを祓って頂けると聞きまして、どうにかして頂けませんか?」
お坊さんが真っ直ぐぼくを見ている。
いやだ。
「確かに、息子さんにはこの世の者でないモノが憑いております。と言っても悪意は感じられませんがね。ただ、息子さん今十一歳ですか?この手のモノは殆どは七歳くらいまでで居なくなる様なモノなんですがね。」
坊主が真っ直ぐぼくを見ている。
いやだ、いやだ。
「まあ、万が一悪さをする様にならないとは言いきれませんし、お母さんの言う通り、お友達とのコミュニケーションにも支障が出るのは困るでしょうしね。」
坊主が真っ直ぐぼくを見ている。
いやだ、ユウくんと離れたくない!
「ただどうするにせよ、息子さん本人の気持ちも尊重しなければなりませんから。ねぇ、坊やはどうしたいかな?」
そう言って坊主が今度はユウくんに目を向けた。
「いやだいやだいやだ!ぼくはユウくんといっしょがいい!離れたくない!」
そう言ってぼくは泣きながらユウくんにしがみついた。ここはダメだ。このお坊さんはダメだ。このままだと二度とユウくんと会えないようにされる。
ユウくんはしがみついたぼくを見て、困ったように笑いながら言った。
「仕方ないよ、もう五年生なんだからさ。いつまでも一緒には居られないよ」
なんで?なんでそんなこと言うの?
「高藤さん、お願いします。トモくんを祓ってください」
いや……離れたく……消えたくない!
「わかりました。では早速始めましょう。その子が抵抗する前に」
坊主が何か黄色いいやな感じのする紙をお父さんとお母さんとユウくんの三人に手渡した。坊主が鈴を鳴らしてついにお祓いが始まってしまう。
坊主に合わせて三人が真言を唱える。
「「「「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤウン」」」」
いやだ!苦しい……なんで……なんで?ずっといっしょにいたいのに!「行かないで」って言ったクセに!
「「「「ノウマクサマンダバザラダンカン」」」」
いやだ……いタい……ユウくん……
「「「「オンカカカビサンマエイソワカ」」」」
いやダ……イヤダ……イヤ………………
無事にお祓いが終わった。いつの間にかトモくんは居なくなっていた。僕がその事を伝えると、お母さん達は安心した様子で高藤住職にお礼を言っていた。
トモくん。僕が物心ついた時からそばに居た、僕のお兄ちゃんで友達だった居るはずのない人ならぬモノ。彼が僕以外の人に見えない事はずっと前から解っていた。そして彼と話しているせいで友達が上手く作れていないことも。彼を消してしまったのは寂しいけれど、仕方のないことだった。僕も学校で孤立しているのは辛いし、何よりお母さん達が心配していたから。何か取り返しのつかない事をしてしまった様な気がするけれど、それでもこれで普通になれたんだ。今までが異常だっただけ。
彼が悪さをし始める前に祓えて本当によかった。
それ以来、かくれんぼでどんなに上手く隠れていても最後は笑って出て来てくれた彼は二度と出て来ていない。
読んでいただきありがとうございます。
もし「面白かった」「怖かった」「気持ち悪い話だな」等と思ってくれれば幸いです。
よろしければすぐ下の評価ボタン等をクリックなりタップなりしてもらえると、作者がよく眠れますのでよろしくお願いします。