最高の修行場所
「ふう……」
一度コツを掴んだあとは、一気に成長することができた。
フォレストタートルの攻撃を、俺は難なく避けることができたんだ。そして二回目の回避が成功した時点で……フォレストタートルは音もなく消え去ったのである。
「本当に……どうなってやがる」
攻撃もしていないのに魔物が消えるなんて……
こんなの聞いたことすらないんだが。
名門貴族たるアルナス家にさえ、こんな修行法は存在しない。
実際に指導者や魔物と戦って、怪我をしながら特訓するのだ。ナードも今頃、凄腕の剣士に剣技を叩き込まれていると思う。
それと比べれば、ここは最高の修行場所だ。
実戦に近い形で経験が積めるから、才ある者なら一気に強くなれるだろう。
「なああんた……本当に何者なんだ」
そこにいるともわからないが、俺は天を見上げてそう問いかける。
「そうですね……あなたの《付き人》とでも申しましょうか」
「付き人……?」
「ええ。現時点では理解しかねると思いますが……追々、わかるようになるでしょう」
「…………」
なるほどな。
まだ言えないってやつか。
「まあ……別にいいさ」
俺は近くの木にもたれかかりながら話を続ける。
「あんたの正体はどうでもいい。どうせ……生きることに意味がないからな」
「…………」
なにを思ったか、謎の声はしばらく黙りこくると。
「イスラ様。ここには快適な環境が揃っています。元の場所に戻りたくなければ、ずっとここに泊まるのもいいでしょう」
「は……?」
俺が目を見開いた、その瞬間。
なんと、俺の目前に家が現れた。
さすがにアルナス家の屋敷には見劣りするものの、一般的な民家にも遜色しないほどの大きさだ。
「こ、これは……?」
さすがに戸惑っていると、《謎の声》はまたしても驚愕の言葉を発してきた。
「どうするかはお任せしますが、しばらくはその家にお泊りください」
「と、泊まる……?」
マジかよ。
「ええ。向こう一週間分の食材は用意しています。それ以降はこの森で採取できるでしょう」
「…………」
俺は無言でその家に足を踏み入れると――たしかに家だった。
リビングにキッチン、さらには風呂場まで……
ひとりで暮らすにはむしろ大きすぎるほどの生活スペースが、そこにあった。
正直いって、かなりありがたい。
帰る場所をなくした俺にとって、住居はかなり大きな問題だからな。
だが……
「あんた……なぜここまで俺によくしてくれるんだ」
「ふふ……なぜでしょう」
そこで謎の声が憂いを帯びた。
「強いて言うなれば、想い人を幸せにしたいという女の意地……そう思っていただいて構いません」
「女の……意地……」
そういえば――
ここベルモンド帝国において、こんな逸話を聞いたことがある。
約3000年前、帝国は大規模な戦争を繰り広げていた。まさに血で血を洗う闘争だったという。
そして、その戦場で目まぐるしい活躍をしたのが――なんと当時の皇帝本人。
ガイア・ロ・ベルモンド皇帝は、政治的な手腕のみならず武芸にも秀でていた。だからその圧倒的な力でもって、敵兵士を蹂躙していたという。
戦場でも恐れることなく剣をふるい続けるその勇姿は、いまでも銅像や絵画となって残っている。
だが――伝説になっているのは皇帝だけではない。
皇帝の忠誠なる付き人――聖女リリアス・アルベール。
彼女も戦場では猛威を振るい、どんな危険な状態でも皇帝に寄り添い続けたという。高い実力も去ることながら、ひとりの男性を一途に想い続ける気高さに、当時の人々は胸を撃たれたとのことだ。
さっきの「付き人」という発言といい……共通してる部分は多そうだよな。
「もしかして……あんた……」
そう言いかけてやめる。
聖女リリアスは大昔の人間だ。彼女がそうであるはずがない。
「ふふ……」
謎の声は達観したように笑う。
「本格的な修行は明日からにしましょう。今日はもう疲れたでしょうし……ゆっくりお休みなさい」
「…………ああ」
正直まだまだ動けるんだが、無理は禁物だからな。
あいつの言う通り、今日はゆっくり休息を取るべきだろう。
昨日まで豪勢な屋敷に住んでいた身としては、驚きの展開が続いているけれど……
でも、こういう生活も悪くないだろう。
ここにいれば、少なくともアルナス家にいるよりは強くなれそうだしな。
「改めて、今後ともよろしく頼むよ。えっと……なんて呼べばいいんだ?」
「え……? 私をですか?」
謎の声が戸惑いのいろを帯びる。
「えっと……なにがいいでしょうか……? 考えたこともありませんね」
「なんだそりゃ。自分の名前くらいあるだろ?」
「ありますが……」
そこで言い淀んでしまう。
なんだろう。
言いたくないのか、言いづらいのか。
「じゃあ……リリアスでいいか?」
「え……。その名前は……」
「なんとなくそう呼びたくなったんだよ。なんか……しっくりくるしな」
なんだろう。
リリアスの声が、このときばかりはすこし震えた気がした。
「ありがとうございます。私も……なんだかしっくりきます」
「はは……そうか」
なんにしても、今日からここで修行三昧の日々か。
外れスキル所持者である分、しっかり頑張っていかないとな……!
7話目から無双が始まります!
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