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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

全員殺しますわよシリーズ

彼氏を奪われましたので家の掟に従って必ず殺します


 時間にして夜の七時を回った頃。


 空に浮かぶ月と星は雲で隠れてしまっているが、等間隔で設置された街灯が照らす夜道を歩きながら自宅のアパートに向かう一人の女性がいた。


 彼女は今自らの名を『シンシア・アルフォンス』と名乗っている。


「ふふ。トーマスのやつ、腹空かせてるかな?」


 セミロングの金髪をアップに纏め、目にはサファイヤのような綺麗な青の瞳。顔立ちは整っていて、誰もが彼女を美しいと言うだろう。


 身に着けている服装としては、白のノースリーブシャツに黒のショートパンツと大きいバックルが特徴的なベルト、足にはニーソックスと茶のロングブーツ。


 現在世の女性の間で流行っている『カワイイ系ヒラヒラファッション』と比べるとやや異端。女性としての慎ましさを表現しつつ最大限に可愛さをアピールする現在流行しているファッションよりも、どちらかといえば身軽でセクシーさを全面に押し出した格好だ。


 これはシンシアの男勝りな性格故もあるが、偏に動きやすいという点に重きを置いているからでもあった。


 そんな彼女の手には仕事帰りに立ち寄ったマーケットの紙袋が抱えられていた。夜道を歩く彼女の顔には笑顔が浮かび、誰がどう見ても幸せいっぱいと思えるような表情だった。


「今日はビーフシッチュー! 今日はラブラブ共同作業でビーフシッチュー!」


 それもそのはず。


 彼女は一ヵ月前から彼氏と同棲を始め、毎日がハッピーでラブラブな時間を過ごしていたのだ。今日も仕事帰りに夕飯の材料を購入して、アパートで彼氏と一緒に夕食を作って食べるという素敵な時間が待っている。


 素敵な時間を共に過ごす彼氏のトーマスは一流商会の幹部であり、紳士的な性格を持つ優しい青年。顔もシンシア好みのイケメンである。


 見た目も中身も将来性も抜群な男を捕まえた彼女としては、これからバラ色の人生を送れると確信していただろう。


 幸せいっぱい、ルンルン気分でアパートに到着したシンシアは自然な動作で玄関のドアを開けた。


「ただい――!?」


 開けた瞬間、彼女は異音に気付く。玄関を抜けた先にあるもう一枚のドア、ドアの先にあるリビングの方から女性の声が聞こえるのだ。それも、ただ話し合っているような声ではなく甘く艶めかしいような喘ぎ声が。


 この時、シンシアの内心を表すならば「嘘であってくれ」と祈りに似たものだったろう。彼女は抱えていた紙袋を玄関に落とし、リビングに向かって走り出す。


 リビングに続くドアを勢いよく開けると――ソファーに座る恋人のトーマスへ跨る黒い長髪の女がいた。


 愛しのトーマスはシンシアに向かって背を向けていることもあって表情や状態はよく見えない。だが、彼に跨る女は明らかに上半身裸であり、トーマスの首に腕を絡めながら上下に動いているではないか。


 まさかの事態にシンシアは絶句する。嘘であってくれと思っていた最悪の状況が目の前で繰り広げられているのだから当然だろう。


 しかし、彼女はすぐに我に返ると腰の背中側に刺していた小さな魔導拳銃を抜いて黒髪の女性に銃口を向けた。


「ビィィィッチッ!! テメェッ!! 人のカレシに何してくれてやがるッ!!」


 シンシアの美しい容姿からは想像もできないような下品な叫びが部屋中に木霊した。


「あら。おかえりなさい。貴女の彼氏、つまみ食いさせてもらったわ」


 だが、対する黒髪の女性は余裕の笑みを浮かべながら前髪をかき上げるだけ。ナチュラルメイクのシンシアと違って、ばっちりメイクした顔面と紅色の厚い口紅がクソビッチの特徴と言えるだろう。


 彼女の年齢は不明だが、シンシアよりも年上なのは確かである。


「クレーメルッ! テメェが何でアタシんちにいるんだよッ! ええッ!? しかも人のカレシの上に跨りやがってッ! 殺されてえのか!?」


 シンシアは黒髪の女性を名前で呼んだ。というのも、この二人は浅からぬ因縁を持った仲である。


「彼から聞いたけど、貴女ってまだ彼氏と寝てなかったのね? ふふ。ごちそうさま」


 クレーメルは「ふぅ」と息を吐くと挑発するように唇を舌で舐めた。


「ウチは結婚するまでヤっちゃいけねえって掟があるんだよッ! テメェみてえなブルーベリー色の乳首をしたヤ〇マンと違ってなッ!」 


 女性の口から飛び出すにしてはとんでもない暴言であるが、悲しいかな事実である。


 シンシアは実家の掟で婚前交渉はご法度。対し、クレーメルは己の利益になるのであればショタだろうがジジイだろうが誰でも抱くクソビッチのヤリ〇ン女である。


 貞操観念に関して対局に位置するような女性二人の視線にはバチバチと火花のようなものが散ってみえる。


「アタシはもうすぐ幸せになるはずだったんだ! それなのに……! このクソボケ女がッ!」


「ハッ! よく言うわよ! シンシア、貴女は彼氏に素性をちゃ~んと話しているわけ?」


 飛び出すシンシアの暴言にノーダメージと言わんばかりのクレーメルは彼女の事を鼻で笑った。


「大悪党リリィガーデン王族の末裔、殺しも厭わない悪党一家の次女。何人も人を殺して、自分は素敵な家庭を築こうなんて虫が良すぎる話だと思わないかしら?」


 クレーメルの言った事も、悲しいかな事実である。


 シンシア・アルフォンス。彼女が名乗る家名は偽りのもの。本当はリリィガーデンという家名であり、嘗てはこの大陸を支配していた大国王家のものである。


 嘗て支配していたとあるように、既にリリィガーデン王国という国はこの世に存在しない。今から百年以上前に国は消滅し、占有していた土地には新しい国々が誕生した。


 現在では貴族制度や王政などの旧社会構造は撤廃され、民主主義国家が多く乱立する世の中になっている。新しく誕生した国も新しい社会構造に則って王政を敷く国はほぼ存在しない。


 つまり、現在のシンシアは元王族の血を引く一般人。ただ血筋が良いというだけである。


 しかし、リリィガーデンという家名は非常に複雑な問題を孕んでいる。この大陸は元々戦争が頻繁に起こっていたが、その戦争を圧倒的武力で治め、その後も武力による恐怖によって縛り上げながら大陸統一を果たしたのがリリィガーデン王国という国である。


 その歴史から、ある土地では英雄的だったとされ、ある土地では悪魔的だったとリリィガーデン家の評価は二分する。特に現在シンシアが暮らしているアーガム国北部地方では『悪魔が棲んでいた国、歴史上最大の汚点』とまで評価されている。


「その様子だと素性は明かしていないようね? 彼氏が聞いたらどう思うかしら?」


 クレーメルはトーマスの両頬を片手で掴むと首を回して、彼の表情をシンシアに見せつけた。


 トーマスはクレーメルの持つ魅力と技に骨抜きにされてしまったのか、アヘ顔ダブルピースを晒しながらクレーメルの名を小声で連呼している。


 シンシアは完全に彼氏を横から奪われた状況だ。厳密には奪われたというよりも、犯されて狂わされたという表現が正しいかもしれないが。とにかく、彼女にどっぷりハマってしまったトーマスもクレーメルの絶技に脳が破壊される一歩手前である。


 しかし、同時にクレーメルの言葉はシンシアの胸に深く突き刺さた。


 クレーメルの言う通り、彼女はトーマスに自分の素性を伝えていない。嘗ての大国であったリリィガーデン王国王家の血を引く人間だとも言っていないし、クレーメルの言う一族の『生業』も隠したままだ。


 現在、シンシア・リリィガーデンは悪党にカテゴライズされている。それもクレーメルが言った通り、時には殺しすらもする極悪非道な大悪党として。


 ただ、シンシアの言い訳を代弁するのであれば「最近は真っ当な仕事しかしていない」だろうか。


 今日の仕事だって職業斡旋所で受けた花屋のヘルプだ。人殺しなど縁遠い平和的で真っ当な接客業である。


 シンシアは恋人を騙していたつもりはなかった。明かすのが怖かった、今までの居心地の良い生活を失いたくなかったというのが本音。


 生業に関しては実家の事情も含まれているのだが……。これについて詳しくトーマスへ語ったところで拒絶されるのがオチだろう。


「魔導拳銃を持ち歩いているのがいい証拠よね?」


「これは護身用だっつーの!」


 シンシアの言う事は事実だ。彼女は銃を好まない。それでも護身用の魔導拳銃を持ち歩くのは、やはり家名に一癖あるからだろう。それを抜きにしても、未だ女性が一人で夜道を歩くには危険が伴う時代でもあった。


「ふん。まぁ、そんな事はどうでも良いのよ。捜査官として大悪党リリィガーデンの一味を捕まえられれば私の将来は更に盤石となる。出世してハッピーってわけ」

 

 シンシアとクレーメル。二人には因縁があると言ったが、それは悪党と正義の間柄。


 前者は殺しを厭わぬ大悪党。後者は現在の世界においてトップスリーと肩を並べる三大国が連携しながら悪党を捕まえるべく組織された『国際連合警察』の捜査官。


 ――まぁ、クレーメルの方も出世の為なら手段を選ばない人間なので、純粋な正義の捜査官とは言い難いのだが。


 しかしながら、追われる者と追う者という間柄。二人は何度も現場で顔を見合せる仲であったが、シンシアは生業に関するルールに則ってクレーメルを殺害しようと思った事は一度もない。


 ただ、今現在では「やっぱり殺しておくべきだった」と後悔しているだろう。


「ふん。なんとでもほざけ。アタシのカレシを喰ったんだ。覚悟はできているんだろうね?」


 シンシアは大事な物を奪われて泣き寝入りするようなヤワな女じゃない。リリィガーデン家の掟には「大事な物を奪われた際はキッチリと落とし前をつけるべし」という絶対的な決まり事がある。


 特に家に生まれた女子に関しては掟が多く、異性に関係する事項はかなり多い。中でも第三者のビッチがリリィガーデン家女子の相手を奪うという状況が生まれた際は「必ず殺せ。絶対に何としても殺せ」という初代当主からのありがたいお言葉があるのだ。


 幼少期の頃から家の掟を叩き込まれて育ったシンシアは、掟に従ってクレーメルの殺害を決意したようだ。


 小さいながらも殺傷力は十分な魔導拳銃を両手で構え、銃口をクレーメルの額にロックオン。あとは引き金を引くだけで目の前にいる厚化粧黒髪ビッチは死ぬ。あの世へ行って神に腰を振る豚に成り下がるはず、だった。


「私が何も用意せずにここへやって来たとでも?」


 クレーメルは長い髪を耳に引っ掛けながらニヤリと笑う。瞬間、両隣の部屋と自宅を隔てる壁が爆発して大穴が開いた。


「ぐっ!?」


 爆発の衝撃と飛び込んで来る破片に、シンシアは腕で顔を隠しながら耐える。


 爆発の衝撃で愛しの彼氏と作った家のインテリアは無残な姿に。部屋の隅に置かれていた観葉植物は吹き飛んで、床には壁の破片が散らばる。


 出来上がった大きな穴から現れたのは黒い金属製のアーマーを着込んだ兵隊達。国際連合警察に属する特殊部隊がフル装備でシンシアの家に乱入してきたのだ。


「シンシア・リリィガーデン! 貴様を逮捕する!」


 特殊部隊員達は一斉にシンシアへ魔導小銃の銃口を向けた。各隊員の小銃に取り付けられたレーザーポインターがシンシアの胴に集中し、彼女の胸には赤い点が群がる。


「クソッタレ!」


 シンシアは壁をぶち破って突撃してきた特殊部隊に悪態を吐き、玄関から逃げようとするが次の瞬間には玄関のドアが吹き飛んで更なる増援が出現。


「チッ……」


 玄関も封鎖され、残された逃げ道である隣室に向かおうにも目の前にいる特殊部隊の者達がそれを許すはずがない。別の逃げ道である窓はクレーメルの背後にあって、それも脱出成功率は低そうだ。


 大悪党シンシア・リリィガーデン、万事休すか。


 シンシアは銃を持ったまま両手を上げる。観念したと言わんばかりのポーズに部屋の中に満ちていた緊張感が少し緩和するのが肌で感じ取れた。


 大悪党にしてはなんとも呆気ない最後。正義の組織に属する外道、手段を選ばぬ国際連合警察の捜査官クレーメル・ロクティには裏の世界では名高い大悪党も敵わぬか。


 クレーメルの要請でここへやって来た特殊部隊の隊員達は作戦終了の兆しが見えたことで安堵するが……。


 それはあまりにもフヌけている。大悪党、最強の殺し屋、伝説の血筋を引く者と謳われたシンシア・リリィガーデンはこの程度では捕まらない。


 部屋に満ちていた緊張感が緩んだのを感じ取ったシンシアは、壁をぶち破って登場した特殊部隊員達に向かって走り出す。


 隊員達が安堵した心の隙を突く咄嗟の判断と鋭く素早い動きで敵の間をすり抜けて、爆破によって繋がったお隣さんの家に転がり込んだ。


「貴様ッ!」


 虚を突かれた隊員達も馬鹿じゃない。訓練された上質な隊員達は隣室へ転がり込んだシンシアの背中に目掛けて銃口を向ける。


「うるせえ!」


 シンシアは振り返りながら手持ちの魔導拳銃をぶっ放した。しかし、小型の魔導銃故に飛び出す魔法の弾は小さく、対魔法銃防御用の分厚い金属製アーマーを着た隊員達には通用しない。


 胸の装甲にヒットしたシンシアの弾は小さな傷跡を残すだけで大した損害も与えられず、魔法で生成された弾は空気に溶けるように霧散してしまった。


「クソッ! これだから銃は嫌いなんだ!」


 魔導銃の口径、魔導銃内部にある魔導ユニットの出力等、それらに左右されて生成される弾の威力が決まる。シンシアの性格上、そういった小難しく確実性の低い魔導銃は「面倒臭い」のだろう。


 シンシアは応戦を諦め、この場から逃げる事を優先するよう頭を切り替えた。彼女は隣室にあった窓に向かって走り出す。


 彼女のある部屋はアパートの三階だ。同階の隣室なのだから、シンシアが向かう窓も三階に位置する。だが、彼女は躊躇うことなく両腕をクロスさせながら窓に飛び込んだ。


 飛び込んだ衝撃で窓ガラスが割れ、飛び散った破片と窓に残ったガラス片が彼女の腕を傷付ける。彼女の腕には赤い線状の傷がいくつも出来るがお構いなし。


 三階の窓を突き破って、彼女は外へと飛び出した。勿論、飛び出した先は空中だ。ベランダなんて上等な物は無く、外に飛び出したシンシアの体は重力に引かれて下に落ちていく。


 彼女は落下の途中でくるくると体を回転させ、何事も無かったかのように地面に足から着地した。人間とは思えぬ芸当を目の当たりにした特殊部隊の隊員達は一瞬だけ呆気に取られていたようだが、すぐに下へ向かえなどと声が聞こえてくる。


「クソ、クソ、クソ!」


 ガラスで切れた腕からは血が滴るも、手当している暇はない。シンシアは痛みを堪えながら建物の間にある暗い小道を駆け出した。


 既にこの街で生活して一年。頭の中には街に張り巡らされた裏道は叩き込んである。その成果もあって、追手からは順調に逃れられそうだったが……。


「検問を敷かれる前に街から出ねえと」


 街の出入り口を押さえられては脱出も難しくなる。そうなる前に迅速に脱出する必要があった。


 故に彼女は道端に停まっていた乗り合い魔導車(タクシー)に目を付ける。それに近付くと無理矢理後部座席のドアを開けて、運転手が驚いている間に乗り込んだ。


「おい! 今は休憩中で――」


「うるせえ! 車内にテメェのミソをぶちまけたくなかったらグロリアシティまで車を出せッ!」


「ひぃぃぃ!?」


 後部座席に乗り込んだシンシアは運転手の側頭部に魔導拳銃の銃口をグリグリと押し当てる。まさかのハイジャック行為に運転手は悲鳴を上げるしかできなかった。


「悲鳴上げてる暇あったらアクセル踏めってんだよッ!」


「分かった! 分かりましたァァ!!」


 銃口で頭をぐりぐりされた運転手は半泣きでキーを捻る。魔導車の動力源であるエーテル・エンジンが可動すると、魔導車の後部に取り付けられていたパイプから薄緑色の粒子が噴き出した。


 エンジンが掛かると運転手は焦るようにアクセルを踏む。法定速度違反となるスピードを出しながら街の外へ繋がるメインストリートを走り出した。


「クソッ! クソッ!」


 車内で悪態を吐くシンシアの脳裏には恋人だったトーマスの顔が浮かんでいるのだろう。彼女は傷だらけの手で顔を覆うと、目から溢れ出した涙を乱暴に拭った。


「絶対にぶっ殺してやるッ! あのクソヤリ〇ン女ッ!!」


 シンシアは魔導車の窓を開ける為のハンドルを猛烈に回す。窓が開くと自宅であったアパートの方向に向かって――


「ファァァァック!!」


 シンシアの怒りに満ちた叫びが街の夜空に響き渡った。


-----



 シンシアがジャックしたタクシーはアーガム国北部地方から南に数十キロ南下して、同じくアーガム国グロリア州にある都市、グロリアシティへ到着した。


「ほ、本当にここでいいのか……?」


 タクシーの運転手は恐怖を感じながらゆっくりとグロリアシティのメインストリートに魔導車を走らせていた。


 彼が感じている恐怖の正体は後部座席に魔導拳銃持ちのイカれ女がいるせいではない。いや、多少はそれも含まれるかもしれないが。


 彼が最も恐怖を感じているのはグロリアシティが『悪党共が巣食う街』と言われ、アーガム国の中でも治安が最悪と評価される点だ。


 その証拠にメインストリート両脇にある歩道には、店のネオン看板がビカビカと光りを放って街全体の品格を著しく落としているし、昼でも夜でもほぼ裸に近い恰好をした娼婦が路上で男を誘っているのが当たり前。


 それだけならまだマシだが、魔導拳銃をチラつかせながら歩くチンピラがうろついていたり、建物と建物の間にある薄暗い小道には違法薬物を販売するバイヤーが壁に寄りかかりながら立っていたりと、この街では何でもアリと言わんばかりの様子が簡単に目撃できる。


 因みにここは表通りであるというのがミソだ。暗い裏路地に迷い込めばもっと酷い現実を見られるだろう。


 特に現在の時刻は深夜過ぎ。悪党という闇の住人達が最も活発に動く時間だけあって、街の奥からは銃声のような音が何度も聞こえてくる。


「ここはマフィア達が仕切る街なんだろう……? こんな場所にいたら命がいくつあっても足りないんじゃないか?」


 運転手は頻りに首を回して周囲の様子を見渡しながら、ゆっくりとアクセルを踏み続ける。グロリアシティにいる者達はどいつもこいつもタクシーに目を向けているせいか、いつ襲われるか分からないと身の危険を感じているのだろう。


「いいから進め」


 対し、シンシアはぶっきらぼうに指定した道を進めと言うだけ。


 グロリアシティに向かう道中で購入した救急セットの包帯を巻いた腕を窓際に乗せて頬杖をつきながら、まるでこのような場所に慣れていると思わせるような余裕の態度であった。


「こ、ここか?」


 メインストリートを進むこと数分、タクシーはシンシアが指定した目的の地点に到着した。


 運転手が怪訝そうに車内から見つめる先には教会があった。


 建物自体は歴史を感じさせる古い造り。しかし、レンガ造りの外壁は綺麗に清掃されているのか古くてボロボロというイメージは抱かない。特に目を惹くのは高い位置にはめられたステンドグラスで、そこには赤いドレスを着た美女の絵が描かれていた。


 運転手は悪党共も神に祈るのかと言わんばかりの表情を浮かべつつ、バックミラー越しに後部座席に座るシンシアへ視線を向けた。


「ありがとよ。助かった」


 シンシアはショートパンツのポケットにあった小さいサイフを取り出し、折りたたまれていた紙幣を運転手へ渡す。金額が足りているかは定かではないが、運転手は金額について文句を言わなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! あんたこの街に詳しいのか!? エーテルの補給が出来る場所だけでも教えてくれよ!」


 金額について文句は言わないが、魔導車を動かす為の燃料である『エーテル』が補給できるエーテル・スタンドの場所を必死に問う。


 運転席にある燃料メーターがレッドラインを示しているからだろう。このまま補給せずに走り出せば魔導車は直に燃料切れを起こす。いち早くこの街から離れたいのか、自分へ銃口を突き付けていた女に縋るような態度を見せた。


「この先にスタンドがある。ただ、店主が癖モンでね。エーテル・スタンドを経営してるくせによそ者には厳しいんだ」


 シンシア曰く、ここから一番近いスタンドを経営する店主は街の外からやって来た人物に対して非常に敏感らしい。訪れた客がよそ者だと分かればナタを振り回して追っ払うのだという。


「店主がナタ持って近づいて来たらシンシアの使いだって言いな。そうすりゃ五体満足で帰れる」


「あ、ああ! 分かった!」


 シンシアは運転手に注意点を伝えるとタクシーを降りた。彼女がドアを閉めるとタクシーは急くように道を走り出した。


 彼女は去って行くタクシーを見送ると背後を振り返った。


「はぁ……」


 背後にあった教会――実家であるリリィガーデン教会を見上げながらため息をひとつ。彼女の内心を表すならば「結局戻ってきちまった」だろうか。


 シンシアは教会の木造ドアを開き、中へと進む。


 教会の中は薄暗く、最奥にある教壇の背後に置かれた蝋燭台の火だけが室内を照らす。教会内にある支柱には魔導ランプがぶら下がっているが、深夜という事もあって灯りは消されていた。


 床には赤い絨毯が敷かれて入り口から最奥の教壇まで続いており、絨毯の左右にはいくつもの長椅子が並べられている。


「姉ちゃん! いるかー!?」


 絨毯の上を歩きながら教会の中央へ進んだシンシアは教会の主である『姉』を呼ぶ。すると、奥にあったドアから一人のシスターが姿を現した。


「シーちゃん?」


 シンシアの顔を見つめながら首を傾げるシスター。彼女の名はアリシア・リリィガーデン。シンシアよりも五歳年上の二十三になる姉だ。


 光を反射しそうなくらい綺麗なプラチナブロンドは腰まで伸びて、顔の造りは姉妹故にシンシアと共通点は多い。彼女の方が年上な事と長い綺麗な髪やスタイル抜群なボディも相まって正統派の美女といった容姿。


 ただ、常に両瞼を閉じながら生活しているというちょっと変わった女性だ。


 彼女は黒と白を基調とした修道衣……に似た服装に身を包む。似た服装と表現したのは、修道衣の持つ慎ましさが失われているからだ。


 服の上半身部分はややぴっちりとして体にフィットする作りとなっており、何より特徴的なのは下半身部分。両ふとももの半ばに位置する部分からスリットが入っており、彼女の美しい健康的な足ががっつりと露出している。


 足には茶色の革ブーツを履いていて、そのブーツは修道女用にもファッション用にも見えない。どう見ても軍用の実用性と防御性能に優れたロングブーツであった。


 身に着けている服と靴のアンバランスさが少々目立つが、とにかく彼女がシンシアの姉である。


「シーちゃんどうしたの? 戻ってきたの~?」


 教会の中央で佇むシンシアにおっとりと喋るアリシアが近づいた。すると、姉の顔を見たシンシアは両方の目尻の涙の粒を浮かべる。


「ねーちゃん!」 

 

「あらあら」


 目尻に涙を浮かべたシンシアは姉の豊満な胸に顔を埋めるように抱き着いた。アリシアの胸に埋もれながら「ぐすっ」と泣き声を上げ、姉であるアリシアは優しく妹の背に腕を回して包み込む。


 何があったのかアリシアはまだ理解していないが、きっと嫌な事があったのだろうと内心で思っている様子。


 シンシアは男勝りで強気な言動をしつつも、昔から悲しい事や嫌な事があると姉であるアリシアだけには甘えるように泣く癖がある。アリシアとしては妹のそういった人間味のある部分がたまらなく愛しいといったところだろうか。


「アダシの……! アダジのカレシ、クソビッチに奪われた……!」


「あら~……」


 シンシアは恋人であったトーマスを本気で愛していたのだろう。姉の胸に埋もれながら声を押し殺すように泣く。


 妹の悲劇を聞かされたアリシアは、ただ彼女の背中を優しく摩って落ち着くのを待った。


「一体どうしてシーちゃんのカレピッピが盗られちゃったの~?」


 シンシアが一頻り泣き終えると、アリシアは彼女を抱きしめたまま詳細を問う。シンシアが事の経緯を話し終えると――


「ふぅ~ん。国際連合警察の捜査官ねぇ……」


 シンシアの彼氏を奪った相手が国際連合警察の一員だと知るとアリシアはこてんと首を傾げる。そのリアクションから察するにアリシアは「どうして国際連合警察が?」と疑問に思っているようだ。


「クレーメルって年増女がアタシのカレシとヤってて……ぐすっ」


「そう~……。悲しい事があって戻ってきたのね~」


 実のところ、シンシアはアリシアの制止を振り切って実家を出た。理由としては『理想の恋人探し』だ。


 グロリアシティのような場所ではシンシアが夢見る『イケメンで金持ちで誠実で優しい真人間』という条件を持つ男性はいない。ここで暮していると別の街が別世界に感じるほど、暴力に溢れた街だからだ。


 ただ、飛び出した甲斐あってシンシアはトーマスという恋人と出会ったのだが……。結果はご覧の通りである。


「シーちゃん。相手はちゃんと()()()のかしら~?」


 彼氏が奪われたと聞いたアリシアはシンシアの背中を摩りながら問うた。だが、胸の中に顔を埋めるシンシアは無言で首を振った。


「だめよぉ~。家の掟に従わないとぉ~。リリィガーデン家の女子たる者、想い人を奪われたのなら奪った相手の額にケツの穴を作るべし、でしょ~?」


「だって、仕事道具はここに置いて出て行ったし……ぐす」


 シンシアが本気になればクレーメルなど相手じゃない。完全武装した特殊部隊員達も同様に。だが、彼女が本気を出すには特別な道具が必要だ。しかし、実家を飛び出す際、家の仕事と決別する為にもここに置いていったのだろう。


「ん~、まぁ、それは一旦置いておきましょう~。でもねぇ、お姉ちゃんが気になるのは国際連合警察がどうしてシーちゃんを捕まえようとしたのかってところなのよねぇ~」


 国際連合警察は主に世界のトップを走る三大国の警察機関や軍から出向している者達が集まり、世界に蔓延る悪党を捕まえる集団である。


 リリィガーデン家も『人殺し』を行う以上、悪党にカテゴライズされるのだが……。


 実のところ、彼女達が行う殺しは『悪党』に限る。


 例えば大量破壊兵器を密かに製造して他国へ販売しようとしていた国の重鎮を殺害したり、連続殺人・大量虐殺を行おうとしていた小国の独裁者を殺したりと、世界に生きる人々にとって害となる連中のみを殺害する。


 事実、シンシアが仕事をしていた際にクレーメルが現場に駆けつけて、シンシアの仕事を邪魔するといった事が何度もあった。だが、シンシアは捜査官であるクレーメルを殺害する気は全く無かった。


 例え彼女に何度も邪魔されようとも、クレーメルが『世界の害悪』ではなかったからだ。


 彼女達リリィガーデン家の仕事にはこういったルールが存在する。所謂、彼女達は完全なる悪党というよりも『義賊』といった感じだろうか。


 国際連合警察は凶悪犯を逮捕し、司法に則って裁く。だが、リリィガーデン家はあくまでも自らの手で害悪を殺す。これが明確な違いだろう。


「根回しはしっかりしているはずなのにねぇ~」


 同時にリリィガーデン家は国際連合警察内部に干渉すら行っていた。元王家という事もあって、彼女達の家には強力な人脈と確かな情報網が存在する。


 それらの中には国際連合警察上層部に籍を持つ者達も含まれていて、これまでリリィガーデン家は『悪党』とされながらも見逃されるよう根回しがされていたようだが……。どうやらここへ来て、何らかの変化が生じたようだ。


「とにかく、今日はもう遅いからシーちゃんは休みなさい? お姉ちゃんが明日までに調べておいてあげるわぁ~」


「うん、わかった……」


 アリシアはシンシアの額にキスをして、彼女が出て行ってからも掃除を欠かさなかったシンシアの自室へ共に向かう。彼女が自室に入ったのを見送ると、アリシアも自分の部屋へ戻っていった。



-----



 翌日、シンシアはハッと驚くように飛び起きた。昨晩の出来事を夢で見ていたのか、目尻には涙の粒が浮かんでいる。


「どんだけ未練がましいんだよ……」


 自分の中でトーマスの存在がこれほどまでに大きくなっていた事と失った生活の大切さに改めて気付いたというところだろうか。


 シンシアはベッドを降りるとリビングに向かう。そこには既に起床していたアリシアがいて、マグカップにコーヒーを注ぎながら「おはよう」と微笑んでくる。


 姉の笑顔は実家を飛び出した頃と何ら変わりがない。優しく包み込むような笑顔でシンシアを迎えてくれる。


 だというのに、自分は勝手に実家を飛び出して勝手に戻って来ては無様に泣く姿を晒してしまった。それがたまらなくカッコ悪く、不甲斐ないと感じているのか、シンシアは顔を俯かせた。


「姉ちゃん、今までゴメン。勝手に家を飛び出して……」


 理想を求めて飛び出して、失敗して帰ってきた。それどころか、これまで実家の仕事を姉に押し付けてしまっていたのも事実。シンシアは寝間着としていたワンピースの裾を握り締めながら謝罪する。


「もう。いいのよ~。シーちゃんは幸せな結婚ってものに人一倍興味があったしねぇ~?」


 しかし、アリシアは特に気にしてないようだ。妹の気持ちや理想を理解していたのか、それとも愛しい妹ならばどんな事でも許せてしまうのか。


 恐らくは後者だろう。彼女はシンシアを抱きしめると慰めるように頭を撫でた。


「ただ~……。シーちゃんには悲しいお知らせがぁ~……」


 慰めるように頭を撫でていたアリシアはシンシアの両肩に手を置くと、彼女の顔を見つめながら眉をひそませる。


 アリシアは悲しいお知らせの正体が掲載されている新聞の一部を指差すと――そこにはシンシアの恋人だったトーマスの死亡を告げる記事が掲載されていた。


「トーマス・ミュランさんの遺体が橋の下で見つかった。恋人である女性が殺害か……って、アタシじゃないよ!!」


「分かっているわよぉ。きっとシーちゃんを襲撃した女が罪を擦り付けたのねぇ~」


 恋人が死亡した事を濡れ衣だと叫ぶシンシア。勿論、アリシアも彼女を信じている。それに彼女は真相を既に知っているのか、シンシアに罪を擦り付けたのはクレーメルであると断定するように言った。


「昨日から色々調べているけど~。どうやら裏切り者がいるみたいなのよねぇ~。シーちゃんの件と繋がっているみたいなのよ~」


「裏切り者?」


「そうよ~。私達に仕事の依頼を寄越したりぃ~。私達が仕事をしたことで利益を上げているにも拘らず、私達に罪を擦り付けようとしているみたいねぇ~」   


 アリシアが一晩で掴んだ情報によると、裏切り者とされる人物は国際連合警察上層部にも太いパイプを持つ企業の会長を務める老人だったようだ。


 そいつはリリィガーデン家に始末された害悪が消えた――消えると事前に分かっていた故に、それを利用して莫大な利益を掴み取った。


 ただ、この利益を掴み取ったという事自体はリリィガーデン家は問題視していない。その得た利益の一部を『善行』に使えばいい。例えば人々の為に病院を建てる、子供達の為に学園を建てるなど、善行とされる行為に使えば良しとしている。


 彼女達に協力する以上、何かしらのメリットが無ければ悪党に加担しようなどと思わないだろう。


 しかし、この老人は利益を独占して私欲の為に使った。私欲を満たす行為が派手過ぎて国際連合警察の調査委員会に不正利益取得の疑惑が掛けられたのが切っ掛けのようだ。


 疑惑から逃れるためにリリィガーデン家に利用された、でっち上げられたと彼女達に罪を擦り付けた。世間が彼を深く追及する前にクレーメルにシンシアを逮捕させ、自分は難を逃れようと画策したようだ。


 国際連合警察内部にいる協力者もシンシアを庇うと繋がりが疑われるため大きな声では擁護できず。どうにか止めようとしている間にクレーメルを筆頭とした捜査官を動員してシンシアの自宅を特定、襲撃が実行されてしまった。


「シーちゃんの自宅がバレたのも、ヤツのせいよね~」


 実家を出ていて、最近は仕事をしていなかったシンシアが狙われたのも犯人が知恵を巡らせた結果だろう。実家から離れていれば簡単に始末できると想定していたようで。


 こういった事態も想定してリリィガーデン家は治安が悪く、警察機関などの力が通用しずらいグロリアシティに置かれているのだが、今回は少しタイミングが悪かった。


「私達は確かに殺しをするわぁ~。司法による力で簡単に裁けない者を裁くのが私達の仕事だしねぇ~。でも、私達に関与している者達も同罪なのよぉ~」   


 リリィガーデン家は悪を裁く。だが、それは社会の定めたルールから外れた方法で行われる。故に彼女達は『悪』とされるが、彼女達に関わった者達もまた『悪』となろう。

 

 だからこそ、相手にもメリットが生じるのだ。悪となる代わりに得られるメリットが。


「でもねぇ~。ルール違反はだめよぉ~」


 ルールを逸脱すれば本当の悪に成り下がる。それはリリィガーデン家の掟が許さない。


「クレーメルは? その政治家に利用されているだけ?」


「ああ、彼女は裏切り者に抱き込まれたみたいねぇ~。昇進と莫大な報酬に目が眩んだみたいよぉ~?」


 恐らくは国際連合警察内部にいる協力者から得た情報なのだろう。彼女の行動に関して上層部は容認しておらず、完全に彼女の独断で行われたと回答を得たようだ。


「じゃあ……」


 シンシアの瞳に復讐の炎が宿る。それを見たアリシアはニコリと聖母のような笑みを浮かべて――


「ええ。人の恋人を奪った愚か者は裏切り者と一緒に殺しましょうね~?」


 リリィガーデン家において絶対の掟を口にした。


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 裏切り者の情報を掴んだリリィガーデン家の姉妹は早速とばかりに標的のいる都市へ向かった。


 向かった街はグロリアシティから東にある大河を渡った先、世界三大国家の一つであるルグレッサ国に属する都市だ。ルグレッサ国サントマーク州のサントマークシティと呼ばれる場所である。


 ルグレッサ国は三大国家の中でも、近年技術と性能の向上が激しい魔導具の研究・製造に力を入れている国。生活必需品である生活用魔導具から兵器となる魔導兵器まで幅広く注力している。


 特に姉妹が到着したサントマークシティには、ルグレッサ国政府と共同で魔導具研究・開発を行う企業『ボルボッサ・インダストリー』という名の企業が都市の中核に食い込んでいる。


 ボルボッサ・インダストリーは国と契約している事もあって、サントマークシティに多大な貢献を及ぼす謂わば州経済の要だ。


 多くの雇用を生み出して州で暮らす住民の生活を支えているし、ルグレッサ国で誕生する最新式魔導具をいち早く手に入れたいマニア達が数多く訪れる事で小売りや飲食業等への貢献度も高い。要はルグレッサ国の中で一番の都会というヤツである。


 経済的に一番潤っている州というだけあって土地の規模も大きく、住宅の多さやインフラの整備度合も抜群に良い。


 ただ、出入りする人が多いという事はシンシア達が魔導車で都市に進入しても怪しまれる事はない。都市の治安を維持する州警察には莫大な人数を一人一人検査している余裕などなく、ここまでは楽々といったところ。


「問題はどうやって相手に近付くか、よねぇ~」


 シンシア達は都市内にある三階建ての雑居ビル屋上で双眼鏡を使いながら、都市の中心にあるボルボッサ・インダストリー本社ビルを観察していた。


 裏切り者の名はアサト・ボルボッサ。アサトは一代でボルボッサ・インダストリーを大企業まで成長させた男である。歳は今年で七十を越えるが、未だ代表の座にしがみつく欲深き男。


 彼は経営に関しても優れているが、何より優秀なのは魔導具に関する知識だ。七十を越えても魔導具の研究開発を続けており、彼の生み出す魔導具――特に魔導兵器は他国が羨むほどの性能を持つ。


 シンシア達が観察する二十階建ての本社ビルには、その優秀な性能を持つ警備用の自立魔導具がウヨウヨ徘徊しているとの噂だ。


「突撃してぶっ殺せばいいんじゃないの?」


 双眼鏡で本社ビルを観察するアリシアの隣で、シンシアは屋上を囲う手すりにもたれながら意見を言った。随分と脳筋な意見であるが、彼女が考えるプランとしてはいつも通りだ。


 情報を何より重視するアリシアに比べて、シンシアは自身のパワーで全てを突き破っていくタイプである。


「もう、だめよ~……って言いたいところだけどぉ~。今回ばかりはシーちゃんの案が確実かもしれないわねぇ~」


 アリシアは修道衣の首元部分を引っ張って、腕を服の中に突っ込んだ。


 自身の谷間から取り出した薄い板状の携帯端末と呼ばれる魔導具には、ボルボッサ・インダストリーに関する情報が表示されていて本社ビルの構造や警備体制などの情報すらも表示されていた。


 彼女の持つ情報を見る限り、本社ビルの警備に隙は無い。一階のロビーには標的であるアサトが雇った傭兵団が警備を行っているし、アサトがいる十三階は特に厳重な警備体制が敷かれているようだ。


 国際連合警察の特殊部隊が配備されていないのはアリシアが内部の協力者に働きかけた結果なのかもしれない。


 しかしながら、1階だろうが、屋上からだろうが、途中の階の窓ガラスをぶち破って侵入しようが、どう足掻いても警備用の自立型魔導兵器――人間サイズの箱型で各種武装と脚には四輪を備えた物――に発見されてしまうのは確実。だったらシンシアの言う通り、最初から見つかる前提で動いた方が話が早い。


「どうせ相手はアタシ達を知ってるんだ。自分の周りを手厚くしているのも、そういう事でしょ」


 アサトは短期間であるがリリィガーデン家の協力者だった。彼女達がどのような仕事をするのか知っているし、彼女達が仕事を行えば確実に成功させる実力を持っている事も知っている。


 それ故に厳重な警備体制を敷いているのだ。喧嘩を売った相手をよく理解しているつもりなのだろう。

 

「でも、足りねえ」


「まぁ、そうよね~」


 ただ、実際に彼女達の仕事っぷりを目にした事はない。彼は彼女達を理解している()()()なのだ。常識の範囲内、人が行える事の範囲内、凡人が考え得る想像の範囲内。それだけでしか理解していない。


 彼女達リリィガーデン家を深く理解している者達は絶対に喧嘩など売らない。ましてや、裏切るなど愚の骨頂である。


「欲深いジジイは姉ちゃんに任せるよ。でも、クレーメルはアタシが殺すから」


「それは勿論よ~。シーちゃんがやらないと初代様に怒られちゃうわぁ~」


 シンシアはクレーメルがいるであろう、本社ビルの十三階へ向けられた。彼女の瞳には『必ず殺す』という強い意志が宿っている。


 対し、アリシアは久しぶりに見る妹の本気の表情にニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「ただ、夜を待ちましょうね~。さすがに罪の無い州警察の人員を殺すのは忍びないわぁ~」


「ああ、分かったよ」



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 一方でボルボッサ・インダストリー本社ビルでは、勤めている社員達がせっせと汗を流しながら働く中……。


「何をそんなにビクビクしているわけ?」


「馬鹿者! 奴等は必ず来る!」


 代表であるアサト・ボルボッサは自身の執務室で体を丸めながら戦々恐々としていた。


 護衛としてクレーメルも傍にいるが、彼女はソファーに座りながら自身の爪にネイルを塗って「意味不明」とばかりにアサトを鼻で笑う。


「あのねぇ。相手だって同じ人間よ? これだけ厳重な警備体制を敷いて、しかもリミッターを解除した自立型魔導兵器まで配備しているんだから」


 本部の特殊部隊を動員できなかったのは残念だったけどと零すが、彼女としてはアサトの雇った傭兵と自社製の自立型魔導兵器、それに自分がいれば問題無いと思っているのだろう。


 そこまで怯える必要は無いんじゃないか。彼女は続けて言葉を口にするが、アサトは相変わらず体を震わせながら血走ったような目でクレーメルを睨みつける。


「そこまで怯えるなら何で喧嘩なんて吹っ掛けたのよ……」


 ため息を吐くクレーメルだが、彼女の意見は尤もだ。こうなる事が予想できていたのなら、そもそも相手に喧嘩を売らなければ良いだけである。


「こうするしかなかった! 何もしなければ確実に刑務所行きだ! ワシのような人間が刑務所に入るなど許されるはずがない!」


 アサトは何度も机を叩きながら狂ったように叫ぶ。結局は保身のため、自身の自由を謳歌するために見切り発車で選択した事のように思えるが。


「まぁ、私としてはどうでも良いわ。あの女を捕まえれば昇進確実。それに報酬も手に入るんだから」


 アサトとは対照的にクレーメルはルンルン気分で爪のネイルに息を吹きかける。手の爪が紫色に染まって、気分が上がったらテーブルの上に置かれた旅行ガイドブックを手にして。


 どうやら報酬を得た後は最高の海外旅行を楽しもうという魂胆の様子。美味い食事と最高級ホテルでのもてなし、併せて現地の男性を食い荒らすというクレーメル式の最強旅行計画を考えているのだろう。


「暢気に旅行の計画など練るなッ!」


「別にいいじゃないのよ。仕事はキッチリやってあげるから心配しないで。目の前であの女の首を絞めて、貴方に謝罪の言葉を聞かせてあげるから」


 殺せないのが惜しい、とばかりにサディスティックな笑みを浮かべるクレーメル。


「ようやくあの女に仕返しできる時が来たのよ? こんなチャンス、逃す訳ないじゃない」


 クレーメルとシンシアの間には因縁があるが、彼女としてはライバル関係というよりも憎悪を抱いていると言った方が正しいか。


 その理由はこれまでシンシアの仕事を妨害するも、彼女を捕らえられる事はできなかった。それは国際警察内部にいるリリィガーデン家の協力者がシンシアに協力していた事もあるのだが。


 とにかく、クレーメルはこれまでシンシア関係の事件に携わると必ず『失敗』の烙印を押されてきた。何も知らぬ上司は彼女に皮肉を言ってくるし、対するシンシアは悪党の中でも「華麗に仕事をこなす」とある意味で華々しく評価が上がっていくばかり。


 悪党が評価されて、自分が評価されないのはおかしい。どこかのタイミングでクレーメルの中にあった感情は捻じ曲がり、自分に黒星をお見舞いするシンシアがたまらなく憎たらしいという感情で染まっていった。


 彼女としては、これまで舐めてきた苦渋をシンシアにも味あわせたいのだろう。だからこそ、一般人であったシンシアの彼氏であるトーマスを巻き込んだし、知らしめるように彼を殺害したのだ。


 要は正義を掲げる組織に所属しながら精神的に堕ちた屑、それがクレーメルという女。一方で彼女と対峙するのは殺しを厭わぬ一家の次女。果たして、どちらが真の悪なのか。


「とにかく、今はリラックスしたら? どうせ来るとしたら夜でしょう?」


 クレーメルは何度もシンシアと対峙した。だからこそ、彼女が一般人を戦いに巻き込む事を好まないと知っている。故に本社ビルで働く一般人達が帰宅した後の時間が彼女達の狙いであると怯えるアサトに言う。


「ならガイドブックなど読まずに準備しておかんか!」


「はいはい、分かったわよ。まったく、うるさいジジイね」



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 時間は経過して、夜の十二時を回った頃。


 ボルボッサ・インダストリー本社ビルから二ブロック離れた裏路地に停まる魔導車の中にはシンシアとアリシアがいた。


 運転手はアリシアでシンシアは助手席に座りながら手に装着したグローブの感触を確かめた後、履いているブーツの紐をきつく締めた。


 仕事で魔導銃を使わないシンシアにとって、このグローブとブーツが彼女の仕事道具だ。


 まずはグローブについてだが、全体的に黒い革と銀色の金属で構成されている。何より特徴的なのは銀色のトゲ状になった金属が備わっている事だろう。


 相手を殴った際は金属製のトゲが相手の肉に突き刺さること間違いなし。所謂、トゲトゲ付きのグローブ。


 次にブーツだが、こちらは全体的に茶色である。外見としてはどこにでも売っているようなロングブーツだが、彼女が愛用する秘密はやや厚めの靴底にありそうだ。


「さて、いくわよぉ~」


 運転手であるアリシアは魔導車のキーを捻る。エンジンにエーテルが満たされると薄緑色の粒子を排出し始め、彼女が踏んだアクセルペダルに連動してタイヤが動き始めた。


「……安全運転で」


「分かっているわよぉ」


 シンシアは少し不安そうな顔をしながらそう言うが……。運転手であるアリシアはアクセルを最初からベタ踏みした。


 グオンと獣のような雄叫びを上げ、アリシアの運転する魔導車は猛烈なスピードで前で出る。助手席に乗るシンシアの背中が座席に引っ付くほどの勢いである。


 裏路地から勢いよく飛び出した魔導車はメインストリートへ進入。その際、メインストリートを走っていた一般車両とぶつかりそうになるが、アリシアの華麗なテクニックで回避した。


 といっても、あと数ミリで相手のボディと接触しそうなくらいギリギリだったし、片輪が浮く程の猛烈なカーブだったのだが。


「安全運転って言ったじゃん!?」  


「安全運転よぉ~?」


 どこが? と叫びたくなるくらいだが、アリシアにとってはこれが『普通』である。


 二車線で整備されたメインストリートを爆走し、左右の車線を使いながらどんどん他の魔導車を追い抜いていく。運転席側にあるスピードメーターの針は常にMAXを指し、ブレーキを踏む気配は全くない。


「ひぃぃぃ!?」


 久々に体験する姉の『本気』にシンシアは思わず悲鳴を上げた。サントマークシティに向かう時はどこかピクニックに向かうようなのんびりとした運転だったのに、仕事となるとアリシアの運転は途端に変わる。 


 彼女はハンドルを握ると性格が変わるタイプなのだろう。普段はおっとりしているのに本気を出した時の運転は大胆を通り越して暴走に近い。


「間もなく、ボルボッサ・インダストリー本社ビルで~す」


 メインストリートを爆走する魔導車は一気に目的地へ。本社ビルの敷地へ入る前にあるゲートバーを突き破り、そのままガラスで作られたビルの入り口に向かっていく。


「姉ちゃん、入り口で車を停めるよね!?」


「ノックはするわよぉ~。人の家に入る時はノックが基本でしょ~?」


 シンシアの焦りが滲む質問に対し、アリシアが出した言葉は答えになっていない。彼女はニッコリと妹へ微笑むと運転席側にあったレバーを引いた。


Knock(ノック),Knock(ノック)


 アリシアがそう呟くと同時に魔導車のバンパーから杭のような物が二本飛び出した。リリィガーデン家の所有する魔導車に搭載された兵器『ドア・ノッカー』だ。


 現代ではかなり原始的な兵器であるが、有効性はすさまじい。なんたって魔導車のスピードを利用して鋼の杭を突っ込ませるというシンプルかつ超物理的な兵器だ。これで突き破れないのは軍事用に製造された何重にも重ねられた外装甲くらいだろう。


 つまり、ビルの入り口にあるガラス製のドアの耐久力など紙も同然。


「ロックンロールよぉ~!」


 いつものおっとりした声でアリシアは本社ビルに突っ込んだ。本社ビル一階にあるエントランスにはアサトが雇った傭兵達が武装した状態で警備していたが……。


「うわあああ!?」


「逃げろッ! 逃げろッ!」


 鋼の杭を前に突っ込んで来る魔導車に対し、傭兵達は逃げるしか選択肢はない。エントランスには自立型魔導兵器も配備されていたものの、それらは突っ込んできた魔導車の杭に貫かれて破壊されてしまう。


 数体の魔導兵器を破壊しながらエントランス内に進入したアリシアは、エントランス半ばでようやくブレーキを踏む。ギュルギュルとタイヤから音を鳴らして魔導車を180度回転させながら停止させた。


「姉ちゃん! ドア・ノッカーは使わないって前に約束しただろ!」


「ええ~? 私、これが一番好きなのにぃ~」


 とても平和な姉妹の口論をしつつ、二人は魔導車から降りる。すると、一時退避していた傭兵達がエントランスに戻ってきた。


「動くな!」


 彼等は魔導銃を構えて二人に狙いを定める。かなりバイオレンスな登場の仕方だったが、それに用いられた魔導車から降りたという事もあって傭兵達は勝機を見出したのだろう。


 それに相手は女性二人だ。筋肉ムキムキでいくつもの戦場を渡り歩いてきたベテランの傭兵達にとってはイージーな相手……と思っているに違いない。


「どうする?」


「殺すわよぉ~。この人達って、かなりあくどい戦争屋さんだしぃ~」


 傭兵達の所属は裏で相当黒い事をやっていた元軍人将校が設立した傭兵団。金を積まれれば何でもするし、命令とあれば非戦闘員―― 一般人だって虐殺するような輩である。


 信念もプライドもない、ただ金を貰えれば良し。そういった混乱を利用して利益を上げる戦争代理人達。故にリリィガーデン家としては抹殺対象の一つと言えよう。


「りょーかい」


 銃口を向けられたシンシアは傭兵達を睨みつけ、グローブを装着した右手を彼等に突き出した。一体何を、と傭兵達が怪訝な様子を見せているとシンシアの右手に紫電が纏い始める。


「喰らいな」


 シンシアは突き出した右手をデコピンをするような形に変えて中指を弾く。すると、彼女の右手から一筋の紫色をした電撃が傭兵達に向かって放たれた。


 電撃は傭兵達――対峙していた五人の傭兵へ到達する前に枝分かれし、五人同時に胸を貫く。電撃で胸を貫かれた傭兵達は一瞬で体内の臓器を焼かれてしまい、魔導銃のトリガーを引く事すら出来ずに絶命した。


 彼女が使ったのは魔法である。この世界に生きる者達は少なからず魔力を体内に秘めていて、生身でも魔法を発現できるが人を殺すほどの威力を持った魔法は使えない。


 精々、指先から火の粉を出して紙を燃やす程度。それもかなり集中しないと使えない。故にこの世界の人々は『魔導具』といった魔法を代わりに発現させる道具を使用しているのだ。


 しかし、シンシアが発動した魔法は魔導具ですらも発現できないような魔法であった。それを可能にする秘密は、彼女が身に着けるグローブと彼女自身にあるのだろうか。


「銃は嫌いなのに~」


「こっちは簡単じゃん」


 相変わらず、それ好きね~とアリシアが笑う。シンシアにしてみれば自分で狙いを定めなければならない銃に比べて、先ほど放った紫電は自身の思考をトレースしながら動くから簡単だと言いたいのだろう。


 とにかく、エントランスで待機していた最初の障害は排除したが……。


「侵入者だ!」


 エントランスの奥にあった扉と二階部分である二階エントランスの奥から増援が出現。勿論現れたのは傭兵と警備用の自立型魔導兵器だ。


「姉ちゃん、やるよ!」


「はいは~い」


 息ぴったりの姉妹はたったこれだけの言葉を交わしただけで、互いの行動を理解する。


 シンシアはブーツのつま先をトントンと床に二度当て、先ほど放った紫電をブーツに纏わせた。シンシアが紫電の纏った状態の足でジャンプすると、吹き抜けになっているエントランス一階から二階まで一気に飛び上がる。人間とは思えぬジャンプ力に傭兵達は目を見開き、銃を構える事すら忘れてしまった。


 ジャンプしたシンシアは空中で回し蹴りを放った。すると、足に纏っていた紫電がブレードの刃のような形状になって飛んで行き、傭兵達の体を一気に切り裂くように貫いていく。


 最初に殺害した傭兵達と同じく、ブレード状の刃を喰らった数名の傭兵達は臓器を一瞬で焼かれてしまった。


 更には空中で空を蹴ると、まるで羽が生えたかのように空中で前進。シンシアは二階エントランスに着地して、生き残っている傭兵達と魔導兵器に対峙する。


「化け物がァ!」


 仲間を殺された傭兵達が一斉に魔導銃を乱射した。それに加えて、人間の殺害を許可された魔導兵器達もボディに装着された魔導銃を連射し始めるが……。


「ふんっ!」


 シンシアは飛んで来る魔導銃の魔法弾に対し、右ストレートを放つようなモーションで紫電を纏わせた右手を繰り出す。すると、放った右手から衝撃波が発生した。


 放たれた衝撃波は傭兵と魔導兵器が放つ魔法の弾を飲み込む。弾は溶けていくように無効化されてしまい、シンシアへ到達する弾は一発も無かった。


「銃なんて遅いのよッ!」


 加えて、彼女は足に紫電を纏わせながら相手に向かって駆け出す。すると、再び人間とは思えぬほどのスピードで相手へ肉薄。紫電を纏った両手両足で近接戦闘をお見舞いし始めた。


 殴る蹴るといったシンプルな戦い方であるが、両手足に纏う魔法のおかげで爆発的な破壊力を生むのがシンシアの得意とする戦い方だ。


 紫電を喰らえば生身の人間はひとたまりもない。それを至近距離でぶち当てられれば死は確実。彼女にとって当たるかどうかを神に祈るしかない魔導銃を用いない理由はここにあった。


『殴れば確実。殴った方が早い』


 シンシアにとってはこれに尽きる。銃を撃つよりも殴った方が確実だし、何より早い。それに戦いの根本は自身の体を使うため、どこの誰かが作った兵器よりも信頼できるという事だろう。


 右ストレートを顔面に食らった傭兵は脳を焼かれて死亡。左フックを喰らった傭兵は強化された打撃力で顎と首の骨を粉砕されて死亡。股間を蹴られた傭兵は股間から紫電が内蔵を焼いて死亡。


 恐怖を知らぬ自立型魔導兵器は最後まで抵抗するものの、どれも紫電を纏ったパンチと蹴りで装甲を破壊されてしまう。同時に内部にあるコアユニットを紫電で焼かれて機能停止に至った。


「ふん。楽勝」


 シンシアは腰に手を当てて鼻を鳴らす。これが最強と謳われるリリィガーデン家次女の実力。まさに人間離れした実力であるが……長女の方はもっと規格外と言えるだろう。


 一階エントランスを任されたアリシアは現れた増援に対して、頬に手を添えながら「あら~」と零すだけ。


 おっとりとした雰囲気とセクシーな修道衣を着た女性を前に傭兵達はニヤニヤとしながら銃口を向け、制圧した後にナニをするのかを夢想しているに違いない。


 しかし、リリィガーデン家の長女は凶悪だ。


「無駄な抵抗は止めるんだな。大人しく投降すりゃあ、命は取らねえ」


 殺してしまったら楽しめないしな、とゲスな笑い声を上げる傭兵達。アリシアの胴には傭兵達の持つ魔導銃と自立型魔導兵器に装着された魔導銃のレーザーポインターが群がるが……。


「あらあら~」


 アリシアはニコリと笑った後に右手を胸の位置まで挙げると、ぎゅっと拳を握り締めた。


 すると、傭兵達と魔導兵器の足元がグラリと揺れる。一体なんだ、と傭兵達が地面に視線を向けた時にはもう手遅れ。床のコンクリートを突き破り、地面から硬化した土の杭が物凄い勢いで突き上がる。


 結果、アリシアと対峙していた全ての傭兵と自立型魔導兵器――合わせて二十の人間と金属の塊が土の杭によって貫かれた。


 魔導兵器は外装を突き破って内部ユニットを破壊され機能停止。これはまだ良い。人間の方はもっと悲惨だ。どいつもこいつも股から土の杭をぶっ刺され、口か頭部から杭の先が突き出るというスプラッタ極まりない人間串刺し状態である。


「あらぁ。みんな呆気ないわねぇ~」


 彼女は瞼を閉じたまま、クスクスと笑う。おっとりとした声音で言うが、彼女の口元は歪んでいて惨状を楽しんでいるような雰囲気があった。


 妹が雷を操るならば、彼女は土を操って標的を殺す。アリシアの戦い方に関しては他にも秘密がありそうだが、妹のシンシアよりも魔法の操作練度は高く、そして凶悪だ。


 彼女が見せた惨状を他の傭兵が目撃したらどう思うだろうか。まるで地獄のような状況を目の当たりにした者達は恐怖に支配され、戦意喪失するに違いない。


「うわ、相変わらずグロッ!」


「お姉ちゃん、傷付く~」


 二階から降りて来たシンシアが惨状を見て引き気味に言うと、アリシアはショックを受けたような表情を浮かべた。どうやら妹には頼れる優しい姉のイメージを持ってほしいようだが……随分と前から手遅れだろう。


「上に行こう」


「そうねぇ~」


 シンシアの言葉に頷いたアリシアは魔導車のトランクから愛用の武器を取り出した。取り出したのはバトルハンマーと呼ばれる巨大で重厚な大槌だった。


 ただ、相手を殴打する部分には魔導具に用いられるような近代的な仕様が見える。あくまでも形状は槌だが、槌の内部には何か魔導具的な機構が仕込まれているようだ。


「さぁ、いきましょ~」


 二人は揃ってエントランスの奥へ。奥にあったエレベーターを起動して、上の階へ向かった。


 途中でエレベーターが停止して扉が開くと傭兵や魔導兵器が待ち構えているという事態が度々起きたものの、人間離れした実力を持つ姉妹を止められるはずもなく。


 傭兵や魔導兵器など一瞬で蹴散らされて終了。シンシアが「閉めるボタンを押すのが面倒」と文句を言うほどであった。


 標的のいる十三階に到達し、エレベーターの扉が開くと――


「撃てええええッ!!」


 十三階の特別厚い警備体制を成していた傭兵達と魔導兵器による一斉射が姉妹を襲う。一斉に放たれた魔導銃の魔法弾が二人に殺到するが、エントランスで見せた時と同様にシンシアの紫電による魔法防御が弾を無効化した。


 シンシアの魔法防御を盾にしつつ、二人はゆっくりと歩きながらエレベーターから降りる。


「姉ちゃん」


「はいは~い」


 魔法防御を展開しながら魔法弾を防ぐシンシア。彼女は姉に顔を向けて「よろしく」とばかりに頷いた。


 さて、ここで活躍するのがアリシアの大槌である。彼女は土を操るが、それは操れる土が無ければ機能しない。


 先ほどは一階だったが故に、コンクリートの床下に土があったから魔法を使えたが、今回のようなビルの高層階では彼女の魔法は期待できないだろう。その弱点を埋めるのがこの魔導大槌というワケだ。


「姉ちゃん、いいよ」


「よっこい、しょっ!」


 シンシアが魔法防御としての機能を持つ紫電の壁をその場に固定させる。そして、大槌を構えたアリシアがその壁をぶん殴ったのだ。


 槌に内蔵された機能によってシンシアが使用した電撃の壁は即時分解され、大槌の内部にあるユニットに吸収される。吸収した魔法エネルギー ――魔素と呼ばれる魔法の素を内部にチャージしつつ、別の魔法に変換する。


 そうして振られた大槌から放たれたのは風の魔法。鋭い風の刃が無数に放たれ、正面に陣取っていた傭兵と魔導兵器を襲う。


「ぎゃ――」


 傭兵達は断末魔を途中で終え、体中がバラバラになってしまう。風の刃で刻まれたのは人間だけじゃなく、お供としていた魔導兵器もボディを両断され、廊下の壁すらも鋭い傷跡が刻まれる。


 役目を終えた大槌からはプシュッと白い煙が排出され、内部機構のクールダウンが始まった。


「さぁ、行きましょ~」


「うへえ……」


 アリシアはニコニコ笑顔で床に転がる死体を特に気にせず歩き出すが、シンシアの方はなるべく目を逸らしながら転がる肉塊を避けて慎重に歩き始めた。


 十三階でも何度か戦闘を繰り返しているうちに、二人はアサトが使う部屋に到達。


 部屋のドアには鍵が掛かっていたが、そんな物は役に立たない。シンシアが足に紫電を纏わせて、ドアを蹴り破ると――


「チッ……。あら、思ったよりも早く来たのね?」


 部屋の中では壁に作られた秘密の抜け道を使って逃げようとするアサト、それを見守るクレーメルの姿があった。


「クレーメル! 絶対に奴等をワシに近付けるなッ!」


「はいはい、分かっているわよ」


 姉妹の姿を見たアサトは狂乱するように焦り出し、クレーメルに足止めするよう命じながら秘密の抜け道に消えて行く。


「ここは通せないわね。アイツが死ぬと私の報酬が――」


「じゃあ、シーちゃん。お願いね」


「うん」


 クレーメルが喋り出すがアリシアは一切無視をして抜け道を目指してトコトコと歩き始めた。


「聞きなさいよォ!」


 無視された事で激昂したクレーメルはアリシアに向かって魔導拳銃を向けるが、間に割り込むようにシンシアが立ちはだかる。


「テメェの相手はアタシだよ」


 シンシアは憎しみの篭った目をクレーメルへ向ける。恋人のトーマスを巻き込まれ、更には殺されてしまったが故に。


「ふん。カレシをつまみ食いして殺したくらいで文句言うわけ? 私の事を散々コケにした分際でェェッ!」


 実際にシンシアと対峙したことでクレーメルの中にあった憎悪が爆発したのか、彼女は目を剥くように見開きながら叫び声を上げた。


「うるせえ! 知るか、ボケナスビッチッ!」


「ハッ! そんな事言っていいわけ? この拳銃にはねぇ、国際連合警察特注の特殊弾を生成する魔導ユニットが組み込まれているのよ? 筋肉ムキムキの熊獣人でさえ一撃で殺す代物なんだから!」


 コイツがあればお前みたいな小娘は一撃だぜ。そう言わんばかりにクレーメルは真っ赤な口紅を引いた口を吊り上げる。


「そうかよ。殺せるモンなら殺してみろッ!!」


 シンシアは右手と両足に紫電を纏わせ、戦闘態勢を完了させる。それと同時にクレーメルは持っていた魔導拳銃のトリガーを引いた。


 ドン、と音を立てて放たれた魔導拳銃の魔法弾は確かに特殊な生成方法によって生み出される特殊魔法弾だった。通常弾よりも大きく、同時に先端が鋭利になった魔法の弾は人の肉体に当たると体内で爆裂し、人体の内部を破壊する対凶悪犯用として開発された。


 彼女が言った通り、当たれば世界に生きる人類種問わず殺害できるほどの威力を持つ。


 ただ、当たればの話だ。


 クレーメルは悪党に堕ちた者であるが、組織内では優秀な捜査官だった。しかし、彼女が対峙する者はあまりにも規格外すぎる。人を越えるような実力と魔法を使う『化け物』だ。


 放たれた魔法弾、高速で飛来する弾をシンシアは完全に見切っている。首を傾げるだけで弾を躱し、それと同時にクレーメルへ駆け出す。


 踏み込んだ足からは紫電の発する光が弾け、床に敷かれていた絨毯に焦げ跡を作る。クレーメルにとって、シンシアが瞬間移動したように見えただろう。次の瞬間にはシンシアの顔は間近にあって、彼女の繰り出した拳がクレーメルの腹に突き刺さる。


「ゲエッ!?」


 パンチを受けた衝撃とバチバチと内蔵が弾けるような激痛にクレーメルの口から潰れたカエルのような鳴き声が漏れた。同時に彼女の体はくの字に曲がって、シンシアの拳が腹に突き刺さったまま背後にある強化ガラスの大きな窓に押し当てられた。  


「よくもアタシの幸せをッ! クタバレ! ヤ〇マンビッチがよォォォッ!」


 シンシアはクレーメルの腹に突き刺さった右手を一度引き抜くと、再び右手に紫電を纏わせてから腹に拳を叩き込む。叩き込んだ衝撃でクレーメルの体は強化ガラスを突き破り、十三階から地上に向かって落下していく。


 既に一度目の腹パンを受けた時点で絶命していたのか、落下していくクレーメルの口から悲鳴は聞こえなかった。


 実に呆気ない幕引きだ。だが、これが二人の実力差。人を越えた存在と人の範疇にいる存在の戦いなど、この程度だろう。


 クレーメルの敗因はシンシアのアパートで彼女を殺せなかった事だ。


 あの時、トーマスと行為に及ぶ姿など見せず、真面目に襲撃していれば。あの時の完全武装していなかったシンシアであれば可能性はあったかもしれない。


「じゃあな」


 落下していったクレーメルに向けて中指を立てるシンシア。彼女の脳裏に浮かぶのは、幸せだった頃の記憶だろうか。



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 一方で、秘密の抜け道から逃げ出したアサトは十三階の廊下を必死に走っていた。


 目指すはエレベーター。廊下に転がる傭兵達の死体に悲鳴を上げながら、老体に鞭打ってひたすら走る。そうして、ようやくエレベーターが見えてきた。


「早くしろ! 早くしろッ!」


 カチカチとエレベーターのボタンを連打して、扉が開くのを催促する。中に乗り込んだアサトは急いで一階のボタンを押した。


「ふぅ、ふぅ……。はぁ、はぁ……」


 徐々に閉まっていくエレベーターの扉に安堵するが……。扉が完全に閉まる前に、大槌の先端が差し込まれてしまった。


「うわああああ!!」


 異物が差し込まれた事で再び開くエレベーターのドア。開くドアの前にはニコニコと笑うアリシアが立っていた。


「あらあら~」


 普段通り、おっとりとした喋り方。だが、彼女の口元は歪んでいる。それがたまらなくアサトの恐怖心を煽った。

 

「いけないわね~。私の大事な妹にちょっかい出すなんて~」


「あ、ああ……ぐえっ」


 アリシアは恐怖して腰を抜かしたアサトの胸倉を掴み、彼の体を廊下に引っ張り出す。床に彼の体を転がすと、アリシアは片足でアサトの胴体を踏みつけた。


「わ、私は! やれと言われた! 私のせいじゃない! 私のせいじゃないんだああああ!!」


「大丈夫よ~。もう、ぜぇんぶ知ってるから~。貴方を殺すのはぁ~。ただの見せしめよぉ~?」


 そう言いながら、アリシアは閉じていた瞼を開く。開かれた瞼の中には、妹のシンシアとは違って血のような赤色の瞳があった。


 赤い瞳にはこれから殺す獲物を映し、歪む口元には確かな残虐性が浮かぶ。彼女は手に持っていた大槌を振り上げると――


「さようなら」


 普段のおっとりとした口調とは違う、ハッキリとした声音で別れを告げる。目を見開きながら固まるアサトの頭部に向かって大槌を振り下ろし、彼の頭部を一撃で粉砕した。


 まるでスイカを叩き割るような音が廊下に響き、振り下ろした大槌はアサトの血で染まる。


「ふぅ~。これで一つ、仕事は終わりねぇ~」


 瞼を開いていた彼女は再び閉じると、ため息を零しながら汚れた大槌を死体となったアサトの洋服に擦り付けて汚れを取り始めた。


「姉ちゃん」


 汚れを取っていると背後から声が聞こえ、振り返れば目を逸らしながら「うええ」と嗚咽を上げるシンシアがいた。


「終わったよ。さっさと帰ろう!」


 彼女はこのグロテスクでスプラッタな現場から早く立ち去りたいようだ。自分達でこの惨状を作り出しておきながら何とも身勝手な言い分である。


「そうね~。州警察が来る前に帰りましょう~」


 二人は再びエレベーターに乗り込んだ。アリシアは一階のボタンを押すと、シンシアに顔を向ける。


「そのうち、イイ男が現れるわよ~」


「そうかな……」


 アリシアは俯く妹の頭を撫でながら、自分の胸に抱き寄せた。



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 リリィガーデン家の姉妹がアサト・ボルボッサとクレーメルを殺害してから三日後、グロリアシティで発行された国際新聞には二人の死が大々的に掲載されていた。


『ルグレッサ国が誇る大企業の会長が謎の死を遂げる!』


『国際連合警察の捜査員がアサト・ボルボッサと共に心中か!?』


 掲載された記事には二人の死に様が記載されていた。記事によると二人はアサトの執務室である代表取締室の床に倒れており、薬物の過剰摂取で死亡したと書かれていた。


「薬物摂取ねえ」


「そうした方が都合が良かったんじゃないかしらね~?」


 リビングのソファーで記事を読んだシンシアは事実とはかなり違う内容に鼻で笑い、キッチンに立っていたアリシアは苦笑いを浮かべながらフライパンの中にある三つの目玉焼きのうち一つを皿に盛りつけた。


 事実を捻じ曲げたのは国際連合警察だろう。上層部に潜む彼女達の協力者が圧力を掛け、事件の真相を揉み消したに違いない。


 大打撃を受けたルグレッサ国の首相は「何かの間違いだ」とアサトの死に対してコメントをしているようであるが、事実を知る者は真相を話そうとはしまい。


「シーちゃん、今日はどうするの?」


 キッチンで朝食を作り終えたアリシアは二人分の皿を持ってリビングのテーブルに置いた。本日のメニューはベーコンと目玉焼き。それとトーストといったスタンダードな朝食である。


「これ食べたらトーマスの墓参りに行ってくるよ」


「そう」


 シンシアは目玉焼きの黄身にフォークの先を刺しながら姉の顔を見ずにそう告げる。アリシアはどこか寂しそうに顔を俯かせるが……。


「夕飯までには帰るから」


「分かったわぁ~」


 シンシアがちゃんと帰って来ると宣言するとアリシアの顔がパッと笑顔と共に輝いた。どうやらトーマスの墓参りに行って、そのまま帰って来なくなるんじゃないかと心配していたようだ。


 朝食を終えて、墓参りに向かうシンシアを見送ったアリシアは自宅と繋がる教会の方へと向かった。


 教会内は朝という事もあって、魔導ランプや蝋燭で光源を作ることはない。少し薄暗いが、朝日がステンドグラスを通って教会内を照らすからだ。


 彼女は教会中央に歩み寄ると朝日で照らされるステンドグラスを見上げた。ステンドグラスには赤いドレスを着た美女が描かれていて、絵の中にいる美女は全ての女性にとって理想となる『淑女』の微笑みを見る者へと向けている。


「…………」


 アリシアは教会の床に膝を着き、ステンドグラスを通る朝日を浴びながら美女に向かって祈りを捧げた。彼女は美女に対し、一体どんな想いを向けているのだろうか。


 祈りを続けていると教会のドアが開く音が鳴り響いた。教会内に入って来たのはスーツ姿に革靴を履いた若い男性。彼は教会の中央で祈るアリシアへ近づくと、彼女の背中に向かって深々と頭を下げる。


「この度は、大変申し訳ありませんでした。タンザー家の当主は病で伏せております故、息子である私が現当主に変わって謝罪させて頂きます」


 タンザー家の息子と名乗った男性は黒い髪を垂らしながら、深々と下げた頭をそのままに謝罪の言葉を口にした。


「謝罪を受け入れましょう」


 男性と男性の家は本当に心から謝罪しているのか、アリシアが声を発しても頭を上げようとしない。彼女も彼女で、いつものおっとりとした声ではなく、ハッキリした声音で告げる。


「頭を上げて下さい、クラークさん」


「ハッ……」


 頭を上げろ、とアリシアが告げるとクラークという名の男性はようやく頭を上げるが、それでも恐縮するような態度でアリシアの背中に視線を向けた。


「彼女を見て、どう思いますか?」


「伝説の淑女、ですか?」


「ええ」


 アリシアはステンドグラスに描かれた美女を見上げながらクラークに問う。すると彼は少し悩みながらも「神である」と答えた。


「確かに彼女は全人類の女性にとって理想の存在。完全無欠の淑女であり、嘗てのリリィガーデン王国国民にとって神のような存在でした」


 ステンドグラスに描かれる美女の正体はリーズレット・リリィガーデン。彼女の娘が王位を継承する前の旧姓で呼ぶならば、リーズレット・アルフォンス。


 女性でありながら全ての障害を自らの手で排除し、男尊女卑が横行していた時代であっても自らの夢を叶えるべく銃を片手に道を切り開いた完全無欠の淑女。


 目の前に愚かな豚がいれば額に銃弾を撃ち込み、愚かな豚が国を作れば敵国に乗り込んで直接指導者の体にケツの穴を量産した偉大なる女性の頂点。


 カリスマ性と圧倒的な戦闘能力で窮地に立たされていた嘗てのリリィガーデン王国を救った救世主であり、王位を継承した娘と共に大陸統一という偉業にまで導いた人類史上最強の淑女。


 彼女の血はリリィガーデン王家に受け継がれ、今もアリシア達の中に流れている。


「ですが、淑女はもういません。私達姉妹も淑女の血を受け継いでいながら淑女にはなれない」


 この世界に伝説の淑女は存在しない。もう二度とこの世界に現れる事はないだろう。血を受け継いだアリシア達であっても、完全無欠の淑女にはなれない。


 何故なら淑女と名乗れる存在はステンドグラスに描かれた存在以外、名乗る事は許されない。彼女と彼女が直接認めた者以外に淑女と呼べる存在はあり得ないからだ。


「ですが、私達は偉大なる女性達の精神は受け継いでいます」


 彼女達は決して淑女にはなれない。だが、淑女の精神は王家に受け継がれ、その精神と教えは掟となってリリィガーデン家姉妹に受け継がれた。


「私達は非力です。例え寿命が千年あったとしても、偉大なる淑女と肩を並べる事などできないでしょう」


 伝説にある圧倒的な武力とカリスマ性。その欠片すらも今のリリィガーデン家には残っていない。彼女が言った通り、今のリリィガーデン家は非力な存在に成り下がった。


 アリシアは立ち上がるとクラークへと振り返る。


「ですから、貴方達のような信頼できる仲間が必要なのです」


 そう言って、彼女はニコリと聖母のような笑みを浮かべた。


「ハッ……。ありがたきお言葉」


 クラークは彼女の笑顔に一瞬だけ見惚れてしまう。だが、すぐに我に返ると再び頭を下げた。


「近く、信頼できる者とそうでない者を選別して下さい。裏でコソコソと動き回る豚は全て駆除しましょう。特に私の可愛い妹の居場所を漏らすような豚は何よりも最優先で殺そうと思います」


 彼女の言葉を聞いたクラークはゴクリと喉を鳴らすほどの緊張感に襲われる。


 一体、今目の前にいる彼女はどんな表情をしているのか。とても怖くて彼は頭を上げることができなかったが……。


「承知しました。事前準備は我がタンザー家にお任せを。今回の件を含めて、挽回させて頂きたく思います」


 クラークはそう宣言しながらも、やはり心に好奇心が生まれてしまう。顔を下げたままであるが、彼はチラリと上目遣いでアリシアの表情を窺った。


 窺ったが……すぐに後悔した。


 見た瞬間、体は震えて謎の威圧感に押し潰されそうになってしまった。クラークは焦るように瞼を閉じるが、アリシアの表情が瞼の裏側に焼き付いて離れない。


 彼が見たアリシアの表情――それは殺意に満ちた鋭く赤い双眸と内に秘めた残虐性を表すような三日月に歪む口。


 それを見た彼は内心で思っただろう。


 まるでステンドグラスの中にいる美女と同じじゃないか、と。



こちらの物語は連載完結した『婚約破棄されたので全員殺しますわよ ~素敵な結婚を夢見る最強の淑女、2度目の人生~』の世界観を引き継いだ物語となっております。


作者の筆力を絞り出して前作を読まなくても楽しめるように書いたつもりですが、私の弱小筆力では完全に保証はできません。

もし、前作を読んでいない方で意味分かんねーよ!って部分があったら感想等で教えて下さると助かります。


最後まで読んで下さりありがとうございます。

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[一言] 伝説の淑女よ 永遠にー! 私達も初代様の精神を受け継いで生きていかなくてはなりませんね。
[良い点] リーズレット!!!!! 楽しかったですヾ(≧∇≦) [気になる点] サリィがの末裔はいないのでしょうか?
[一言] あ!!!今読み返して気づいた!!「グロリアシティ」「ボルボッサ・インダストリー」淑女ゼミ(歴史)で習ったやつだ!!嬉しい!!
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