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リュジスの昨日  作者: 実茂 譲
首都ロワリエ
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汽車の売店の素晴らしさについて

 夏のある日、僕が腕を披露してチーズ・カツレツをごちそうした日、ジュペ警視は何だか恥ずかしそうにもぞもぞしながら、僕らを今度の日曜日にスーヴェルユの港町で行なわれる軍艦祭りに誘いたいと言った。普段ご馳走してもらっているお礼で費用は全部警視が持つという小旅行だった。

 僕らは答えを留保して、次の日、連絡係のアンリに警視と戦艦を見にスーヴェルユに行ってもいいかたずねた。驚いたことにアンリは許可をした。ひょっとすると、スーヴェルユで一仕事あるかもしれないというのだ。

「詳しいことは週末までに知らせる」連絡係のアンリが言った。「お前たちが親しくなっている警官の名前を教えろ」

「パトリス・ジュペ」

「警視のジュペか? 二十一区の棍棒屋の?」

「そうだけど」

 アンリはそれ以上は何も言わず、厄払いのつもりか両手を顔の前でふった。アンリがそんなふうに狼狽するところは初めて見た。

 その日の夕暮れごろ、ジュペ警視がやってくると、僕らは一緒に戦艦祭りに行くと答えた。いかついジュペ警視の表情はまるでおもちゃをプレゼントされた子どものように綻んだ。この笑顔のどこにアンリを怖れさせるものがあるのだろうかといぶかしむほどだった。

 日曜日、余所行きを着ていた僕らは市の北にあるサン・ジョルジュ駅で待ち合わせをした。数年後、サン・ジョルジュ駅はリアンソアじゅうから集められた若者たちを戦場に放り込む出発点となることから、『地獄の入口』とか『おさらば駅』といったあだ名を頂戴することになる。

 ジュペ警視は時間通りやってきた。そして、その日、僕らは初めて私服姿のジュペ警視を見た。きつめの山高帽をかぶり、バランスの悪いやり方でネクタイを締め、ボタンが弾け飛びそうな小さすぎるチョッキを着たジュペ警視の姿は何だか道化っぽく見えた。銃も棍棒も持っていないジュペ警視はいつもよりも平和な存在に見えた。ただし、まったくの丸腰とも言えない。彼には五人のチンピラを一度に殴り飛ばした拳と自分の胸を撃った革命家を死ぬまで蹴った足がある。ただし、彼はひたすら暴力行使のためだけに四肢を使ったわけではないのだ。これはジュペ警視が死んだ後にわかった話だけど、ジュペ警視は警部に上がりたてのころ、ドヤ街で火事に遭遇し消防士もお手上げのなか、炎に包まれた建物のドアを蹴破って燃え盛る火炎のなかに飛び込み、逃げ遅れた二人の子どもを助け出したことがあった。それにジュペ警視はその管轄を恐怖と暴力で掌握していたが、点数稼ぎのために人を逮捕するようなことはしなかった。札付きのワルでもそいつが無実だと分かれば、殴らずに釈放した。また、賄賂とは一切無縁の警官生活を送っていた。これはすごいことだ。一度、婦女暴行で捕まった少年の父親がジュペ警視に賄賂を渡そうとしたことがある。父親はロワリエ市会議員でサン・マルク大聖堂の参事会員でもあった。つまり、名士だ。その名士がジュペ警視の年収の半分にあたる現金、しかも無税の現金を持ってきて、息子を釈放するよう工作したのだが、ジュペ警視は公務員買収の現行犯でその市会議員を逮捕しようとした。街のチンピラならみな知っていることだけど、ジュペ警視が手錠を取り出したら、絶対に逆らってはいけない。逆らうとどうなるかというと、この市会議員のようになる。議員が抵抗すると、議員の手にはめるはずの手錠をジュペ警視は大きな手で握り締めてブラスナックルの代わりにし、議員をしこたま殴りつけた。顔中ズタズタにされた市会議員は公務員買収の現行犯で逮捕されたが、すぐ署長の裁量で釈放された。今度は市会議員がジュペ警視を殺人未遂で訴えようとした。だが、これは警察と裁判所にもみ消された。ジュペ警視に殺意がないのは明らかだったからだ。彼は棍棒を使わなかったし、一度も蹴らなかった。殺すつもりなら最初の一撃でお陀仏だったろう。それにジュペ警視を告訴したら、ロワリエじゅうのどのチンピラも体験したことのない新しい世界を市会議員は体験するはずだった。その世界は正気の人間が覗きみたら、髪が真っ白になるまで震え上がる、そんな世界に違いなかった。

 しかし、市会議員を敵にまわしたというのは出世に響くことは間違いなかった。にもかかわらず、ジュペ警視が副署長身分の警視でいられるのはひとえに彼が優れた警官だったからだった。

 優秀な警官一人と優秀な暗殺者二人が駅で待ち合わせし、鋳鉄の柵をはめた切符売り場の行列に並び、汽車に乗って、スーヴェルユの軍艦祭りを見物に行こうとしている。世界はなんと奇怪な造りをしていることだろう! 僕らは駅のホームに出ると、売店でオレンジジュースとサラミ・サンドイッチを買い、二等席に座った。僕とアレットが肩を並べ、体の大きなジュペ警視は向かい合う形で二人分の椅子に座った。

 汽車が出発すると、少しずつ建物の高さが低くなり、そのうち建物がまばらになり、陽光が降りそそぐ並木道や何百頭もの羊の群れが都会に代わった。一時間もすると、緑の絨毯のような草原に茅葺きの農家が点々と建っていて、起伏のある丘はみな葡萄畑になっていた。丘のてっぺんに修道院があった。葡萄畑と麦畑の境目にある宿場町では人も家畜も都会の時計よりもゆっくりと動く時計を、つまり日時計を頼りに暮らしていた。ここでは起業ベルの鳴る工場だとか、洗濯屋が出すひどい臭いの蒸気だとか、ドヤ街のどん詰まりにある賭場といったものはない。汽車の窓から見える小さな町は草原に囲まれ、小さな森に接していて、王国時代に作られた街道の上にポンと乗っかる形で建物を建てていた。町の中心には噴水があり、そこから放射状に田舎道が広がり、社交場代わりの床屋や農具を直す鍛冶屋、パン屋、それに電信キーを置いた小さな郵便局が国旗を立てている。そうした町の数々を眺めるジュペ警視の表情から推測すると、彼はあんなふうな世界を僕らに引き継がせたかったのだと思う。

「田舎ってのはきれいなもんだな」ジュペ警視は言った。「おれは生まれも育ちもロワリエだから、田舎暮らしがよく見える。もちろん、田舎に生まれてずっと田舎に暮らしてる連中は田舎にうんざりしているだろうがな。ロワリエには毎日のように田舎から若者がやってくる。まるで都会が連中のために素敵な生活を用意してくれているのを当然と思い込んで」

 それが全ての過ちの始まりなのだと言わんばかりにため息をついた。僕は席を立って、汽車のなかを見回ることにした。正直なところ、僕は小腹が空いていて、もうサンドイッチを食べてしまっていた。僕は甘いものが食べたかった。

 この汽車は少々変わった順番に車両をつなげていた。一番後ろは百の荘園を持つ御歳百二歳の大貴族の専用車両になっていた。そこには親戚友人という名の取り巻きたちがいた。彼らは大貴族の、何百回と繰り返される冗談をまるで初めて聞いた素晴らしい落とし噺であるかのように大いに笑い、ご機嫌を取った。そして取り巻きたちは早く御大がおっ死んでくれることを期待していた。その遺言状に下らない冗談に笑ってやった十数年間の取り巻き暮らしに見合うだけのものを自分に相続させてくれる記述があることを夢見ながら。

 後ろから二番目は車掌の車両でいつも三人の車掌がせこい賭け方でトランプに興じていた。安ワインをあおり、塩パンをかじり、テーブルに叩きつけられる札の数字と手札の数字に目を血走らせながら、少ない給料の埋め合わせをしようと三人とも必死になっていた。

 その次の車両は売店車両だった。汽車にまつわるものがお菓子かおもちゃか文房具の形で売られていた。僕が目指している車両はこれだった。

 ところが二等車と売店車のあいだには一等車と一等客専用の食堂車があるのだ。つまり、僕は売店へ行くために金持ちが食事をしているなかを通り抜けなければいけない。金持ちは子どもが五人もいる万年貧乏の職工一家だとか三等車両の切符を買ったら全財産の半分がなくなってしまった素寒貧の姿を見ずに済ませるために一等の料金を払っている。それなのに売店車両が食堂車の後ろにくっついているために、仔牛のステーキを賞味している最中に、自分が汽車に乗った証に下らないみやげ物を欲しがる田舎者丸出しの旅行者を見なければいけないのだ。そいつらは一様に肩の擦り切れてテカテカになった一張羅の裾切りつめフロックコートを着ていて、鬚がまた汚らしく生えている。汽車のなかでも帽子を取らず、しかもその帽子には埃が分厚く積もっているといった具合だ。桃のシロップ漬けを口に運ぶ横でそんな男たちが汚れたハンカチで思いっきり大きな音を立てて鼻をかむ。こんな馬鹿な話があるか! このペテン師! 一等料金を返せ!

 そんな上流階級の怒りを余所に僕も食堂車を横切らせてもらった。僕の服はいかにも日曜の教会に行くために週に一度だけ着る余所行きといった具合だ。少なくとも中産階級の子どもに見えただろうが、残念なことに一等客は中産階級にも用はなかった。金持ちに言わせれば、中産階級というのは上流にも下流にもなれない宙ぶらりんの頼りない存在であり、景気の動向や物価の上昇次第でいつでも貧民へ転がり落ちるであろう貧乏人予備軍なのだ。

 しかし、彼ら一等の客は知らないかもしれないが、売店車はこの列車のなかで最も緻密な計算が施された車両なのだ。それは入った瞬間から分かった。売店車の売り子カウンターは中央にあり、上から見れば楕円形だった。楕円形のカウンター内の真ん中にはおみやげを入れたガラスケースの柱が三本並んでいて、そのあいだに様々な色や模様のリボンや包装紙が一見無造作に、それでいて今にも動き出してプレゼントをひとりでに包んでくれそうに配置されていた。籐を編んで作った機関車に銀紙で包んだチョコレートの機関士が乗っていて、やはり手編みの貨物車にはクッキーがまるで名産の巨大チーズのごとく並んでいる。籐の貨物車にはキャンディやボンボンが乗っていて、まるで籐の国の王さまに貢物をするような様子を見せてくれる。そして、本当に凄いのはこの籐で作った機関車の中に電池が仕込んであって、お菓子を満載した列車がカウンターの上をぐるぐるまわって走っていることだ。

 汽車の文鎮や記念コイン、煙突がぴょこぴょこ上下に動くゼンマイ式の蒸気機関車がとても素晴らしいものであるかのごとく、カウンターや柱のガラスケースのなかに収まっていた。そのガラスというのが場末街の窓ガラスのようなでこぼこした代物ではなく、まるで凍りついた湖のように美しい平らで薄いものだったので、客とおみやげのあいだには遮るものが何一つ存在しないように思える。

 空っぽで心のない暗殺者の僕だって、こんなきらきらしたものを見せられたら、心が揺らぐ。もっとも脱走を決意できるようになるまでには五年もかかったけど。

 売り子の女性は、もしこの世に女性の蒸気機関士がいれば(実際、男たちがみな戦争にとられるとこの仮定は実現することになる)、こんな制服を着るだろうと思えるドレスを身につけていた。青いキャンバス地を多用しているのに仕立て屋の技巧が冴えているためか粗雑な感じがまったく出ず、頭につけた塵除けゴーグルでさえ、アクセサリーにしてしまう。これはまさに汽車で汽車に関するみやげものを売る女性が着るための服だ。もし、この服で機関車を運転すれば、あっという間に煤まみれになり悲しい気持ちになるだろうし、たとえ機関車のおもちゃを売っているとしても、この制服で百貨店にいるとひどく場違いでその勿体無さに人は身悶えする。

 僕は戦争が終わった後、この完璧な売店車を見たくて、何度かロワリエ=スーヴェルユ間の汽車に乗ったが、ついに見ることはかなわなかった。戦争で人はいろいろなものを失ったけど、きっとあの売店車もその一つなのだろう。

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