改革を阻害するもの
もっとも、組織の満足感もそう長くは続かなかった。
革命家がまた得点を稼いだのだ。彼らは北部のピュレーヌ鉱山で起こったストライキを武力で鎮圧するよう命じた陸軍大臣をやっつけてしまった。堕胎医殺しは速やかに忘れ去られた。この暗殺事件では犯人は非常に巧妙に標的に接近した。犯人は自分が、「名前は諸事情で挙げられないが非常に高名で名門の出である実業家の代理人」であり、大臣閣下その人としかお話しできない微妙な問題があると申し出て、偽の身分証明書を見せた。偽造証明書の出来栄えは完璧だったし、その男の落ち着いた態度はまさに金持ちお抱えの顧問弁護士といった様子だったので、門番や警備員たちはすんなり通してしまった。当時の官僚と実業家のあいだには、スト解散のために軍なり警官なりを動員してくれた大臣に対してはそれ相応の礼をすることが不文律として存在していた。もちろん、こっそり匿名でだ。そして件の陸軍大臣と顔を合わせると、その男はスト潰しに対するそれ相応の礼として、大臣の顔に弾倉まるまる一つ分の弾丸をぶち込んだ。スト鎮圧部隊に殺された労働者たちの無念を晴らしたのだった。国論は二分された。右翼系の新聞はこの蛮行を許すべからざるものとして攻撃した。リベラルな野党系の新聞は暗殺そのものを非難はしながらも、スト鎮圧にあたってもっと穏当な処置も出来たのではないかと遠まわしに政府の方策を非難した。
陸軍大臣が殺されて一週間と経たないうちに、今度は内務大臣が投げつけられた爆弾で馬車ごと吹き飛ばされた。じつに簡単な作りで二つの試験管にそれぞれ砂糖と濃硫酸を入れて、爆薬に結びつける。投げた衝撃で試験管が割れると、砂糖と硫酸が反応して高熱を発して爆薬が炸裂するというものだった。成果は壮絶で道路がえぐれ、高級官僚用の箱馬車は二つに裂けて、バラバラにちぎれた内務大臣のきれっぱしが惣菜屋の鋳鉄看板に引っかかった。大臣の破片を全部集めるのに五時間もかかったということだ。内務大臣は陸軍大臣とともにスト弾圧命令をカービン銃で武装した警官隊に対して出したのが、殺された理由だった。
内務大臣が木っ端微塵になってから三日後、奇しくもワロキエ博士とレスタンがギロチンにかけられた日、僕らは組織から緊急招集をかけられた。僕とアレットのように街に放し飼いにされている連中が四組、ボスケ通り三八番地〈モンブラン・バレエ教室〉の地下へ集まった。
組織はまたもや改革を決意したらしい。ランルザック通り一一一番地から三ブロックと離れていない路面電車車庫の裏手に住んでいるジェラールとシルヴィが言うには、どうやら組織も腹を決めて、消音器付きのライフルを使うことにしたらしい。というのも、二人は一階のバレエ教室で狙撃銃用のスコープがテーブルの上にポツンと転がっているのを見つけたのだ。僕らは二人が拾ったスコープを手に取って眺めながら、あれこれ論じた。間違いない。組織はようやく銃を使う決心がついたのだ。僕らは組織の果断を誉めた。伝統を捨てるのは苦渋の決断だったに違いないが、それでもこれは大きな前進だ。銃の導入によって、標的もギャングのボスとか悪徳判事ぐらいに格上げされるかもしれない。
そして、組織は僕らの期待をものの見事に裏切った。あいつらほど面白おかしく馬鹿な真似をするやつは見たことがない。連絡係のアンリが持ってきたのはライフルではなく、クロスボウだった。そう、中世の騎士がお供の農民兵に持たせるあれだ。そして、アンリは僕らが見ている前で、そのクロスボウに狙撃銃用のスコープを取りつけるという喜劇のクライマックスを演じきった。
一体、どこの世界にクロスボウに狙撃用スコープをつける馬鹿がいるのだろう? 矢というのは弾丸よりも重いし、推進力でも劣るからどんどん落ちていくのだ。たとえ、スコープの十字線がきっちり標的に重なっていても、五十メートル離れていれば、命中はしない。矢は途中で落ちてしまう。スコープの狙い通りに命中させたいのなら二十メートルくらいまで近づかないといけないが、二十メートル先の的を狙うのに三倍の拡大スコープが必要だろうか。
「これって無駄な気がするんですけど」僕はみなの意見を代表してアンリに言った。「消音器付きのライフルじゃなぜいけないんですか?」
「ライフルは暴発する」
「でも、それって百年前のライフルの話ですよね? 今のライフルは暴発しないでしょう?」
「それでも、万に一つ、暴発の可能性はあるんだ。火薬を使っている限りな。だが、クロスボウはどうだ? こいつが暴発するか? しない。なぜなら火薬を一切使っていない。素晴らしい武器だ。音もしないしな」
アンリはクロスボウは安全だと請け負ったが、それは分からない。弦が切れて跳ね返った矢じりが狙撃者の目玉に飛び込んでくるかもしれない。まあ、結局、僕らは言いくるめられ、このイカれた決定に唯々諾々と従った。反対するという選択肢はなかった。僕らは〈モンブラン・バレエ教室〉の地下に篭ってクロスボウの使い方を修得した。たった半月でこの馬鹿げた武器をそれなりに使えるようになった。スコープを何とか調整して、矢の落ちる角度に修正する技術まで修得したのだ。上が馬鹿を言い、下っ端が頑張って適応している限り、その集団の欠点が解消されることはない。きっと、これからも馬鹿を言い続けるのだろうが、まあ、僕らは冷たい氷のような心を持った暗殺者だったわけで黙って任務を遂行することに集中した。