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初めて銃で

 僕らは聖職者の衣の下にダムダム弾装填済みの銃をおさめたショルダーホルスターをつけ、商店街を歩いた。ああ、また教会の拳銃使いが誰かと撃ち合いするらしいと思われたらしく、それほど奇異なものには見られない。こうして神父の格好をしているから、クートンの快楽殺人は世直しと誤解される。今日もクートンは面白おかしくカス人間を撃ち殺せるのだ。

 僕らは同じ三十二口径の自動拳銃をもう一丁、予備の武器としてつけていたのだけど、ナイフを持っていなかった。というより、クートンの強い希望でナイフはなしになったのだ。

 まさかこんなふうに擁護する日が来るとは思っていなかったけど、ここまでナイフを否定するのもどうかと思う。確かに消音器をはめたピストルに比べれば、ナイフは第二線の武器だ。けど、銃が動作不良を起こしたとき、ナイフは僕の命をあずけるには十分な武器でもある。接近戦も投擲もできる。一本くらい持っていってもいいし、それに殺す以外の使い道はある。燃やすための枝を払うとか缶詰を開けるとか。でも、クートンの教えによれば、缶詰はナイフではなく缶切りで開け、銃が動作不良で発射できなくなったときは銃で殴れと言っている(ちなみに兵士になったときはシャベルで殴れと教えられた。ただ、このシャベルは縁を斧みたいに研いである。ロワリエ支部長も認めるであろう立派な接近兵器だ)(あ、あともうひとつ。缶切りについては僕は武器として強くおすすめする。これを相手の顔にぶち込んで、表情筋とは逆方向にひねりながら肉を抉り取ってやれば相手はもう抵抗しなくなる。そこで首をポキッと折ればいい)。

 錘と鎖で開ける大きな門から城の広大な領土へと出ると、急に静けさがきこえてきた。なに、馬鹿げた表現しているんだと思うだろうけど、つまり耳鳴りがしたことだ。城はいかに賑やかだったことか思い知った。ひょっとするとロワリエよりも騒がしかったかもしれない。山道は涼しくて、木漏れ日が僕らに踏まれないよう逃げ回る。耳鳴りだけではつまらなかろうと風が吹き、樹と灌木と蔓とシダが密生した緑のなかから僕らの耳にさらさらと葉擦れが流れてきた。音はきこえど流れは見えない水のにおいは甘く、湿った朽ち葉はブーツで踏むたびに柔らかく沈んだ。これぞ健康的快楽殺人者の暮らしである。

 消音器付きの銃のズシリとした重みは武器としての信頼性を主張していたけど、僕らの銃は脳みそを吹き飛ばすための銃だったのに対し、クートンの銃は体ごと吹き飛ばすための銃だった。引き金を引くだけで鹿撃ち用の霰弾を連射できる大きな散弾銃にワインボトルくらいの大きさの消音器をつけていた。予備のリヴォルヴァーも大口径のものでクートンの勧める通り、鈍器としての機能が期待できる。あれで殴られたら、顔がへこむ。

 しばらく歩いていると、樹と樹のあいだに大きな湖の照り返しが見えてきた。小さな桟橋にはお城の旗を船尾に立てたスチーム・ランチがあって、船長を自称する白いヒゲの男がパイプを吹かしていた。赤と白の縞模様の幌の下には向かい合うように小さなベンチが置いてあって、船長が蒸気機関の面倒を見ているあいだに僕らは湖を囲む森に目をやった。土地は南へ盛り上がっていて、いくつか丘があった。何で暮らしを立てているのか分からない山小屋が何軒か建っていて、谷間では大きな石を洗う水の流れがきらきら輝いていた。スチームランチは汽罐のなかからせっかちなノックみたいな音を鳴らしていて、船長はエンジンというのは女みたいなものだと言い、ご機嫌を取ると称して蹴飛ばした。この老人と結婚した人はひどい目にあうだろう。ひょっとすると、カス人間なのかもしれない。スチーム・ランチは対岸に到着すると、僕らはまた降りて、森のなかを歩いていった。日が沈む直前に問題のロッジを見つけた。大きな建物で前庭にはツアーリング・カーと呼ばれる遠出用の幌付き自動車が止まっていた。薄暗い森からこっそり見ていると、ロッジの煙突から白く濃い煙が橙の空へと昇り、雲と同じ色に染まっていく。クートンは裏手の小さな厩舎を指差した。おそらくそこに城のメイドで明日の獲物が捕まっているのだろう。これはギャングの肉屋から肉をかっぱらったときと同じで実に慎重さを要する作戦だった。獲物の様子はときどき召使が見に来た。背が高く顔じゅう毛もじゃで襟からはみ出た胸の毛と混ざるほどのヒゲの濃さで、もし人間の地位が体を覆う体毛の面積で決まるとすれば大王間違いなしの人間だけど、残念なことにリアンソアは共和制にも関わらず爵位の制度が残っている。今回殺されることになっている銀行家はド・――といった具合の名字の持ち主で男爵だ。ちなみにリアンソアの財界では男爵と呼ばれる人間ほど信用できないやつらはいない。たいていのやつがブローカーで、女たらしで、違法な金融業を営んでいて、恐喝屋で、悪徳家主で、証券取引所のブラックリストに二重線と一緒に名前が書かれている。それに変態プレイの専門家だ。

 代議士は恥知らず、銀行家はペテン師、映画俳優はハゲ、召使は大王未遂。つまり、相手にとって不足なしだ。もともと僕らの組織はこういう恥知らずの始末を任されていたわけだし。その点で言うと、この任務は伝統的だけど、使う武器が革新的だ。僕らが銃に消音器をはめる光景を見たら、ロワリエ支部長は怒りのあまりひっくり返って窓から落ちるに違いない。そして、それこそがクートンが見たいものなのだ。ロッジのそばの森で息を潜めているうちに夜の帳が降りてきて、ダイニング・ルームでスモーキング・ジャケットを着た標的たちがドレスを着て、化粧口紅をしてブランデーグラス片手に騒いでいた。それが興奮するのだろう。アレットが「ぷっ」とふきかけた。しばらくすると、ロッジの電気がすべて消え、みな眠りについたようだ。こちらは夜目が利く。クートンは前庭に止まっている自動車に何か細工をして、いよいよロッジに入った。ダイニング・ルームにはリボンや空の酒壜が月明りのなかで乱痴気騒ぎの名残となって散乱していた。ロッジにはたくさん部屋があったが、使っている部屋はすぐに分かった。乗馬用のブーツが揃えて置いてあるからだ。最初の部屋のドアを開けると、誰かのいびきが鼓膜をふるわせた。クートンが郵便自転車用の懐中電灯をつけると、白粉に頬紅をはたいた代議士の顔が丸い光のなかにあらわれた。下顎から頭に当たるよう狙いをつけ、三回引き金を引く。プシュッ、プシュッ、プシュッ。クートン好みに骨片と脳漿が飛び散り、代議士はひきつけを起こしたように震えた。次の部屋へ。次はアレットの番。電灯が照らし、映画俳優の顔があらわれる。 プシュッ。カツラが燃えながら頭の残骸から滑り落ちた。カチン。白いドレスの影が浮かび上がる。僕らが咄嗟に床に身を投げると、すかさず――ドン! ドン!――猟銃の二連射がドア板を枠からもぎ取った。そこで僕らと銀行家のあいだで交差射撃。壁から漆喰と木の欠片が飛び散って、蟹のように横に歩きながら弾を込めなおしている白いドレスの銀行家の目に入った。クートンは立ち上がると、ゆっくり落ち着いて銀行家の胸を狙い、二度引き金を引いた。映画俳優の部屋から黄色味がかった光が明滅して、パチパチと木材は弾ける音がきこえた。部屋を覗くと、カーテンが燃えて天井に火が広がり、映画俳優は血みどろの頭を重そうにしながら四つん這いになってカツラを手探りで探していた。アレットが殺し損なうとは。慣れないものを使うものではない。すると、クートンが、いつもの微笑みをたたえながら僕に大口径のリヴォルヴァーを渡してきた。トドメを刺し損ねたら、もっと確実な武器を与えるあたり、暗殺者としての基本教育ができている。クートンの銃は僕らが使っていた銃よりもずっと肉厚で重い銃だった。ダミアン・ヴァンハーデンがこれと同じ銃で別の拳銃使いを撃ち殺したのを見たことがあるが、銃声は通りがあれば端から端まできこえるほどの大きな音で、撃たれた相手は胸に拳が通るくらいの穴をぶち開けられた。映画俳優の後頭部に銃口をあてて、引き金を引くとボシュッ!と消しきれない音がして、顎から上が吹っ飛んだ。

 ロッジはどんどん燃え広がり、それに追いつめられたのか、召使が階段の下の物置から飛び出した。何発か銃弾が飛び交い、クートンの霰弾を浴びて、ぐるっとコマのようにまわって倒れかけたが、それでも肩からドアにぶつかって外に逃げた。見れば、床には召使の毛深い腕が落ちている。残りの体はツアーリング・カーに飛び込み、エンジンをかけるために真鍮製の点火スイッチを押した瞬間、クートンが仕掛けておいた爆弾の信管に電気が流れた。

 召使が細切れのバーベキューになり、なんとなくだが、ちぎれた腕も燃やしたほうがいいような気がしたので、火に放り込んだ。僕らはひと仕事やり終えて、任務完遂直後に感じる呆けたような心持に数秒意識を預けると、厩舎に引き返し、捕まっていたメイドを解放した。一夜明けて、彼女を連れて、城に戻ったとき、僕らはシュレーデルが第一事務官房の局長――つまり、長官になったことを知った。

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