小役人シュレーデル
シュレーデルは仕事は明日から始めてもらうとして、先に住居のほうに案内すると言った。彼は僕らが寮に住む許可を申請しその場で返事をもらい、さらに上役から僕らを寮へ案内するために一時的に席を外す許可ももらった。ついさっきまで、僕らが住居を獲得するには世界がひっくり返って、バラバラに砕けて、再構築される必要があった。ところが僕らが下っ端官僚になると決めた途端、家があらわれ、上役があらわれ、身分があらわれた。もう宙ぶらりんの何者でもない除け者ごっこは終わり、僕らは権力の一機能を担うのだ。小役人シュレーデルは城下町の階段通りを下りながら、自身のルーツを話し始めた。そういうものはもっと打ち解けてから話すものだと思うのだけど、小役人シュレーデルは自分のルーツに誇りを持ち、後で分かった話だが会う人全員にこのルーツ話をしていた。ルーツ話をする相手がいないと、石や風、流れ落ちる水やまな板の上の魚を相手にしゃべくった。小役人シュレーデルの先祖はリアンソア人ではなく北のフレゼリキア人だった。リアンソア人よりもお堅くて、かなり高齢の皇帝がいて、芸術に関しても保守的でリアンソアで流行った光を花びらのように描く画法がかなり激しく排撃され、小さな筆でちまちまと写真みたいに精密な絵画を描くことがよしとされる国だ。多くのリアンソア人は自分たちはフレゼリキア人よりもずっとマシだと思っていて、その逆も然り。後に世界中が戦争の嵐に飲み込まれたとき、僕らが戦った相手はこのフレゼリキア帝国だった。確かに両国にはお互いを犬かなにかに例える悪辣なジョークはあったが、殺したいほど憎い相手ではなかったはずだった。ただ、集団ヒステリーが山火事みたいにリアンソアとフレゼリキアを焼き払い、その灰のなかから復活したのは民族全滅を叫ぶおぞましいナショナリズムだったわけだが、それは後に話そう。まず、小役人シュレーデルの話だ。そもそもシュレーデルという名前はリアンソアにはない名前だ。だが、フレゼリキアでは一般的な名前であって、シュレーデルのルーツはフレゼリキアにあった。小役人シュレーデルが言うにはフレゼリキア帝国には世界で最も素晴らしい官僚制度があるのだそうだ。全てが形式によって定められていて、不確定要素は一切存在せず、作成された書類は完璧な方法で整理されるから、百五十年前の貴族農業銀行の貸付条件変更に関する会議録がほしいと思えば(きちんとした申請書さえ提出すれば)、ものの数秒で閲覧が可能だし、一個師団を編成できるほどの筆写係がいるので(きちんとした申請書さえ提出すれば)、どんなに分厚い書類の写しも二十四時間以内に手に入る。シュレーデルはそれを官僚の天国と呼んだ。つまり、庶民の地獄だ。ただ、シュレーデルは彼が褒めたたえるフレゼリキアの官僚を実際に見たことがない。それどころかフレゼリキアに行ったことがないし、フレゼリキア語は全く話せない。彼の七代前の先祖がリアンソアに移住したのが彼のルーツであり、彼は(これを指摘されると嫌がったが)名前がフレゼリキア風なだけのリアンソア人だった。官僚の天国とは本当の天国だったのだ。人は死んだ後の可能性を天国に賭けることにしているが、ほとんどの人は天国がどこにあるのか知らない。ただ、漠然と雲の上にあると思っているのだが、彼らは死んだその瞬間に天国のほうから自分を迎えに来るという少々傲慢な教義に期待をしていた。あるいは死んだ瞬間、自分が天使になり、空を飛べるようになるとか。ところが、小役人シュレーデルの天国はもっと分かりやすい場所にある。北に向かって歩いていき、国境を越えて最初に見つけた村の役場に行けば、それで天国に到達したことになる。彼の天国は生の、血肉を有した天国なのだ。もっとも彼は喉の奥にジャガイモが詰まったみたいなしゃべり方をするフレゼリキア語を話せないのだから、その官僚制度に迎え入れられるには言語学習に対する不断の努力が必要になりそうだ。そして、その手の努力をするには彼は歳を取り過ぎていた。
「さて、着いたぞ」
小役人シュレーデルは立ち止り、満足そうにチョッキの前で指を組んだ。僕らは世間知らずかもしれないが、寮と呼ばれる建物はそれなりの大きさがなければ寮とは呼ばれないことくらいは知っていた。だが、シュレーデルが案内した場所には陰気に組み合わさった石の下町があるだけで、寮と呼べるほどの建物は見つからない。僕の目の前にあるのは『煙草・喫煙具・その他』と窓に貼りつけた陰気な煙草店があるだけだ。小役人シュレーデルはきっと煙草でも買うつもりで立ち止まったに違いない。実際、シュレーデルは煙草店のドアを開けてなかに入った。棚には安煙草の色あせた紙箱が並び、やたら大きな古いパイプが梁からたくさんぶら下がっていた。それは陳列とは程遠く、パイプたちは煙で人類を殺そうとした罰として逆さ吊りの刑にされているようだった。店員はいなかった。野蛮人たちが乱入したとして、ここには略奪するだけの価値のあるものはひとつも存在しなかったのだ。小役人シュレーデルは煙草店の奥へと進んでいった。そこには絞首刑台への道にぴったりの、暗くて狭い陰気な階段があった。無駄に高い天井に小さな窓が開いていたが、階段の底には光は届かず、足元はほとんど見えなかった。これが悪名高き〈紳士淑女館〉――その入り口だった。城における底辺の働き手が住む家。癒しがたい上昇欲求と欠乏による憎悪をこね合わせて、平らにし、オーブンで焼いて、蝋燭を立てて、歌をうたったら出来上がる恐怖のルサンチマン・ケーキ。〈紳士淑女館〉には二級執事、小間使いの少女、コック見習い、厩舎係の少年、それにコルロンという名の山羊と暮らしている元山賊の老人がひとり住んでいた。その名に反して紳士淑女が住んだことは一度もなく、僕らがやってきたときもひどい罵声が飛び交っていたのだ。
「おい、売女! また、おれのスリッパでゴキブリを叩きつぶしやがったな!」
「知らないわよ、馬鹿野郎!」
「ぎゃあ! 誰だ、こんなところでクソしたのは!」
「食堂に山羊を連れてくるなって何べん言ったらわかるのよ、ボケ!」
「おれの山羊にさわるんじゃねえ、淫売!」
「ぎゃあぎゃあうるせえぞ! てめえら! 寝かせろ!」
「くたばれ!」
「てめえこそくたばれ!」
罵声はあらゆる窓と扉から飛び出して、誰かのカンに触れて、新しい罵声を生み出す。このままでは世界の終わるそのときまで。シュレーデルが僕らの休暇中の住居に選んだのはそういう場所だった。シュレーデルに「お前らガキどもはここがお似合いだ」という悪意があったわけではない。このジョークの救えないのはシュレーデルにとって、これは官僚的善意であり、他のどのタイプの善意よりも素晴らしい善意だと信じていることだ。毎日必ず一回は居住者同士がワイン・ボトルで殴り合いの喧嘩をするこの寮に、いかに暗殺術を叩き込まれたとはいえ、十五歳の(少なくとも見た目は)いたいけな少年少女を住ませることが心からの素晴らしい善意の発露なのだ。しかし、しょうがない。シュレーデルは権力の一機能を担った官僚である。彼には心を配らなければならない重要なことが山ほどあるのだ。自分の複写した書類に誤字脱字が存在しなかったか、簡単な単語同士が難解な医学用語みたいに見えるほどくっついていないか、iに点を入れず、tに入れなくてもいい横線を一本余分に入れていないか、エトセトラエトセトラ。
僕らがもらった部屋は隣同士で緑に塗ったドアのある続き部屋だった。干からびたオレンジの皮のほうがまだ価値のあるような部屋。のちに大成する政治家の出発点、あるいは負け犬その他大勢の終着点、つまり、選択肢と可能性に満ち溢れていたということだ。〈紳士淑女館〉の続き部屋は。しかし、ランレザック通りにはこれよりひどい部屋にツバを吐きかけようとするなら、三歩と歩かず、それが叶ったし、これより狭い部屋に七人家族が世間への憎悪と栄養失調で痙攣する胃袋をかかえて暮らしていたのを見たことがある。そう考えれば、シュレーデルも〈紳士淑女館〉もそう悪いものではないのかもしれない。それにそもそも当時の僕らにあてがわれたものに文句を言うだけの自立性があったかどうか、怪しいものだ。




