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リュジスの昨日  作者: 実茂 譲
首都ロワリエ
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裏切り者の取り扱い

 僕は電球の光が届かない隅のほうへ移動した。トマ親爺は僕に気づかず、逆さ吊りの男のほうへ歩いていった。男のほうはウーウー呻いていた。その潰れかけた目は僕のほうを真っ直ぐ見ていて、助けを求めているのは明らかだ。トマ親爺はその頭を軽く蹴飛ばした。

「こっちを見ろ。このクソ野郎」

 それでも男は僕に助けを求めるのをやめなかった。もし、さるぐつわを外されたら、最初に叫ぶのは僕のことだ。

「こっちを見ろって言ってんだ、このクズが!」

 今度はもっと強く蹴った。男はぶらぶらと左右に揺れた。

「パルミエはお前に何を約束した? え? お前はあいつと会った。一週間前、レストランで。午後七時だ。どこのレストランか知らんし、名前も知らんが、お前は子羊のフィレを、パルミエはオックステールの煮込みに揚げたじゃがいもをつけてた。お前、おれに気づかれないと思ってたのか? あ? 上等のフィレとオックステールが皿に乗って出てきた時点で気づいても良さそうなもんなんだがな。この肉はどこからやってきた肉なんだろうと。お前やパルミエは信じないだろうがな、おれは肉を通じていろいろなことを知ることができる。それに肉はメッセージとしての力がある。分かるか? 要するにお前の体の一部をパルミエに送りつけてやる」

 男は激しく頭を横に振り、ウーウーわめいた。実際は声は出せなかったのだけど。一方、トマ親爺は峻烈天使のメダルが下がった鎖を取り出して、鍵束の一つを選んで、刃物のケースを開けた。一番分厚くて大きな肉切り包丁を取り出すと、砥石で刃を研ぎだした。

「決めた。レバーにパン粉とパセリを添えて送りつけてやろう。それで、最後に言い残すことがあるならきいてやるぞ」

 トマ親爺はさるぐつわを取ろうとした。僕は短剣を静かに抜いた。もし、さるぐつわが外れたら、すぐにトマ親爺を殺すつもりだった。武器の大きさは相手が勝っている。でも、ぶら下がった肉が邪魔をして思うようにふれないかもしれない。失敗が許される暗殺なんて存在しないが、今回は特に失敗ができない。もし、失敗したら、僕もあそこに逆さ吊りにされて、バラバラにされて、僕の腎臓を使ったキドニー・パイが組織へ送り届けられるかもしれない。

 でも、結局、殺しはなしになった。トマ親爺は疲れていた。裏切り者の嘘八百の言い訳をきいて一日を終えたくなかったのだ。そこでトマ親爺はとっとと男の喉を切り裂いた。そして、十分血を抜くと、それから胴体を、なかの内臓を傷つけないよう注意深く裂いて、肝臓を取り出すと、念入りに血を拭いて、テーブルの青い紙に乗せて、パン粉とパセリの入った袋と一緒に包んだ。

 一方、僕はトマ親爺がパルミエへのプレゼントをせっせと包んでいるあいだに、倉庫を抜け出し、廊下へ出て、仲間が家畜を全てかっぱらったことを確認すると、素早く地下道へと走っていった。

 遠のいていく肉屋の地下から二度、「なんだこりゃ!」という大声がきこえてきた。一度目の「なんだこりゃ!」は家畜が全ていなくなったことに激怒した声、二度目はテーブルの上に置かれた札束を見つけたときの声だった(後でわかったことだが、置いていった額は相場の倍はあったようだ)。

 お肉がやってきた! モンブラン・バレエ教室の待機組はお肉が待ち遠しくていてもたってもいられなかった。本屋から屠殺にまつわる本を買い、自分たちで牛を一頭解体すると、冬を生き延びる手はずが整った。ロワリエの暗殺部隊は崩壊の危機を脱した。マスターは僕らの健闘を誉め、しばらく休養を取るようにと言った。

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