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リュジスの昨日  作者: 実茂 譲
首都ロワリエ
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都会と若者のあいだに横たわる問題

 順を追って話していきたいと思うので、時代を遡ることにする。

 僕が組織にどうやって加入したのかは正直なところ分からない。そんなこと組織は教えてくれないし、また知ろうとも思わなかった。推測するに僕の親は安ワインを買う金欲しさに僕を売っ払ったのだと思う。とにかくこっちはフォークとナイフの使い方を教わるようにして毒塗り短剣とピアノ線の使い方を教えられた。厳重な警備をすり抜ける潜入術だの光のない暗闇を歩くコツだのも教わった。全てはド田舎のすえた苔の匂いのする小さな城のなかで行なわれた。訓練も食事も睡眠も。

 十二歳で初めて人を殺したのだが、相手は男色家の貴族で変態を極めた男だった。僕はその変態野郎のお眼鏡にかなうだけの銀髪の美少年だったらしく、僕の肛門の純潔を狙って素っ裸で襲ってきたところで脇腹に毒塗り短剣を二度突き刺してやった。初めての標的は口から血の泡を吹いて死んだ。その後、逃げることは逃げた。貴族の仲間たちは報復のために僕を探したらしかったが、特徴はきれいな少年だった、ということしか覚えていなかったので結局探しきれなかったらしい。あの貴族の館には美しい少年たちが五十人近くいて、まあ、みな同じような顔をしていた。しょうがない。好みがあって集めたのだから。その後、上流階級のホモたちは相手の少年が実は殺し屋なのではないのかとびくびく恐れながら、少年たちを犯した。殺し屋は恐いけど、性的快楽を失うことはもっと恐いわけだ。

 脱走するまでの僕は無味乾燥でつまらない人間で、そして恐ろしく馬鹿だった。組織は僕の恩人で、人の殺し方を教えてくれましたありがとうございますと本気で信じていたのだから。向こうはこっちなんて使い捨てにするつもりでいたのに。救いようのない馬鹿なやつ。

 脱走者時代は組織にいいように使われていた自分の馬鹿さ加減を振り返ってうんざりし、役人とかワイン商とか辻馬車の馭者だとか道行く堅気がみなとても利口な人間に見えてしょうがなかったものだ。尤もその認識も戦争が始まるまでの話だった。集団ヒステリーのなかでは個人の賢さなどクソの役にも立たない。

 さて、また暗殺者時代に戻ろう。僕は十四歳にして十六人の人間をこの手にかけていた。まあまあのスコアだ。十四歳というのは危機を乗り切った年齢だ。組織の子どもたちはだいたい十二で初めて人を殺して、十三くらいになるとヘマをして命を落とす。組織が使う暗殺者で二十五以上の年齢のものはいないのだ。平均寿命はとても短い。二十五まで生きれば幹部や教育係になるから前線へは滅多に行かなくなる。ともあれ僕は十三歳の危機を乗り切り、十四歳の殺し屋人生を謳歌していた。

 僕の相棒はやはり十四歳で少女の暗殺者だった。名前はアレット。同性に異常な性欲を抱くのは上流階級の名流婦人も同じだったらしく、初めて殺したのは彼女を張り形でレイプしようとした侯爵夫人だったという。同性にレイプされそうなだけあって、彼女はとてもきれいだった。

 そして、僕はうららかな日差しが降る午後、緑樹と花に囲まれた神秘的な古城の中庭に美少女と肩を並べ膝を抱えて座りながら、どうやったらもっと迅速に、もっと隠密裏に標的を葬れるかそればかり話していた。

「ねえ、リュジス(これは僕の名前だ)」アレットは崩れた城壁に咲く花々の上を舞う白い蝶を見つめながら、僕に問いかけた。「ピアノ線で標的を殺すとき、喉を切り裂かないようにするいい方法ってないかな? だって首を絞めて殺すのって痕跡を残さないための方法でしょ? それなのにピアノ線が首に食い込んで頚動脈が切れたら、元も子もないと思うの」

「背中で背負って絞めるんじゃなくて、ひざまずかせて、背中を膝で押して絞めればいいんじゃないかな?」僕は答えた。「僕はそれでやってるけど、一度も喉を切り裂いたことはないよ」

「ありがとう。今度試してみる」

 首都ではオープン・カーと路面電車が走り、果物店でチョコレート・バナナ・パフェを食べることのできた時代に、僕らは短剣とピアノ線という条件に縛られて人殺しをしてきたのだ。僕の少年時代を返せ、馬鹿野郎。

 そのころ、組織は一大改革に乗り出した。飛び道具の使用を解禁したのだ。ついに僕らも銃の使い方を覚えるのかと密かにわくわくしたが、渡されたのは投げナイフだった。組織はその昔、投げナイフもまた暗殺の道具として使っていた。よって、これからは投げナイフと毒塗り短剣、そしてピアノ線の三つの道具で暗殺部隊を運用する。少しでも期待した僕が馬鹿なのであったが、もっと馬鹿なことに僕はその新兵器を一ヵ月後には自由自在に扱えるようになっていた。

 僕の欠点は相手の期待に応え過ぎるところにあるのだと思う。相手がどんなに馬鹿なことを言っても、僕はハイハイわかりましたとこなしてしまうのだ。リュジス、あのホモを投げナイフで殺して来い。わかりました、マスター。リュジス、あの売春婦を絞め殺せ。わかりました、マスター。勇敢なる兵士諸君、祖国リアンソアの危機だ! 前進せよ! 突撃せよ! 銃剣をやつらのどてっ腹に突き刺してやれ! 祖国万歳、リアンソア万歳! りあんそあ、ばんざーい。 ……といった具合だ。

 まあ、確かに思考をまるごと全部何かに預けて生きることの気楽さは認めよう。人間誰だって仲間外れにはされたくない。そうならないためには、その時点で最も流行っている思想なり哲学なり政党なりに自分をくれてやることだ。世界中の人間がカラスが白いと言いだしたら、あ、あそこにも白いカラスがいると言えて一人前だ。もし、その世界で主流を占めているものが戦争ならば仕方がない。戦争に自分をくれてやる。

 そんなわけで十四歳の僕は毒の短剣、投げナイフ、ピアノ線に自分の思考を預けた。任務についてはアレットと二人で分かち合った。一人より二人のほうがずっと成功率は上がるし、だいたい組織は一つの任務に一人の暗殺者しか使えないほど忙しくしているわけでもないのだから、人員をケチってもしょうがない。

 組織は、お前らは二人合わせて三十人殺したんだから、もう上級暗殺者だ、と言ってきた。リアンソア国家名誉勲章に騎士章、士官章、指揮官章、大士官章、大十字章と位があるように暗殺者にも位がある。僕らはめでたく上級者になった。すると組織はお前ら上級暗殺者は自発性を持って行動しろと言い出した。つまり、これまではお膳立てされた標的を殺してきたのを、今度からはお膳立ても自分たちでやるのだ。つまり、任務遂行期間中、連中は僕らを町に放し飼いにするということだ。組織には自信があった。大都会のきらめく誘惑も、もうこの子どもたちには通用しない。頭のてっぺんから爪先までどっぷり暗殺者根性が身についたから組織を裏切って逃げるなんて考えもつかないだろうと踏んだわけだ。悔しいことにその通りだった。通算五年間も放し飼いにされたのに、僕と来たら、やつらのために喜んで人を殺していたのだ。

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