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リュジスの昨日  作者: 実茂 譲
首都ロワリエ
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ギャング狂時代

 さて、ジュペ警視が亡くなると、ふたたび第二十一区でギャング団の活動が活発になってきた。やがて、ロワリエじゅうのギャングたちが息を吹き返し、銀行強盗や違法賭博に精を出した。ここで一つ教えておくと、ロワリエ市民が愛する観戦スポーツは競馬、自転車競走、ボクシング、そしてギャングの抗争だ。それぞれ贔屓のギャング団がいて、それを応援したりするのだ。ジュペ警視を初めとする辣腕刑事の取り締まりが激しく、しばらくは大人しくしていたが、ジュペ警視が死ぬと、その反動もあって、ギャング団の活動は以前よりもずっと活発になり、そして、一般市民のギャング熱も史上最も激しいものとなった。特に少年少女たちはギャングたちの戦いに熱心で、どっちが勝つかにビー玉を賭けたりした。ギャング団に関する知識では警官や新聞記者、ひょっとすると当のギャング自身よりもよく知っているという有り様だった。そして、かんしゃく玉鉄砲や人を突くと銀紙製の刃が柄に引っ込む本物みたいなナイフのおもちゃが馬鹿みたいに売れた。ちょうどスーヴェルユの子どもたちが戦艦にメロメロになるみたいに、ロワリエの子どもたちはギャング団にメロメロだった。

 そんな世相を無視して僕らが黒装束に頭巾までかぶって目以外の全てを黒でかため、地下室の暗闇に溶けつつ訓練に勤しんでいる最中、組織のロワリエ支部長が――まだ二十代も半ばだが、恐ろしくハンサムな男だった――〈モンブラン・バレエ教室〉の地下室で僕らに訓示した。曰く、ロワリエの平均的少年少女はギャングに夢中になっている。だから、僕らもギャングに夢中になるフリをしなければ、不自然なものとなる。だから、ギャングについて勉強しろ、と言ってきた。僕らの組織は本当に抜けていて、ときどき心配になることがある。こういってはなんだけど、僕らだって普通の市民から見たらギャングの一種だ。ただ名前が知られていないだけ。その僕らに今さらギャングの何を知れというのか。すると、支部長は一人十五冊はある雑誌をどっさり持ってきた。これを読んで勉強しろというのだ。それらはみな全て犯罪専門雑誌だった。このギャング狂時代、犯罪専門雑誌がいくつも創刊され、ギャング絡みの銀行強盗やコカインの密輸、密造酒の販売、そして凶悪な殺人事件を死体の写真付きで特集すれば、砂漠で氷を売るよりもたやすく雑誌を売ることができた。

「これ全部読むんですか?」

「無論だ」

「でも、彼らは僕らの任務と関係はないですよね?」

「関係が出てくるかもしれない」

 仕方なく、僕とアレットは犯罪雑誌をどっさり抱えて、ランルザック通りの家へ引き返した。そして、食堂に雑誌の山を置いて、二人向かい合って座って、ギャングについて勉強した。僕らは本当に馬鹿だ。勉強というのは馬鹿をなおすための治療法なのに、僕らは馬鹿になるために勉強をしていたのだから。まあ、それは置いておこう。ざっと雑誌に目を通して分かったことは、このロワリエにはいろいろなギャング団があるということだった。銀行強盗専門のギャング団、スケベな劇をかける劇場を経営しているギャング団、優秀な弁護士を抱えたギャング団、現役の汚職警官を頭領にした一大窃盗ギャング団などなど。おそらくロワリエはリアンソア共和国で一番ギャングに恵まれた土地だと言っても過言ではない。ギャングの豊作だ。大漁だ。独占資本形成だ。

 一番大きく派手なギャング団はピエール・ルシュー率いるルシュー・ギャング団だった。ルシューは五十人の高級娼婦を抱えた娼館を経営していて、上流階級に知り合いが多かった。ざっくばらんに言ってしまえば、ピエール・ルシューはポン引き親爺に過ぎないのだが、そのポン引き親爺が抱えている娼婦たちは美しく、同時に機転のきいた〈いいこと〉をしてくれ、それでいて絵画や音楽について機知に富んだ会話ができる最上の娼婦だった。客はリアンソアじゅうの貴顕紳士から海外の王族もいた。だから、ルシューがギャングでありながら、ロワリエで最も高級かつ歴史がある社交クラブ〈狩猟クラブ〉の会員になれたのも不思議ではない。ルシューはその見た目もギャングの頭領というよりはデパートの経営者のようだった。鬚をたくわえた丸顔、太っているが押し出しと人当たりがよく、ご婦人を機知に富んだ話で笑わせるのが得意で、警察署長や判事、代議士はみな彼の友人だった。政治家や実業家を娼婦たちにタダ乗りさせるかわりにありとあらゆる便宜を図ってもらえた。手入れの情報や検事が準備している起訴の情報、公共施設が建つ予定の土地、まだ公表されていない優良株券の情報などが集まり、ルシューの金庫には入りきらないほどの札束が詰まっていた。そこでルシューは金で買えるなかでも最高級の生地で仕立てた服に身を包み、ネクタイを留めるピンには大きな紫真珠をきらめかせ、プラチナでつくったカーネイションを襟に飾り、ダイヤモンドのボタンをはめたダブルのチョッキを自慢げに見せびらかした。もう四十も半ばを過ぎているのにオリアーヌという名の親子ほど歳の離れた十八歳の美少女を妻に迎えて、服、宝石、観劇、旅行と考えうる最高の贅沢をさせてやった。ギャング雑誌の先月号によれば、オリアーヌは借金のカタにルシューの売春宿に入れられるところをルシューが一目惚れして自分の女房にしてしまったらしい。

 派手な暮らしぶりはルシューだけでなく、その団員もまた然り。ルシュー・ギャングの団員は一キロ先からでも見れば分かる。色鮮やかなスカーフを首に巻き、黄色いバンドのついた庇帽をかぶって風を肩で切って歩き、ステッキをくるくる振り回している伊達男ぶり。だが、このステッキはボタンを一つ押せば、ナイフがパチンと出てきて、斧のようになる。ルシューのギャング団に限らず、ギャング団員はみなこのステッキを持っていて、他にもピストルやナイフ、ブラスナックルもポケットに入れていた。

 ルシュー自身は暴力沙汰からは遠く身を置いていて、自分のことをいよいよ実業家だと思い始めていた。彼は二人の甥、ニコラとアルマンのバタンテール兄弟を副官として使い、彼の犯罪帝国で稼いだ資金を不動産や食料品店にまわして、暗黒街と実業界の両方に勢力を伸ばそうとしていた。

 ルシュー・ギャングほどではないけれど、かなりの勢力を持つギャング団には市内に大きな賭博場と売春宿と悪名高き違法劇場を経営しているシャルル・パルミエ率いるギャング団、中央市場と製氷商売を支配下においているロナルドー・ギャング団、第十七区の〈獲物市場〉を根城にするモクレール・ギャング団、銀行強盗を繰り返しついには警官隊に包囲され皆殺しにされた破滅的なブイクス・ギャング団(こいつらは一種の革命集団で金のために強盗するというよりは銀行家を殺すために強盗をしていた)、他にも複数の盗賊団と故買屋を支配下に置いたギャング団、辻馬車組合を支配しているギャング団、数名の小さなギャング団が集まってできたギャング連盟など個性豊かなギャング団がたくさんあった。その他にどのギャング団にも属さない一匹狼の犯罪者たちがいた。腕のいい金庫破りや贋札師、流れ者のギャンブラー、高利貸し、私設馬券屋。彼らは僕らと同じ法の外に身を置きながらもこんなに目立っている。同じアウトローでも大きな違いだ。試しに僕らが住んでいるランレザック通りが誰の縄張りになっているのか調べてみると、闇ボクシングの興業で稼いでいる小さなギャング団の縄張りになっていた。そう言えば、何だか首の太くていかつい体つきの男をよく近所で見かけたが、あれはボクサーだったわけだ。確かに拳はスイカのように大きかった。

「今夜、見てみるのもいいかもね」僕が言った。

「闇ボクシングを?」アレットが雑誌を置いて僕を見た。

「組織の言い分では、僕らみたいな子どもたちは親の目を盗んで、こういうものを見たがるものじゃないかな?」

「でも、私たちには親はいないけど」

「なら、ますます行かないとおかしく見えるね」

 そんなわけで僕らは第二十一区を縄張りにしているアントワーヌ・ギャング団の闇ボクシングを見に出かけることとなった。僕らの非行をジュペ警視が見たらきっと悲しむだろうが、まあ、僕らは元々職業暗殺者だ。今さら闇ボクシングの試合を見たからといって、後戻りが出来る出来ないがどうこうするものでもない。

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