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リュジスの昨日  作者: 実茂 譲
首都ロワリエ
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昨日の出来事

 自分の人生を振り返ってみると、僕はいま、最も安らかな時間を生きていると思う。僕はまだ二十七だが、考え方がすっかり年寄りくさくなってしまった。人生のメインイベントはみな出尽くしてしまったような気がするのだ。激動の半生だったわけだ。

 僕の半生の内訳をお教えしよう。まず生まれてから十九歳までが暗殺者、十九から二十歳が脱走者、そして二十歳から二十五歳までが兵士であり、そして二十六と二十七は――これはもっと後で話そう。

 暗殺者、という言葉が出てきて、びっくりした人もいるだろうから説明しておくと、この国には、大昔からの暗殺組織が存在する。それは中世の騎士と騎士が槍試合でぶつかり合う前から存在している組織だ。冗談みたいに聞こえるとは思うが、事実なのだ。機関車と鋼鉄、電信、巨大化する汽船、共和制と憲法、そして金持ちが乗り回す自動車。こうしたものが存在している時代に暗殺組織というものがあったのだ。それは首都からずっと道を歩いていき、どんづまりまで歩いていき、そのどんづまりから道なき道を踏破して、巧妙にカモフラージュされた森の奥深くの入口をくぐった先の古びた城。要するに、とんでもないド田舎にそれはあった。

 それはひどい時代錯誤のなかに身を置いていた。鉄の戦艦とダイナマイトの時代に組織は手持ちの暗殺者たちに毒を塗った短剣と絞首用のピアノ線しか使わせなかった。大昔、諸侯と国王がお互いの領地を狙って戦争を繰り返していたころからの伝統がしっかり守られてきたわけだ。消音器付きライフルが発明されているにもかかわらず、組織は銃を頑として認めようとしなかった。

 組織の暗殺者育成は徹底していて、ようするに産んだはいいけど、邪魔になってしまった赤ん坊をタダ同然の値段で買い集め、物心つく前から暗殺術の英才教育と組織への忠誠を叩き込むのだ。もちろん毒の短剣と絞首用ピアノ線に対しても時代遅れな忠誠を誓わせる。しょうがない。

 ところで、僕がこう淡々と暗殺組織のことを書いていると、じゃあ実際、この組織によって葬り去られた人間はいるのだろうかという疑問に直面すると思う。これに関しては答えはイエス。ただし、標的は小物ばかりだった。セックス・スキャンダルをネタに淫乱公爵夫人を恐喝してきた新聞記者とか、ホモの没落貴族とか、いきすぎた性的倒錯のために秘密の乱交クラブから追放された変態といった手合いだ。新聞に載るとしても後ろのほうにちらりと載る程度。殺せば一週間以上第一面を飾れるような国王や大統領なんてものは一度も的にかかったことはない。

 国王や大統領は、それはもう、革命家の獲物だった。彼らは非常に進取に富んだ暗殺団だった。組織よりも数段先をいっていた。彼らはリヴォルヴァーとダイナマイトを使う。毒の短剣とピアノ線なんぞ歯牙にもかけない。そして、彼らは常に大物を狙う。導火線がチリチリ燃えているダイナマイトを抱えて皇帝の馬車に飛び込んで自爆したり、保養地で食前酒を啜っている大臣の頭に十字に切り込みを入れた鉛弾を(こうすると弾が体のなかでぐしゃぐしゃになる)ぶち込んだりと一人一殺の精神で暗殺に臨むのだ。忠誠心だって見上げたものだ。つかまった革命家たちは決して仲間を売らず、裁判の席では自らの信ずる革命的理想郷について演説をぶち、そして粛々と処刑台に上っていくのだ。

 それに比べるとこちらの暗殺組織は非常にちんけな代物だった。実際、ちんけなのだ。革命家が全ての政府と国家元首を敵にまわして世界的な暗殺の嵐を吹き荒しているあいだ、僕らの組織はちまちまとけちな変態やポン引き紳士を抹殺していった。あまりにもけちな連中なので、最後のほうでは新聞にも載らないくらいだった。

 この国がまだ王制だったころ、組織の顧客は宮廷の貴族たちだった。宮廷という権謀術数の世界ではまだ僕らのような暗殺者にも使い道があった。権力獲得のために消えてもらいたい邪魔者を確実に始末してくれる暗殺者は重宝された。

 革命が起こると、王制が廃止され、当然、宮廷もなくなる。ところが、宮廷はなくなったはずなのに侯爵だの男爵夫人だのといった連中はいまだその称号を使って生きている。宮廷に代わって上流社会が暗殺者の舞台となった。

 革命で政治的権力は貴族たちの手から離れてしまった。今や権力を獲得するのは新聞とジャーナリズムを最高に効率よく利用できる人間であって、暗殺者を使う人間ではない。むしろ暗殺者など使っていることが敵の陣営に知られたらそれこそスキャンダル。そんなわけで暗殺組織は貴族ともども権力闘争から追放された。そして、今では貴族たちを彼らの性的放縦が原因で起こったスキャンダルから守るために強請り屋や売春婦を殺している。それも毒を塗った短剣とピアノ線でだ。

 組織の幹部たちはおそらく革命家連中の活躍ぶりに嫉妬していたと思う。なぜなら彼らはしょっちゅう絵入り新聞を取り出して(あんなクソ田舎だと都会の新聞を手に入れるのも一苦労だ)、革命家が爆弾や銃弾で政府要人を暗殺したことについて取り上げ、大きな音を鳴らして標的を葬るというのは実に愚かな手段だと何度も何度も僕らに言い聞かせたからだ。そのころの僕はとんだ馬鹿野郎で組織のいうことは何でもかんでもハイハイ言っていたもんだから、革命家というのは暗殺の邪道を行くものなのだと思っていた。そもそも暗殺という手段そのものが邪道なのだが。

 幼い暗殺者たちは教育係の言うことを素直に信じたが、ある程度場数を踏んだ十六から十七歳の暗殺者たちは革命家たちは大した連中だと認め始めた。やがて僕もその一人になる。やはり標的がでかいというのはひしひしと感じた。

 もっとも、それも戦争を知るまでだった。あの、とち狂った師団長や旅団長の前では革命家の自爆攻撃など霞んで見える。あいつらの自殺突撃は何万人単位で人を死なせ、しかも誰にも罰せられることはなかった。勲章さえもらえた。

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