9.おかしな少女と変わった龍の話
部屋の扉の前まで移動しても、ワイワイと騒ぎ立てる2つの声がやまない。
このままだとずっと入ってくることはなさそうだったため、俺は扉を開け、そのまま外の2人組に話しかける。
「どうも。……えっと、入って大丈夫ですよ」
「おわぁ!? あ、はい! 失礼します!」
ガチャリ、と慌てていたのか、かなりの勢いで開かれた扉の先には、先ほどのドラゴン……にしては小さい、あのドラゴンをぬいぐるみサイズにしたような何かがふわふわと宙に浮いている。
その隣に……いや、なんだこいつ?
説明が難しいのだが、頭に見覚えのある、……なんというか個性的な、例えるとするなら……そう、百均に売っているあの宴会芸に使うような馬のマスク。あれのドラゴン、というよりはどちらかと言うと龍に似ているような、謎の緑色の生物をあの馬マスクと同じように作ったらこうなるんだろうな、という感じの謎のマスクを被っている子どもがいた。
変な龍のマスクを身に着けた子どもは、この国で見かけた女性がよく着ていた形と似た、しかしそれより民族的な模様が強調されたワンピースを身に纏っている。
……なんだこれ、これは普通に元の世界にいたら不審者と言われ通報されてもおかしくないんじゃないか?
そんな宴会芸とかで出てきそうな、見た目のアンバランスな人物が、よほど驚いたのか、変な体勢で固まって立っている。いや、驚いたのはこちらも同じではあるのだが。
先ほどの大事件のときは焦りが大きかったため、あのドラゴンの背で倒れていた人物のマスクまでよく見てはいなかったのだが、パッと見でも強烈に印象に残るそれは、紛れもなくあの倒れていた人物のものと同じマスクだ。
「君がモネさん……だよね? けがは大丈夫? かなり傷口大きいように見えたけど……」
「あ、はい! ヨウスケさんのおかげ様でちょっと休んだらすっかりバッチリ元気です。なんか斬られる直前でドラちゃんが体を突き飛ばしてくれたらしくて、傷が浅かったみたいですね。まあこの国の医療がすごいらしいのもあるとは思うけど」
「なるほど、それはよかった。ところで、ドラちゃんっていうのは……?」
「ああ、こいつです。本当の名前はもっと長いんですけどね! そんなん覚えられるわけないじゃんって話ですよ、全く!」
「あ、そうなんだ……」
そう言ってモネさんは隣にいたドラゴン?を指さした。そんな大人気国民的アニメのキャラみたいなのがドラゴンの名前でいいのだろうかと思わなくもないけど、まあ確かに分かりやすくはある。
ただなんか、先ほど街で大暴れしていたあの姿からは似つかわしくないというか……、なんとも気の抜ける名前だ。
「ところで、どうしてあたしの名前知ってるんですか? まだ自己紹介してないですよね?」
「ああ、それは……。ほら、君街の人にすごく有名だから」
「おおー! ね、聞いたドラちゃん? やっぱあたしってばすごいんじゃなーい?」
「いや、どう考えても悪い噂が流れているに決まっておるだろう……」
はい、その通りです。というか君の話題でまともな話を聞いたことはないよ、なんていうのは流石に言えなかったけど、俺は苦笑しながらドラちゃんさんの言葉に頷いた。
「とりあえず、立ち話もなんだし、入ったら?俺も聞きたいこととか色々あるし」
「あ、そうでした! じゃ、お邪魔しまーす」
そう言って、ひとりと一匹を部屋に招き入れる。まあ俺の部屋じゃないけど、この部屋の前にはメイドさんがいたはずだし、駄目だったらすでに止められてるだろうから怒られることはないだろう。……多分。
モネさんが俺の座っていた席の対面側に座り、その前のテーブルの上にちょこんとドラちゃんさんが降り立った。あまり行儀がいいとは言えなさそうだけど、まあ今は俺たちのほかに誰もいないし別にスルーしてもいいだろう。
「それで、モネさんはどうしてここに?」
「あ、ちょっと待った!」
「え、はい?」
「あたしはヨウスケさんに大恩がある。それはそうなんだけど、やっぱり同じ異世界人として、お互い対等! ということで、お互いタメ口でいかない? ……いや、ヨウスケさんは既にタメ口だった。だから、えーっと……。呼び捨てで!」
突然モネさんが俺の言葉を制したと思ったら、そんなことを言いだした。
まあ確かに、俺としてもその意見には賛成だ。これから俺たちは、この国では異世界人として一括りにされて生きていく。ならばできる限りお互いの心の距離は近い方が良いだろう。そのために形から入る、というのは大事だと俺は思った。
「了解。……で、モネはどうしてここに?」
「それはもちろん、助けてもらったお礼を言うため! ヨウスケさんがいなかったら私死んでたかも……とまではいかないと思うけど、後遺症とか残ってたかもしれなかったらしいし。だから、ありがとう!」
「おう。……どういたしまして。ただ、俺だけだったらあそこで能力を使うのは無理だったと思うよ。ドラちゃんさんがいなかったら能力の使い方も分からなかったし、そもそもアルトがいなかったらあんな場所で人が倒れてるなんてことも知らなかったぐらいだし」
なんだか面と向かって……いや、奇妙なマスク越しで、ではあるが、お礼を言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい。
そのため思わず俺から話を逸らしてしまったけど、実際その通りだ。俺はたまたま現場にいて、たまたま丁度いい力を持っているだけの人間で、実際になんとかしたのはアルトと主犯でもあるがドラちゃんさんなのだから。
そのためだろうか、さっきまでいた火の海のような街が夢の中での出来事なんじゃないかとすら思えてくる。俺がモネを治したときにはもう既に火は鎮火されていたけど、あれだけ大きいドラゴンが暴れまわったのだから被害は相当のはずだ。ならばなぜ今モネはここに居られるのだろう?怒られる……というか、なんらかの罰を受けてもおかしくはないのだが。
それが気がかりで、俺はモネに訊ねてみた。するとあっけらかんとした顔でモネは答えた。
「ああ、ドラちゃんが暴れるのは結構よくあることだからね。ドラゴンって本来の姿でいるだけででっかいし。……まあ、今回はあたしが怪我したからドラちゃんもブチぎれちゃってちょこっとだけ面倒なことになったっぽいけど……。とはいえ、石畳も家の壁も大体は魔力で出来てるし、多分そのうち直るんじゃない?」
「そんなもんなのか……。つまり、今のドラちゃんさんは本来の姿ではないんだな?」
「その通りだ。今儂がここで本来の姿に戻れば、お主などぺしゃんこよ。それから儂の名はストラバーストだ。ドラちゃんなどと呼ぶのを許したわけではないのだが」
今度はモネの代わりにドラちゃんさん……もとい、ストラバーストさんが答える。なるほど、確かに長い名前だ。モネが縮めようとするのも納得である。いや、モネはドラゴンの方を縮めたんだろうけど……。
「長いしストラでいいんじゃない? あたしが許可するよ!」
「ぬっ!? 何を言っておるのだモネ!? こやつは人間なのだぞ!? そんな無礼な真似を許しては……!」
「いいよいいよ、あたしの契約者権限で許可しまーす!」
「駄目に決まっておるだろう! お主ドラゴンの契約をなんだと思っておるのだ! 本来は多くの供物がなければ儂ほどのドラゴンとは契約するどころか取って喰われるだけなのだぞ!」
「はいはーい、それは何度も聞いたってば! でもそれがあたしの能力だってんだから仕方ないじゃん。もういい加減諦めなよ」
「ぐぬぬ……」
……なんだかこれだけでなんとなく、ではあるがこのふたり組の関係性が読めた気がする。つまり、このふたりは契約関係で、見た感じだとモネが一応上の立場であるようだ。ストラさんを小さく抑え込んでいるのもモネの能力と関係しているのかもしれない。
しかし、ただの主従関係というだけではモネが怪我をしたことによってあれだけ怒ることはないだろう。もしかしたら契約者を失うことで何かストラさん側にデメリットがあるかもしれないけれど、それを差し引いても、ふたりには確かな絆があるように見える。どことなく、祖父と孫娘のような印象を受けるのもそのせいだろう。
「あっ! そうだ、忘れてた! ドラちゃんの話はどうでもいいんだよ。あたし、ヨウスケさんにお願いがあって来たんだった!」
「どうでもいいとはなんなのだ、どうでもいいとは! ──うおう!」
ストラさんが短い足をバタバタと動かし机の上で地団駄を踏むが、モネは気にせず翼を引っ掴んで地面に放り投げた。ストラさんは悲鳴を上げながら放物線を描き、床で一回跳ねて綺麗に着地した。……本当にぬいぐるみのような扱いだ、と思ってしまう。……確かな絆があってのことだと思う……。多分。
「それで、お願いって? 俺は最近ここにきたばっかりだし、そんなにできることはないぞ?」
「王様に謁見するときにあたしも連れていってほしいの! あ、許可とかは大丈夫だから!」
「はぁ、それは俺としても願ってもないけど……」
アルトが王座の間で待機しているとはいえ、ひとりでそんな凄いところに通されるのは緊張するし、誰か知っている人が付いて来てくれるのはありがたい。
何より例の冷徹姫。彼女に会うかもしれない……というか、十中八九会うことになるだろう。
その奇妙な格好のせいで、なんだか気の抜けるモネがいることで、国王陛下や冷徹姫も、少しくらい態度が柔らかくなったりしないかなぁ、などとという邪な気持ちを持ってしまう。
「よかったー! あたしとしても、さっきのドラちゃんの暴走もあったし、いつもみたいに気軽に入ってけなかったんだよ!」
「いつもは気軽に入ってるのか……。というか、なんでそんな王座の間に入りたいんだ? 緊張とかしないの? ……ほら、あの冷徹姫のこととか」
最後の方は小さな声になってしまったが、それが俺の素直な感想だった。俺に伝えられたということはモネも知っているだろうが、怖くないのだろうか。
すると、返って来たのは意外な返答だった。
「いやぁ、その冷徹姫、マーガレットに会いたいんだよねぇ」
「は!? えっ、お前怖くないのか!? 噂は聞いたんだろ? いやまあ、噂だしどこまで本当かは分からないけど……」
しまった、思わず声に出てしまった。自分でも年下の女の子をこんなに恐れるのはおかしな感じがしたが、王への謁見への緊張も相まって余計恐ろしいものに見えているのかもしれない。もしかしたら、俺が思っているほど怖い人ではないのかもしれない。
「うーん、怖いというか……厳しい? 悪い子じゃないんだよ!」
「はぁ……。まあ、モネがいいなら別にいいけど……」
「やったっ、ありがとう! あたしとしても命の恩人にこんな変なこと頼むのは気が引けたんだけど、頼んでよかったよ!」
「まあ、俺もひとりで入るのは緊張してたし……。付いて来てくれるのはむしろありがたいかな」
「そう? まあそんな緊張しなくて平気だと思うな! 王様結構優しいし!」
「そうなのか……?」
正直不安しかない。が、思わぬ同行者に俺の緊張は少しだけではあるがほぐれたことに変わりはない。俺はそっと心の中でモネに感謝した。
モネも文化の違いはあれど、ストラさんへの接し方から、割と常識のある人間のようだとわかるし、最悪、返答に困ったら頼っても大丈夫だろう。
……マスクは、文化の違いによるものだと思いたい。俺は決意を固めるようにひとつため息をついた。
するとそれを見計らったかのように、部屋にノックの音が鳴り響く。
「失礼いたします。ヨウスケ・サカモト様、王がお呼びでございます」
「はい」
メイドさんが扉を開け、俺を呼ぶ。ついに、この時が来てしまった。机の上に残っていたすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干して立ち上がる。
そうして俺たちはメイドさんに案内されるまま、王の座へ向かったのだった。