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8.待合室での話

 エルダレ王国の周囲は一見、青々とした大草原が広がり、動物は見られないものののどかともいえる光景が広がっている。しかしながら、これらは偽装魔術によって見せられている一種の幻覚であり、許可証に描かれる魔法陣が無ければエルダレの城壁を見ることすら叶わない。これによって弱小国家であるエルダレはなんとか近隣諸国に攻め込まれていないだけなのである。


 そのためエルダレに入るためには、既に中に入ったことのある者の仲介が必要であり、他国で主に商売をしている商人にとってはそのパイプは喉から手が出るほど渇望するものとなっている。


 しかし仲介による入国審査というものは、内部のスパイこそが最も警戒しなければならないものであり、このような制度を執っているエルダレにとって、長きにわたりこの問題は切っても切れないものとして代々の王族と国民を悩ませてきた。


 この長年にわたる問題を解決したのが、齢13にして、今現在の政治のほぼ全てを王から奪い取り仕切っている才女、冷徹姫と恐れられるマーガレット・エルダレである。


 生まれつき強大な魔力をその身に宿し、5回目の誕生日を迎える前にそれを筆頭宮廷魔術師をして敵わないと言わしめるまでに完璧に扱ったと言われている。

 その高い魔術の腕により、ひとりで国の周囲の広大な敷地を全て偽装魔術によって覆うという偉業を成し遂げたのだ。


 そう、俺がどれだけ歩いても、城壁どころか街道すらも見つけられなかったのは、その偽装魔術によるものだったのだ。


 勉学においては研究者たちと共に議論をし、数々の論文を書き上げ、それによって生み出された技術や魔術はいまやエルダレの生活を一気に100年分押し上げた、と噂される。


 スパイとなりうる人物を素早く見つけ出せるようになったのも、彼女の編み出した様々な技術の応用なのだそうだ。それにより、そのレベルの高い魔術を欲した他国の商人や魔導士らは、こぞってエルダレを目指したらしいのだが……。

 そのあまりの到達難度の高さに彼らの多くは未だこの国へ来られずにいるのが現状であった。


 そんな彼女が冷徹姫と呼ばれる所以が金髪蒼眼の美しい容姿と眼光の鋭さであった。常に眉間に皺が寄っていて、ほぼ全ての人間に向ける視線は道端にいる虫を見るように冷ややか、らしい。


 あまりに生まれながらにして完成されすぎているため、彼女が異世界からの『転生者』、もしくは俺たちと同じ『転移者』なのではないかと噂されるが、その真相は定かではない。


 この国の概要……というよりは、マーガレットという方が凄すぎて、マーガレット王女の概要って感じだ。


 以上が、俺が城に到着し、王に謁見する前に知っておいて欲しい、とメイドさんらしき人からもらったパンフレットのような小冊子に書いてあった情報だ。待っている間は暇なのでずっと読んでいたのだが、読み終わってしまうとやることがなくなり、こうして手持ち無沙汰になっている。


 正直読めば読むほどマーガレット王女が怖く感じてしまったが、俺が謁見する予定となっているのは、一応エルダレ国王だという話だ。実権を握っているのがマーガレット王女とはいえ、直接話すことはないだろう……と思いたい。


 正直な話、こういった政治体系の国において実際に権力をもつ人がどんな風に生活しているかなんて、一般市民代表みたいな俺が知るわけがない。

 故に、とにかく当たって砕けるしかないのだ。胃が痛い……。


 王の準備ができるまでお待ちください、と通されたこの部屋は城の応接室のうちのひとつのようで、かなり華美な装飾が多く施されている。


 触ったら怒られそうな大きなツボには、満開の綺麗な花が飾ってあったり、写真でしか見たことないようなキラキラと光を反射するシャンデリア、ご自由にどうぞと言われて置かれた皿の上には大盛りの見慣れない形をした果物たちが鎮座している。


 極めつけは、ティーカップに注がれた琥珀色のお茶だ。こればかりは口を付けないのも失礼か、というのと、単純に喉が渇いていたため、一口だけ啜ってみたのだが、これが本当に美味しい。

 物凄く高級なものなんだろうけど、俺の食レポが下手なせいで「美味しい」という感想しか出てこないけど、とにかくグビグビ飲んでしまうほどには美味しいのだ。


 この味を知ってしまうともう二度と家で飲んでいたほうじ茶が飲めなくなりそうだ……。まあ、元の世界に戻れるかはイマイチ微妙なところなので、そんな心配をするだけ無駄なわけだけど。


 ちなみにアルトは王の側近のひとりであるらしく、次に会えるのは王座の間ですね、と言って去って行ってしまった。つまり、今俺はひとりぼっちなのである。……いや、全く寂しくはないのだが。というか、アルト、めちゃくちゃこの世界に馴染んでないか?


 異世界人は貴重だから重用されやすい、みたいな話は聞いたけど、まさか側近レベルに近くに置いておけるほど、王様からの信頼を得ているのは素直にすごいと思う。

 というか、アルトって本当に俺と同じ異世界人?もともとこの国の人間なんじゃないかってレベルの馴染みっぷりなんだけど……。


 そんなわけでガッチガチに緊張しながらこの美味しい紅茶を味わっていたのだが、突然部屋のドアからノックの音が鳴らされる。


「もしもーし! ヨウスケ……様? さん? まあいいや、いらっしゃいますか!?」


「もしもし、は違うのではないか? 人間ってこういうときは失礼します、というのだと儂は習ったのだが……」


「え、マジ? いやでもあたしと同じ世界の人かもしんないじゃん! この世界と常識同じじゃないかもしれないよ?」


「いや、儂からしたら何でも良いのだが……。というかノックする前に何を言うか考えた方が良かったのではないか?」


「いや、その場のノリって大事じゃない? そういうの忘れるからドラゴンって駄目なんだよねー、お固すぎるっていうかさぁ、ほらあれ、老害ってやつだよ、ドラちゃんジジィだし」


「どうしてこの流れでドラゴン批判につながるのだ!? お主儂のこと嫌いなのか!?」


「そうだけど?」


「ヒドイ! 儂泣いちゃうかも!」


 ……なんなんだ、これ。先ほど会ったドラゴンのような低い声と、いやに響く高い声がドアの前で何か言い合っているのが聞こえてくる。おそらく本人たちは部屋の中にいる人間に聞こえていないと思っているのだろうが、多少くぐもってはいるものの、こちらには丸聞こえだ。


 俺はひとつため息をつき、ドアを開けるために立ち上がった。



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