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19.試し打ちの話

 城門の外から帰ってなんやかんやしている内に一夜が明けた。俺たちが無事に帰ってきたことで王女様も本当に安心したようで、わざわざ城の大扉まで迎えに来てくれた。

 1ヵ月前のあれこれがあったため心配されていたのだろう。モネの姿をみるやいなや物凄い勢いで走ってくる姿は一国の王女、というよりは友達思いのひとりの少女そのもので、その様子に俺は思わず涙腺が緩んでしまった。


 ……同じように王女様に向かって走っていったモネが思いっきりすっ転んだのには、少しだけ笑ってしまったけれど。


 それからは前と同じように王様に起きた出来事を報告し、疲れているだろうから、という王様の気遣いにより俺たちはゆっくり自室で休むこととなったのだった。

 実際心労の大きかったであろうモネはもちろんのこと、俺もかなり心臓を擦り減らすような思いをしたのでこの気遣いは本当に有難く、短いものではあるがゆっくりと休養を取らせてもらった。


 そうして俺たちは翌朝の訓練から早速新しく手に入れた『身体強化』の能力の試し打ち……、有体に言えば実験といった感じだろうか。とにかく色々と気になっていたあれこれを試してみたのだが、これによっていくつかの大事なことが分かってきた。


 まず一つ目、能力をいくつも同時に使えるのか。これはもともと王女様やアルトから説明を受けてはいたのだが、本人の資質や能力の形態によって同時にたくさんの能力を使える者もいれば、出来ない者もいる、ということだったのだが、ひとまず俺たち3人は最初にもらった能力と同時に使えることが分かった。


 モネなどはストラさんとの契約ということで常時発動しているようなものなのだが、普通に使えるらしく『身体強化』を使用して体を固くしたり、高くジャンプしたりして遊んでいた。


 俺の『治癒』などは同時に使うことで怪我の治るスピードが速くなったりなど、思わぬ効果もあったりして能力の応用の幅が増えたため、これも成果といえるだろう。


 そして二つ目、これが一番大事なのだが、これで何が出来るようになったのか、だ。

 先ほども言ったように、俺は『治癒』と組み合わせて使うこともできたのだが、本来の使い方である基礎身体能力を上げることも勿論可能だった。

 単純に使うだけでアスリート並み……下手するとそれ以上に足が速くなったり、重いものを持ち上げたり……。まあそういった運動能力が必要とされるようなことは大抵いけるらしい。


 しかしこれにはデメリットもあって、例えばどれだけ体が強くなっても動体視力は向上しない。これは脳が情報を処理する速度は変わっていないからだと王女様は言っていた。

 つまり、速く走ってしまうと自分が今どこにいるのか視認できない可能性がある、ということらしい。

 ……とはいえ、能力の使用に慣れていない今の俺たちからすると、そこまで大きなデメリットにはならないと思う。とりあえず、今のところは、だけど。


 まあなんにせよ、勇者になるための一歩は踏み出せたわけだ。大事なのはこれから、この力をどうやって使っていくか、何に使っていくかなのだと王様や王女様も言っていたし、俺もそう思う。


 だからこそ、今はこうしてまたこれまでと同じように王女様とアルトにしごかれている訳なんだけど……。


「ふっ!ほっ!どりゃっ!」


 手に持った剣を上からまっすぐ振り下ろす。以前よりも空気が軽く感じるのは修行の成果だろうか。

 剣の先が空を切る音が響き渡る。それから、俺の掛け声と……、


「やっ!おりゃっ!どっせい!」

「……」

 どこか気の抜けるようなモネの掛け声に、ひとり訓練場の端で黙々と素振りをするサイカさん。一々気合を入れて振らないと振りが弱くなってしまう俺たちからするとなんでそんなことが可能なのかは分からないが、なんとなくできる、とのことらしい。

 まあアルトからも


「サイカさんですからね……。できなくもない……、ん、ですかね……?私には無理です」


 とかいう微妙に理屈を分かっているのか分かっていないのかあやふやなことを言われていたが。


 しかしサイカさんもこれで意外と実戦慣れしているらしいのだ。普段はモネが試合で優位に立っているものの、王女様やアルトからの評価ではサイカさんの方が高い。実際アルトが最初にサイカさんを保護したとき、周囲には大量の魔物が倒れていたらしい。……が、本人も眠っていて何が起こったのかはよく分かっていないのが怖いところであったりする。


 そんな少ない情報から、サイカさんのいた世界は俺やモネのいた世界よりも危険の多い場所で、それで無意識にでも咄嗟に自分の身を守れるようになっているのでは、というのが俺の出した推測だ。

 正直サイカさんは一向に俺に心を開いてくれないわけで、危険な世界出身、というのはただの憶測でしかないんだけど。

 流石にこの辺りはプライベートな話なので、俺も特にアルトや王女様に聞いたりしていないため合っているかと言われると正直自信はない。



 城下町から帰ってきてからも毎日のルーティンはいつも通りで、基礎的なトレーニングと素振り、それから剣術を体に叩きこむ。この3つを主に繰り返していた。

 今日も例に漏れずそうなんだけど、ひとつだけ普段と違うことがある。それが……。


「あ、マーガレット!おはよう!あ、もしかして届いたー?」


 モネが真っ先に遠くからやってくる王女様に気づき、ぶんぶんと大きく腕を振った。

 王女様もそれに応え、上品にこちらへ手を振る。うんうん、今日も仲睦まじくて結構だ。……これを後方親父面、というのだろうか。妹に気持ち悪いからやめろとキツく言われていたことをふと思い出す。……うん、やめよう。唐突に家族のことを思い出してダブルで胸が痛い。


「ええ、届きましたわよ、モネ。もう既に馬車が止まってますわ」

「いやったぁー!遂に!遂になんだね!」


 モネが手に持っていた剣を素早く放り投げ……もとい、すぐ傍で待機していたストラさんにパスし、王女様の方へ駆け寄っていく。

 ストラさんはキャッチした剣を器用に前足で鞘へ戻し、近くの椅子へ横たえた。


 それにしても、届いたっていうのは……。


「ええ。アデレア様から、礼服が」

「「おぉ~」」


 思わず感嘆の声が漏れる。自分のものでない声が重なったことに驚き、パッとそちらを振り返ると、今までの人生で見たことがないほど嫌そうな顔でこちらを睨みつけるサイカさんと目が合った。いや怖い!俺なんかした!?


「あはは、ふたりとも仲いいじゃーん」

「いや、全くそんなことないが。コイツと仲いいとか死んでも御免なんだが」

「そんなに言わなくてもいいじゃん!?」

「ははは……、まあまあ……」


 俺は苦笑し怒るモネを取りなす。いやでも、サイカさんと俺が仲が良いとは全く思えないんだけど、モネは何を見てそう思ったのかな……。


「皆さん、出来るだけ仲良く……。いえ、そんなことより、礼服が届いたのなら本日の朝練はこれまでにしましょうか。寸法の確認もしなければなりませんし」

「そうですわね。届いた礼服はそれぞれ皆様の自室に運ばせていますから、ご確認よろしくお願いします」

「はーい!」

「了解です」

「うっす」


 それぞれに返事をし、終了の挨拶をする。片付けや道具の手入れを手早く済ませ、汗の始末など部屋に戻るための身支度を整える。何を隠そう、俺もモネと同じでこの礼服を心待ちにしていたのである。

 いや、一生に何度着れるか分からないような豪華な服、更にはこれを着てパーティーに出席するのだから、これでテンションが上がらない方がおかしいと俺は思う。……まあ、そのパーティーはある意味敵同士での顔合わせみたいなものではあるから、そこは気を引き締めなければならないんだけどね。


 とはいえ舞い上がるような気持ちは抑えようと思って抑えられるものではなく、足取りも軽く自室へ向かう。


 道中、何人かの使用人さんとすれ違ったのだが、どうにも皆揃って生暖かい笑顔なのだ。絶対「コイツ浮かれてんな」とか思われている気がする。俺だったら今の俺を見て笑いを堪えられる自信がない。


 そんなことを考えていると、部屋まであっという間にたどり着いた。いよいよご対面の時だ。


 横にまっすぐ佇んでいるメイドさんにそっと会釈をしてドアノブに手をかけた。おそらくこの部屋に礼服を運んでくれたのだと思われるため、そのほんの小さなお礼だ。


 いつもより少しだけ時間をかけ、ゆっくりと扉を開く。するとそこには……、


「え、うわっ!デカッ!」


 ……俺の身長を悠々と抜かすほど……、つまり、約2メートルはあろうかというほどの大きな箱がそびえ立っていた。

 えー、うわぁ、デカ……。奥行きも大分あるし、元の俺の部屋のクローゼットなどすっぽり入ってしまう気がするんだけど……?


 い、一応、メイドさんに確認しておくか……。何かの間違いっていう可能性は無くも無いわけだし……。というかどうやって扉から入ったんだろう?どう考えてもこの箱の方が大きいんだけど……?


「すみませーん……。え、えーっと……、これって……」

「ヨウスケ様の礼服でございます。王女様より、『一度着てみて下さい』と仰せつかっております」

「そ、そうなんですか……。失礼しましたー……」


 そうっと扉を閉め、部屋に戻る。もう一度礼服の入っているであろう箱の方を確認するが、大きさは変わっていない。むしろ冷静な頭によってより高く感じる。


「……まあいいや、とりあえず開けてみよう……」


 なんとか踏み台を使ってこの箱を開け、中に詰められていた緩衝材とトルソーに着せられたまま入っているピカピカの燕尾服により更に驚くことになるのだが、それは数分後の話で、このときの俺は知るよしもない。


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