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15.運が悪いまたは良い話

 まあそういうわけで、一晩明けて城を出立することになったのだが……。


「やーだー!やだやだやだやだ行きたくなーいー!」


 モネの駄々が城門に反響し、ただでさえうるさい声に拍車が掛かる。城門を守る兵士さんの顔色を伺うとひどくげんなりとして、何人か甲冑越しに耳を塞ぐ人さえいた。当然だろう。かなり慣れてきた俺たちですら三者三様の不快感を表に出しているのだから。

 どうしてこんなことになったのだろう……。俺は辟易しながら過去の記憶を探った。



 事の発端は今日の朝、俺たちはいつも通りすっかり日課として定着した訓練をしていた。そこまでは良かったのだが、今日は普段とは少し違い、サイカさんがモネから優位を奪っていた。

 当たり前だがいつだってサイカさんは運がいい。それが今日は少しだけ輪をかけて良かっただけのことだ。


 何が起きたかと言うと、試合の最中に王女様が訓練場へやって来たのだ。ただでさえ王女様に対して敏感なモネが反応しないはずもなく、意識がそちらへ向き、急に動きを止めることになってしまったのだ。

 そこに、サイカさんが急に動きを止めたモネに衝突しないように足を止めたのだが、そこで焦って木剣が手から滑り落ちてしまった、というのが事の顛末だった。


 ただそれだけなのだが、ふたりの実力にさほど大きな開きがなく、なおかつ体格が小柄なモネにとっては大きな隙が生まれてしまったことは確かだ。

 結果、それによってモネは頭上に落ちてきた木剣をもろに受け止めることになってしまった。

 木剣とはいえ、普通にくらえば痛いものは痛い。これは俺も今までの訓練のなかで思い知っていた。

 だからこそ、すぐにモネに駆け寄り治癒を施し、その場はサイカさんもモネもお互い素直に謝ることで事なきを得たのだが、そう思っていたのは俺の勘違いだったことが今になって分かってしまった。


「お前、王女様がいたからなんでもないふりしたんだろ?どうりで素直すぎるなとは思ったけど……」

「うっ」


 どうやら図星のようで、モネはビクリと体を硬直させた。分かりやすいな……。


「ってことは、オレにやけに素直に謝ったのも王女がいたからってことか?いい度胸じゃねぇか」

「違うもん!あたしだって余所見したのは良くなかったなって思ってるもん……」

「そうですね、危ないですし、相手がサイカさんではなく敵だったら即死でした。反省はしていただかないと……」

「はぁーい……。すみませんでした……」


 モネも本当に落ち込み、きちんと反省しているようで、肩を落としている。心なしかいつもより2回りほど小さく見えるほどだ。

 しかし、モネの主張はまだ終わっていない。本人もそれを思い出したのか、突然背筋を伸ばして先ほどと同じ音量で叫び始めた。


「でもでもでも!やっぱり行きたくないっ!マーガレットの所に戻るぅーっ!」

「そんなこと言われてもなぁ……。お前昨日まではあんなに礼服楽しみにしてただろ?採寸しないといくらアデレアさんでも作れないと思うぞ?」

「身体強化もですよ。ちゃんと試練を受けて戻らないと、王女様もお怒りになるかと」


 昨夜のモネはそれはもううきうきとした様子で、自分が着ることになるであろうドレスに想いを馳せていたのがもう遠い昔のようだ。少なくとも昨日の俺は何時間後かに駄々っ子を宥めることになるとはこれっぽっちも想像していなかったわけだし。


「あたしだってちゃんとマーガレットのお使いをやりたいって気持ちはあるんだよ?でもさ、さっきのことがあって……。ほら、覚えてる……?ヨウスケさんと初めて会った日の話」

「初めて会った日……?──あっ……」


 モネが言おうとしてることがなんとなくわかった。つまりはあの日……冒険者と口論になり剣で斬られたことを思い出してしまった、ということなのだろう。

 アルトも気づいたようで、気まずそうな顔をする。優しい彼のことだ、自分の言葉がモネを追い詰めたと思ったのかもしれない。

 確かにモネは死にかけたのだし、あの日実際かなり苦しい思いをしたと思う。下手すると今までも俺たちに恐怖がバレないようにしてきた可能性すらあった。

 しかし、あの冒険者たちは一応罪に問われ、禁錮5年となった。モネが彼らを怖がったため配慮し接触させないようにしていると聞いてはいたが、思っていた以上にトラウマになっているようだ。


 そこまで思い立ってしまい、俺たち2人は押し黙る。モネの言うことももっともだ。というかむしろ、何故今まで気付くことが出来なかったのだろうか。もっとモネの立場に寄り添っていれば?いや、そもそもきちんと事件のあったあの日、俺が傷だけでなく心の状態も確認しておけば……。途端に自己嫌悪が脳内を埋め尽くす。そして一旦心に座り込んだそれを消すのはなかなか難しい。


 無駄なことだとは分かっているし、後悔はしたって今モネに何かしてやれるわけでもない。しかし重くなった気持ちに引きずられ、この状況の打開案が一向に浮かんでこない。


 そうこうしてる間にも時間は過ぎていく。モネもそろそろ気まずくなったのかおかしな方向へ顔だけを向けている。

 静寂が俺たち4人の間に落ち、誰にともなくため息だけが場を支配した。



 しかしそんな状況も長くは続かなかった。意外な人物が重くなった空気を割くようにわざと大きな声で俺たち……正確に言うとモネに語り掛ける。


「だーっ!めんどくせぇな!お前が冒険者に斬られたって話はもう聞いた!でもオレたちは店に行かなきゃなんねぇ。だろ?」

「えっ?……うん、そうだけど……」


 サイカさんは膝に手を付き少しだけかがんだ。自然とモネと同じ目線の高さになる。


「オレたちは店へ行きたい。で、お前は行きたくない。じゃあ一番いいのはお前をここに置いてくことなんだが……。それでいいのか?」

「だ、駄目……だけど、ドラちゃんだっていないし……」


 そう、ストラさんは前回の失敗があるため今回城外へ出る許可が降りていなかったのだ。それもモネの不安を掻き立てている要因になっているのだろう。


「なら、お前はどうする?これから先も王女とドラゴンに引っ付いて生きてくつもりか?」


 そんなことを知ってから知らずか……おそらく分かってはいるのだろう。サイカさんは優しい口調で語り掛けた。しかし言っていることはかなり厳しい。

 俺は正直、今日出かけるのはもう無理だろうと諦めていた。時間的にはまだ一応余裕がないわけではないし、少なくとも一度モネが落ち着くのを待った方がいいのではないかと。


 しかし、


「それは……やだ。マーガレットにはカッコいいところ見せたいもん。──わかった、行くよ。……みんな、あたしが行かないってなったら残ってくれるだろうけど、それは悪いなって思うもん」


 モネは覚悟を決めたようにそう言い放つ。それにサイカさんは満足そうににかっと笑いかけた。

 驚きのあまり隣を見ると、アルトが目を見開いて固まっていた。そうっと近づき、俺は耳打ちする。


「サイカさん、意外と大人な対応だな」

「そうですね、正直ちょっとびっくりです。それになんだか……兄妹って感じがして微笑ましいですね」


 そう言ってアルトはふふ、と唇を綻ばせた。それにつられて俺も笑ってしまう。


 サイカさんは楽しそうにモネの頭をわしゃわしゃと撫で、それにいつものようにモネが怒って腹にパンチを食らわせた。もちろん加減は忘れておらず、サイカさんも楽しそうに流している。

 もうすっかりいつもの光景だ。俺はホッと胸を撫でおろす。あのふたりには元気が一番だ。


「はいはい、おふたりとも仲がいいのはいいですが、そろそろ本当に出発ですよ」

「はーい!」

「おう」


 モネも楽しそうに返事しているし、もう大丈夫だろう。いつの間にか緊張させてしまっていた体を緩ませるため、俺は大きく息を吐きだした。


 それにしても、サイカさんの意外な一面を見たような気がする。俺に対してはまだ少し厳しいけど、俺が思っているよりも優しく、頼りになる人なのかもしれない。少しだけ彼に対する印象が上を向いたような気がした。

 もしかすると、話してみたら意外と馬が合ったりするかもしれない。そんな予感がするほど、サイカさんの新しい一面は俺にとって新鮮なものだった。

 まあ、それももっと時間をかければ、の話で、今することではないと思う。これから長い長い時間を彼らと共に過ごしていくのだから。


「ヨウスケさーん!?行きますよ!」


 向こうから俺を呼ぶ声がする。いつの間にか置いていかれてしまったようで、遠くにアルトが大きく手を振っているのが見えた。俺は急いで地面を強く蹴る。


「おう!今行く!」


 そうして少しだけ遅れて、しかしそれぞれに確かな成長をして俺たちは城を出発したのだった。


試験があるので次の更新まで期間が開くかと思われます。

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