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13.死屍累々な話

 

 普段のドレスからは一変、動きやすそうな服を着た王女様がガンガンと傍の鐘を叩く。頭がボヤッとするのは鐘の反響によってか、はたまた酸欠によるものか。


「ほらほら、あともうワンセットですわよ!皆様しっかりしてくださいまし!」


 鬼のような言葉がうっすらと聞こえる。しかし体は思うように動かず、むしろどんどんと重く、鈍くなっていく。


「ぐぎぎぎぃ……!」

「も、もう無理……」

「この鬼っ……!悪魔……!」

「なんとでも言うがいいですわ!──はい、そこまで!仕方ありませんわね、休憩にするといたしましょうか」


 その言葉に、糸がプツリと切れたように俺たち3人……、俺とモネ、サイカさんは地面に倒れこんだ。


「お疲れ様です、調子はいかがですか?」

「いいわけないっ!もしかしてアルトさん、嫌みで言ってる……?こっちは死にかけてんだけど……」

「それだけ叫べるのならまだ余裕があるってことですわよね?」

「えっ?あ、いや無理!もう動けないぃ~」


 そう言って地面にゴロゴロと転がるモネを見て、王女様とアルトは楽しそうに笑った。

 ……地獄を見ているこちらとしては、全くもって笑い事ではない。サイカさんも信じられないようなものを見る目で2人を見ていた。



 俺たちが今何をしているかというと、話はサイカさんの目が覚めた日の昼食を取った直後まで遡る。


 あの日、サイカさんが起きたという知らせを聞いて、国王様がこんなことを言い出したのだ。


「おお、サイカ殿が……!それならばどうだろう、みなで昼食を取るというのは。せっかくの機会なのだ。一度こういった席を設けておいた方がよいであろう」


 この国の国王の命令だ。大きな恩のある俺たち異世界人組に断れはしないし、王女様としても合理的な提案を却下する理由もなく、城の大きな食堂で他の役人の人たちも一緒に美味しく食事を頂いた。

 ……そこまでは別に良かったのだ。問題はその後、食堂から出て部屋に戻ろうとした俺たちを呼び止めた王女様の言葉だった。


「本日はこの後特に予定はございません。皆様ご自由にお過ごしになって下さい。……そして、明日の予定ですが……皆様はご自身の戦闘能力について、どうお考えでしょう?」

「雑魚ですね」

「ドラちゃんはまあ……強いけど、あたしは戦場にでたら多分すぐ死んじゃうね。実際昨日あたし死にかけたし」

「オレもちょっと抵抗するくらいが関の山だろうな」


 能力が治す力である俺はもちろんのこと、ストラさんがいないとまともな攻撃手段を持たないモネ、俺と同じで攻撃系の能力ではないサイカさん。モネの言う通り、俺たちだけで戦うことになればあっという間に全滅するだろう。おそらく一矢報いる、とか考えている暇もないと思う。


 そんな俺たちの答えにうんうんと王女様は頷き、驚くことを言い出した。


「そんなお世辞にも強いとは言えない、ハッキリ言うと足手まといな皆様です。ある程度体を鍛えて頂こうと思っているのです」

「……まあ、妥当な話だろうな。オレは賛成だよ。死にたくないし」


 サイカさんの言葉に俺たちも頷く。その時に話していた考えというのはおそらくこのことだろう。このままだとまずいことはこの間の王女様との話で分かっていたし、鍛える必要のあることは分かっていた。


 俺たちの態度に王女様は満足そうに頷き、明日……つまり今日から毎日、筋トレと剣の扱い方について、それぞれ筋トレは王女様が、剣の扱い方はアルトにそれぞれ教えてもらうことになったのだった。

 ……その内容の地獄さに、後になって快諾したことを後悔することになったのだが。


 ちなみにサイカさんとはアルトと王女様の立会いの下話し合いをして、一応能力を教えてもらった。彼の能力は「幸運」で、読んで字のごとくとても運がいいらしい。……正直ピンと来なかったのは内緒だ。俺の能力を伝えると大爆笑された。そして「そういうのは魔導士連中の仕事なんじゃねえの?」と言われた。


 実は俺はそれなりにこの能力が気に入っている。俺があの子どもを庇って、モネのことを助けられた証のように思えて、なんだか俺なんかでも誰かを助けられるような気にさせてくれたからだ。

 だからこそ、能力を笑われてちょっとだけ複雑な気持ちになった。……けどまあ、俺みたいないわゆる陰キャが陽キャに何か言い返せるわけはない。結局話し合いもしたし、一応昨日のことは謝ってもらったが、モヤモヤした気持ちは残ったままだった。


 とはいえ訓練はサボれず、俺たちは今日、朝から騎士団の皆さんからお借りした訓練場でしごかれているのだが、これが本当にキツイ。

 まず腹筋500回、と事もなげに言われた時は自分の耳を生まれて初めて疑ったし、それを王女様は俺たちとともに汗ひとつ垂らさずやってのけたのだ。流石のモネも「マーガレット本当に人間……?」と半信半疑になっていた。俺も同意しかない。

 他にもスクワットだとか腕立て伏せだとか色々やったのだが、正直きつすぎてほぼ死にそうになりながらやっていたので記憶がほとんどない。終わったころには3人とも死屍累々といった様相だった。


 アルトから氷をもらい、頭に当てているとだいぶ熱も収まってきたが、まだ地面から起き上がれない。というか今日はもう一歩も動けないかも知れない……。

 空がきれいだなぁなどとこの後に突きつけられるであろう現実を見たくない脳が逃避に走っていた。


「にしてもさぁ、あたしだけマスク着けてるってハンデ背負ってるのホントにおかしいと思うんだけど!?すっごい蒸れるし苦しい……」

「ハハハッ!それマジでウケるよな!オレやってる間見てて笑い堪えるのに必死だったし」

「あたしだって別に着けたくてこのマスク着けてるわけじゃないもん!出来ることなら外したいってばぁ!」


 そう言ってモネがマスクの裾に指をかけ思い切り引っ張る。しばらく格闘していたが全く外れる様子はなかった。

 その様子に更にサイカさんの笑いが大きくなり、過呼吸になっている様子を俺と護衛してくれているストラさんが眺める。なんとなく俺たち3人と一匹の立ち位置が固まってきたような気がした。


「はいはい、言い争いはそこまで。これからは剣術の時間ですわよ」

「えぇー!もうちょっとだけでいいから休ませて……」

「もう15分も休みましたわよ?……アルト、木剣の用意はできてますの?」

「はい、こちらに」


 アルトが刺した先には丁度俺たちとアルト用と思われる4本の剣が置かれていた。本当にやるんだ……。正直初めに剣の稽古をすると聞いたときは「ファンタジーっぽいなぁ」という感想だったのだが、実際に目の前の木剣とはいえ武器を握ることになると途端に恐ろしいものに思えてくる……ような気がする。

 何より思っていたより随分と大きい。サイズは各々の慎重に合わせて調整されているようだが、それでもかなり大きめに見える。


「よっ……と」


 おもむろにアルトが一本を取り出し振り回す。おぉ……すごい。様になっている。ただの木剣なのに金属でできたカッコいい剣のように見えてくるほどだ。思わず地面に体を預けたまま拍手してしまった。


「ははは、ありがとうございます」

「すごいな、それ。めちゃくちゃ練習しただろ?」

「そうですね、元の世界にいたときはそれなりに。これと……あとは魔法をずっと練習していましたね」

「はー……。すごいな……」

「ヨウスケさんも練習すればこれぐらいすぐ出来るようになりますよ。それから……」


 そう言うと、アルトは人差し指で下から上に線を引くようになぞった。すると突然大きな風が巻き起こる。アルトが魔法で起こしたのだろう。強い風は俺たちを包み込み、体を起こさせその場に立たせた。慌てて足に力を入れるが疲れでうまくいかず、よろめいてしまう。


「うわっ……とっ」

「わわわっ!急に立たせないでよっ!というかもうちょっと休憩がほしいんだけど……」

「オレも……。もう体動かない……」


 突然立たせられた2人は不服そうだ。いつもは感情をジェスチャーで表現するモネだが、今日ばかりは疲れてそれすらままならないらしい。サイカさんも疲れが限界そうで眉をひそめていた。


「まったく、皆様この程度で値を上げられるとは……。想像以上に体力がなくて驚きですわ」

「そんなこと言われても……。オレだってモネと同じでハンデがあるのを考えて欲しいんですけどー。最近までずっと寝てたわけだしさぁ……」

「も、もう無理……。立ってらんない……へばっ」


 それだけ言ってモネがまた地面に倒れる。サイカさんももう限界というようにそこに腰を下ろした。王女様が大きなため息を吐く。


「……まあ、確かに初日にしてはよくできた方でしょうか。わかりました、本日はここまでといたします」

「やたぁー……。でもどうやって帰ろー……。もう立ち上がれないぃ~」

「はぁ……、貴女って人は……。仕方ありませんわね……」


 王女様がパチンと指を鳴らす。するとどこからかメイドさんが2人やってきて、モネをズルズルと引きずってどこかへ連れて行った。……すごいだらしない格好だったな……。


「オレは普通に戻るよ。あそこまでいったら人間やめてる気がするしな。……悪い意味で」


 サイカさんはそう言ってだるそうに立ち上がり、自分の足で部屋に戻っていった。……初めてサイカさんと意見が一致した気がする。こんなことで意見を同じくしたくはなかったけど。


 そうして、訓練場には俺とアルト、それから王女様が残った。


「ヨウスケ様はどうされますの?お部屋にお戻りになられるのならばそれもよろしいですけれど」

「いえ、アルトに剣を教えてもらおうと思います」


 ここ一晩で考えたのだが、このままだと俺はおそらく勇者にはなれないだろう。というか、なれるビジョンが浮かばない。たとえこの国の人間で結託しても勇者になるのは難しいと思う。

 そう考えた理由は、蒼の居場所でもある帝国の存在が大きい。あれだけの強国ならば、おそらく……というか、ほぼ100パーセントの確立で物凄く強い人物がいるだろう。もちろん敵となるのは帝国だけではない。俺たちと同じ……、能力的には俺たちよりも強いものを持つ人々と競うことになるのは自明の理だ。

 しかしそう簡単に負けるわけにもいかない。だからこそ、俺に出来ることはなんでもやっておきたいと思ったのだ。


 そんな思いが伝わったのかは分からないが、王女様が神妙に頷いた。


「……そうですか。申し訳ございませんが、わたくしは公務がございますのでこちらで失礼いたします。頑張って下さいましね」

「はい、今日はありがとうございました」

「いえいえ。──アルト、よろしくお願いいたしますね」

「仰せの通りに」


 俺たちは深々と頭を下げ、王女様を見送った。……初めて王女様から応援の言葉をもらった気がする。普段厳しい人に応援してもらえるというのはかなり嬉しいものだ。疲れも吹っ飛ぶ……わけではないが、少しは元気が戻った。

 ついでにベシッと頬を叩くと気合も完成だ。俺は立ち上がりアルトの方へ振り返る。


「……それでは、よろしくお願いします、先生!」

「先生とは、照れますね。私は王女様ほど優しくありませんよ?」

「うっ……。いやいや、頑張ります!」


 アルトが楽しそうに笑う。思えば王女様が席を外したのは俺への気遣いだったのかもしれない。

 大変な修行が始まってしまったものだが、久々の気の置けない友人と過ごす時間はキツイけれど楽しさもあり、あっという間に時間が過ぎ去ってしまったのだった。

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