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6-6

「天使、ですって?」

 朱里亜が唖然とした顔をする。

「そう。あなたの娘は、もうすぐ息を引き取る。だから天国へ連れて行くために、迎えに来たのよ」

「てん……ごく……まりあが……死ぬ……」 

 ゴクリと息を飲む朱里亜。その横から。

「ちーょっと待ったーぁ!」

 屋上庭園に大きな声が響き渡る。

 朱里亜とハナ。対面するふたりが横を向くと、暗がりの中にひとりの少年の姿があった。

 黒い薄手のサマーパーカーを羽織ったファンキーファッション。洒落た様相だ。フードとサングラスを頭に被せ、ヘッドフォンを首にぶら下げている。

 黒猫マホだ。例によって老舗の土産屋『まほろば堂』店主の蒼月あおつき真幌まほろに憑依し、高学年児童の姿へと変身しているのだ。

「なあ、ハナ。あの、まりあちゃんって子はボクの縄張りの客だぞ。横取りすんなよな」

「言った筈だけど。私選冥界道先案士は原則、自由競争だって」

「ああ。だからさ、こちらも自由によこはいりさせて貰おうと思ってね」

「勝手にすれば」

 朱里亜が怪訝そうな顔をする。

「ねえ、あんたたち。さっきから一体なんなのよ?」

「ボクは死神さ」

「私は天使よ」

「……天使だの死神だのって。そんな安っぽいネット小説みたいな話、全然信じられないんじゃけど。だったら、証拠を見せてよ」

 死神マホと天使ハナは、互いに目を見合わせ頷いた。

「自分も幼い頃に、親に虐待をされていた」とマホが言う。

「…………えっ?」

「幼い自分に対して、母は何度も手を挙げた」とハナが続ける。

「ええっ?」

「その激しさから、意識を失うことも何度もあった」とマホ。

「母はシングルマザーだった。しかし働いている姿を見た記憶がない」とハナ。

 ふたりに完全に心の中を見透かされ、朱里亜が目を白黒とさせる。

「……まさか……あなたたちって……本当に……本物の……天使と死神なの?」

 ふたりが頷く。どうやら納得したようだ。

 天使は昨夜の麻里亜とのやり取りを、保護者である母親の朱里亜に説明した。



 今夜はクリスマスイブ、聖なる夜だ。

 しかし冬の寒い夜空の下。古びた冷たいコーポの踊り場の階段で、今夜も幼女は膝を抱えて座っている。

「おなかすいたよう……ママ…………」

 そこに――。

「まりあちゃん」

 謎の白い少女が再び、麻里亜の前へと現れた。

「あ、てんしのおねえちゃんだ」

 毛皮ではなく普通の白いコート姿。淡いピンクのショルダーバッグを肩にしている。

 前回の毛皮のものは今、麻里亜が着ているのだ。

 天使の少女が、手を差し伸べる。

「お姉ちゃんと、一緒においで」

 麻里亜が「どこへ?」と、きょとんとした顔で尋ねる。

 天使は優しく微笑むと、こう言った。

「しあわせの国よ」

「しあわせのくにって?」

「ここよ」

 天使は、バッグから一冊の絵本を取り出した。

「はい、クリスマスプレゼント」

「わあ、ありがとう!」

 覚えたてのひらがなで書かれた表題を、麻里亜が読み上げる。

「し、あ、わ、せ、の、く、に、ま、ほ、ろ、ば?」

 天使はページをめくり、内容を読み聞かせた。

「あらそいやにくしみ。よのなかは、いろいろなことでよごれています。だけど、このくにはよごれていない。だから『まほろば』は、くうきがすんでいてうつくしいのです」

「へえ、なんだか、たのしそう」

「まほろばはね、幸せの国なの。ちっとも怖くないのよ。おねえちゃんが一緒に付いて行ってあげるから」

「うん、まりあ、いきたい。でも、ママが……」

「大丈夫。すぐにまりあちゃんのママも、まりあちゃんを追い掛けて来るから」

「うん、それならいいよ!」


 ◇


「そっか、やっぱり……まりあは死んじゃうんだね」

 他人事のように朱里亜が呟く。

 続いてハナは麻里亜の保護者である母親の朱里亜に、冥界道先案内システムの説明をした。

 これから死にゆく魂が、未練を残さずに迷わず成仏できるよう。この世の最期にひとつだけ、魔法の力で願いを叶える。

 その契約の代償として、自分が天国への道先案内役をするのだと。

「契約者が未成年の場合は、保護者の同意の署名が必要なの」

 ハナはそう言って、淡いピンクのポーチから書類を取り出す。

 はて、そんなルールあったっけ? と言いたげに、横でマホは首を傾げた。

「死ぬ前に……たったひとつの……最期の願い……」と朱里亜が呟く。

「ええ」

「娘は、まりあは何を望んだってのよ。どうせ、あれなんでしょ? ママなんて大嫌いだから死んじゃえとか地獄へ堕ちちゃえとか。ママに意地悪されてご飯食べさせて貰えなかったから、お腹いっぱい美味しい料理が食べたいとか。それか、あのママの好きな暴力男を追い出してとか」

 朱里亜は顔をしかめて言い放った。

「どの道、あの子は死んだ方が正解なんよ。わたしみたいな最低最悪な親の元で育っても、脳に重い障害が残ったまま生き延びても。どちらにせよ、お先真っ暗の人生が待ってるだけじゃない」

 悪態を吐く朱里亜。鬼か悪魔のような形相だ、まるで何かに憑りつかれたように。

「万が一に後遺症もなくって、まったく無事に助かったとしても。どうせ、わたしみたいな安っぽくてくだらない、ひねくれたクズ親に育てられるんじゃけえ。あの子もきっと同じような、ひねくれ者のクズな娘に育つ筈なんよ。それで学校もまともに通わず中卒の低学歴の無職になって、誰が父親かも分からないような子供を産んで苦労して、その自分の産んだ子を人生上手くいかない腹いせに、虐待し出すに決まっとるんじゃわ」

 そんな母親の顔を、白い天使はじっと黙って見つめている。

「そういうのって、負の連鎖って言うんじゃろお。中卒のわたしだって、それぐらい知っとんじゃけえ。馬鹿にせんといてよ」

 朱里亜の顔が苦悶にゆがむ。

「クズの娘はクズな娘に育つに決まっとる。じゃけえあの子もわたしも、ここで死んで。すっぱり負の連鎖を終わらせんと――」

 朱里亜の言葉を遮るように、ハナは先程取り出した書類を彼女の鼻先に突きつけた。

「なによ、これは」

「まりあちゃんと交わした誓約書よ、これに保護者の同意のサインを」

 朱里亜が誓約書をひったくる。彼女はまじまじと目を通した。

「こ、これは!」

 そこには、幼い子供の覚えたての、拙い筆跡でこう書かれていた。


【誓約書 あたしの、いのちとひきかえに、だいすきなママに、ママがだいすきなナマポを、いっぱいあげてください。そのナマポでママが、いっぱいいっぱい、しあわせになれますように。 20XXねん 12がつ24にち みたまりあ】


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